ーー星槎ジャーナルとはーー
 星槎ジャーナルでは、世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマに、星槎の理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし広く発信していきます。


ーー「星槎ジャーナル」のスタートについてーー
 このたび、大学大学院のホームページに「ジャーナル」を立ち上げ、スタートさせていただくことになりました。
 世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマにの理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし、学内外に発信していこうという試みです。

 過日、「ジャーナル編集委員会」(編集長佐々木)の第1回会合を開催し、取りあえず走り出すことにしました。走りながら考えるのか、という叱責をいただきそうですが、グループの広報の一助になればとも思っております。
 ジャーナル第1号は「わが身を見つめ直す時に転換しようコロナ禍、デマに惑わされるな」(佐々木執筆)を掲載しました。ちょっと長めですが、コロナ禍の中で、デマやフェイクニュースにどう対応したらいいのか、というのがテーマです。
 星槎グループ教職員の投稿を歓迎します。掲載に当たっては編集委員会の内規に従って決めさせていただきます。また編集委員会から執筆をお願いすることもあろうかと思いますので、前向きにご検討ください。

 「ジャーナル」に掲載する原稿につきましては、テーマを問いませんが、結果として、内容がの3つの約束などの理念につながったり、想起させたりするものであれば、一層歓迎したく思います。ジャンルはシリアスなものでも、エッセイでも、国際交流記や旅行ルポでもなんでもござれです。楽しく、ためになり、タイムリーという3つの「T」が原稿の1つの目安です。

 原稿の長さは400字詰め原稿用紙換算で1枚から10枚程度までと考えていますが、厳格には規定しておりません。掲載の頻度については不定期としてスタートします。

ジャーナル編集長 佐々木 伸
 

星槎ジャーナルー記事一覧

星槎ジャーナル[根記事一覧]
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事務局(小林)2020/05/30 14:28:35

「米中の対立激化」

2020年5月29日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

▼コロナ以後へ協調せよ
 世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルス対応をめぐって米国と中国の対立が激化、トランプ米大統領が脱退も辞さないと警告するなど危機的な事態となった。
 米国は中国の香港への国家安全法制導入についても非難を先鋭化させており、世界は2大国の争いに振り回されている。
 だが、今は何よりもコロナ以後に向け国際的な協調と連携が必要な時だ。米中には、反目をやめ、歩み寄るよう求めたい。
 トランプ氏は当初、中国のコロナ対応を称えてさえいたが、途中から「中国ウイルス」などと批判を強め、WHOが中国寄りだとして、矛先をテドロス事務局長に向けた。
同氏はさらにWHOを「中国の操り人形」と呼び、抜本的な改革が見られなければ、資金の拠出を停止し、脱退も辞さないと突き付けた。
 同氏が中国とWHOに対する非難を強めているのは「初動対応が遅れて感染拡大を招いた」という自身に対する米国内の批判をかわす狙いがあるのは間違いあるまい。
 特に同氏は各種世論調査で、民主党のバイデン前副大統領に後れを取り、11月の大統領選挙に向け焦りを強めている。そこで有権者に人気のある中国や国際機関叩きで支持率の回復につなげたいというのが本音だろう。
 米国がこれまで、国連や各国から食いものにされてきたという持論は同氏の「米第一主義」の根幹であり、その主張にはなお根強い支持がある。
 これに対し、中国は「米政治家が汚名を中国に着せ、多くのうそをついている」(王外相)と反発。WHOに対しても、習近平国家主席が感染拡大阻止に貢献をしたと称賛、トランプ氏と真っ向から対立する姿勢を見せている。
 しかし武漢でのウイルス発生を隠ぺいしようとした疑念は消えていない。  
 中国は「戦略的な成果を収めた」(李首相)と感染封じ込めを誇示している。だが、国際的な調査に速やかに協力し、発生源を解明する行動こそ、新たなまん延を防ぐ道であることを肝に銘ずべきだ。
 「マスク外交」と揶揄(やゆ)されるなりふり構わぬ医療援助は世界中に及んでいるが、ウイルス発生に伴う国際的な不信感を払しょくしたいとの思惑が透けて見える。
 懸念されるのは米中の対立が香港への国家安全法制の導入をめぐって一段と激化しそうなことだ。
 中国は米国の批判に「内政干渉」と反発している。
 しかし、2大国が角を突き合わせていてはコロナ以後の世界経済の復興や国際秩序の再建はできない。米中は「新冷戦」に陥ることなく協調を優先させなければならない。


事務局(小林)2020/05/27 09:52:05

 郷愁~パダウの花咲くもとへ

2020年5月26日/執筆者:坂田 映子 教授(星槎大学 共生科学部)

 「僕はあの日までミャンマー市民だと思っていた。しかし、そうではなかった。」(注)
 黄色のパダウの花が一斉に咲き誇り、黄色い絨毯が敷きつめられる最も美しい季節に、生きる権利を奪われたラカインムスリムの青年がいる。なぜ群衆が家に火を付けたのか、なぜ暴徒から攻撃を受けなければならないのか、理解できないままキャンプに送られたのだった。キャンプに住み始めたのは18歳、今は24歳だ。6年もの間どれほど抑圧されてきたかその哀しみは計り知れない。
 
▼ムスリムの存在
 ミャンマー政府が認める少数民族は135、武装組織は25、「全土停戦協定」で包括的平和協定を結んでいるのは約半分と云われている。その中でムスリムの人口は約220万人、全人口の4.3%に当たる。
 ミャンマームスリムの多くは、イギリス植民地時代に英国領インドから流れてきた人々を祖先に持つ人や、王朝時代に兵士・証人としてミャンマー領土内に住むようになった人を指している。
 ミャンマー社会は、仏教が主流であり、ミャンマー土着であるかどうかが問われる。イスラム教徒は土着がないと思われ、長く居住し国籍を取得していても土着としては扱われない。中国人やインド人にも、同じように同化政策を取りつつ心情的には排除している。その不信感が植民地時代から続き、不満が時々表面化すると云う。

 2019年7月、ヤンゴンダウンタウンの公立小学校を訪れる機会を得た。ほぼ全員が全員インド系ムスリムである。ダウンタウン繁華街の飲食店経営者、公務員・弁護士・医師の子どもがほとんどだ。1クラス67名もいたが、規律が良く守られ、彫の深い端正な顔立ちは、どことなく品性を感じさせる。彼らは、いわば保守系ムスリムでミャンマーとはかかわりが薄くバマームスリムと呼ばれる。イギリス植民地時代からの影響を受け継いでいる雰囲気がそこはかとなく伝わってくる。ムスリムは、芸術・体育などの表現は禁止されているが、ここではパフォーミング・アーツが認められている。イギリス文化の芸術を尊ぶ思想を受け継いでいるのだ。
 同時期に、メィティーラ市内の公立小学校を訪問する。ムスリムは約50世帯、仏教徒は1000世帯位だ。このエリアのムスリムは少数派なので、常に仏教徒との小競り合いがあると云う。訪問1週間前、喧嘩からモスクと一部の家屋が破壊されるという事件があった。ここでもムスリムは、ミャンマー社会で生きづらさを抱えている。
 
▼かなしみ
 冒頭の青年は、ロヒンギャ少数民族、ラカイン出身と報じられた。
 ロヒンギャ少数民族は、推計だがミャンマームスリム220万人のうち約半数と云われる。これには理由があり、政府が、国民と認めていない少数民族を調査の対象にしていないため、ラカイン州の調査不能人口が約110万人と推測されるということだ。(ラカイン州諮問委員会最終報告書、2017年8月)
ロヒンギャという民族名も、現在、アウンサンスー・チー国家顧問により、「ラカインムスリム・コミュニティ」という名前に置き変えられている。政府の見解では、不法にバングラデシュから流れてきたのでミャンマー国の少数民族ではないという公式見解だ。少数民族として認められないだけでなく、無国籍のままであり、バングラデシュからの難民としても認められていない。
 このような扱いにラカインムスリムは、長い間苦しんできた。スー・チー政権の民主化によって、宗教を越え、国民の一員としてミャンマー社会に暮らせると希望をもったのだがその願いもむなしく、裏切られ、絶望した。「アラカン・アーミー(AA)」という武装勢力と手を組み、強大化し政府に挑み始めたというのは、憎しみの連鎖としか云いようがない。この連鎖をどのようにほどいていくのだろうか。
 ラカインムスリム問題によりミャンマーは国際的に信用を失った。ジェノサイド問題では、国際司法裁判所(ICJ)に提訴され、ICJからはロヒンギャ少数民族を迫害から守るよう指示されている。アウンサンスー・チー氏は、人権侵害が起きたことは認めるが、それはジェノサイドではないと反論した。しかし、訴えられたのは、長くロヒンギャが住む西部ラカイン州問題を解決してこなかった結果であると否を認め、国内外の圧力により苦しんでいる。

▼民主化を阻むものは?
 アウンサンスー・チー氏は、前テインセン大統領時代から平和国家の樹立というゴールに向かった民主化を受け継ぎ、前大統領にもまして民主化を進めて来たはずだ。軍の支配に風穴を開け、民主化への道筋を開き、非暴力を掲げてきた。そのジャンヌダルクのようなアウンサンスー・チー氏に一体何が起きたのか、なぜこのような事態になっているのか、戸惑うばかりだ。
 青年を巻き込んだ事件は、ラカイン州に暮らすラカインムスリム(ロヒンギャ)の一部過激派が警察を襲撃し、軍・警察の弾圧を招き、暴徒化した多数派ラカイン族(仏教徒を含む)がラカインムスリム(ロヒンギャ)を襲い大量難民が発生したと云う経緯だ。今も国内キャンプに数十万人いるという。ラカイン州は独立を目指す「アラカン・アーミー(AA)」の台頭によって治安が崩壊寸前だと云う。

 日本からみても、この問題は見過ごせない。ミャンマーには、これまで経済協力、インフラ整備、保健衛生、教育、通信にわたり、あまたの協力支援をしてきた。我が国のODA 、オーストラリア・イギリス・アメリカ、ユニセフ・ユネスコ、ILO、アジア開発銀行、世界銀行など、多くの支援者がいる。それは、国際社会におけるミャンマーの平和と安全、あらゆる紛争を安定に導き、繁栄することを強く願うからだ。世界協力は、あらゆる宗教・民族を超えて援助していることを忘れないでもらいたい。そして早期解決に立ち向かうことを願う。

▼平等な共生社会を
 ヤンゴン市内を歩いていると、同じ通りに協会、モスク、ヒンドゥー寺院が建ち並んでいる。ダウンタウンには、中華街、インド人街、日本人街がある。多くの多民族が共存し活気に溢れている。ミャンマープラザ、ジャンクションスクウェアは横浜と変わらない。道行く人々はロンジーを身にまとい人生を謳歌しているようだ。ヤンゴンは、いまや開発途上国とは思えないほどの大都市に成長し、すでに自由で平等な共生社会であるかのように見える。だが、その陰に、多宗教・他民族の人たちが、生きにくい暮らしを強いられている。
 青年は、今、キャンプの子どもたちに読み書きを教えているという。初めに学ぶべき教養は言葉だ。弱いものに真実を、不幸せなものに愛を伝える言葉が生まれてこよう。いつか、キャンプを出られる日が来るよう、希望をもって生き抜いてほしい。
 青年よ、いつか、必ず、真っ青に澄み渡る空に咲き誇るパダウのもとへ帰ろう。
(注)https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c06203/  2020年5/25閲覧

事務局(小林)2020/05/22 13:48:28

COVID-19 緊急事態宣言下のメンタルヘルス~精神科医からのメッセージ~

2020年5月10日/執筆者:内田 千代子 教授(星槎大学大学院 教育実践研究科/精神科医師) 

 新型コロナウイルス感染症拡大防止の緊急事態宣言のもと、外出や人との付き合いも制限され不自由な生活が続いています。皆さんに精神科医としてのメッセージを送りたいと思います。 
 現在のような特殊な環境におけるメンタルヘルスについては、様々な媒体から注意事項が発信されています。新聞やテレビなどのメディア、あるいは学会や大学のホームページなどにも役に立つ情報が公開されています。既に皆さんもいろいろな知識を得ているでしょうし、実践もしていると思います。また、ご自身のメンタルヘルスの心配とともに、周りの方への心配もしていると思います。
 中には、いわゆるテレワークでの仕事が困難なため、従来通りに職場に出向いて仕事をしている方もおられると思います。通勤時や職場での感染の不安の中での仕事となったり、在宅勤務で思うようにいかないと感じたり、さらには身近に感染した人がいて世話をする立場であったり、経済的苦境に立たされたりしている人も少なくありません。一言でいうと、ストレスを抱えた状態です。 

1.ストレスとは 
 “ストレス学説”を提唱した Selye によると、外的刺激・ストレッサーによって引き起こされた生体の反応のことをストレス、あるいはストレス反応といいます。風船を例にすることがよくありますが、外から押す圧力がストレッサーで、それにより風船がゆがんだ 状態がストレス反応です。ストレッサーによって、心理面、身体面、行動面のストレス反応が出現します。心理面では、不安、落ち込み、いらいらなど、身体面では、動悸、窒息感、不眠、下痢など、行動面では、大量飲酒、過食拒食、爆発、暴力、自殺関連行動などがあらわれます。現在のストレッサーは、新型コロナウイルスそのものと、関連した生活 の制限や生活の変化など、とても大きな圧力ですね。 
 風船は、外圧が加わったときに、内側からそれに抵抗する力が生じて緊張状態を保ちますが、外圧、つまり外的刺激・ストレッサーが強すぎる時や、内側からはねのける力が十分でない時に風船はパンクします。内側からはねのける力としては、自分自身の心身の強さ、いわゆるレジリエンスといわれるものに加えて、周囲のサポートや好ましい環境などが大きく影響します。周囲の人とのつながりをもち、できる限り良い環境を作って、上手くストレス対処(ストレスコーピング)し、風船がパンクしてうつ病、心身症(ストレスが関連して生じたと考えられる身体の疾患で、胃潰瘍や高血圧など様々)などの状態になることを防ぎたいものです。 

2.患者さんたちの状況は?特に子どもたちと親御さんたち
 いつもと同じにできないことでのイライラを感じている人が多いです。いつも通う学校に行けない、作業所などの施設に行けない、買い物に行っても普段通りの品がない、などです。特に自閉スペクトラム症の方々は、同一性へのこだわりが強く、変化を嫌うので、 毎日通っていた学校に行けない状況は耐えがたく、いくら説明しても「お迎えのバスが来る」と毎朝言い続けている、イライラして怒って、親に暴力的になった、自傷も増えた、などというケースは珍しくありません。 
 また、普段からインターネットでゲームをする時間が多くて困っていたが、学校に行かなくなってさらにひどくなってゲーム依存症、インターネット依存症が心配になる状態というケースもあります。 
 兄弟げんかが増えて、怒る機会が増えたという親御さんも。高校生なのに感染に対する危機感がなく、マスクもしない、親が制止しても友人に会いに行ってしまうというケースも。 
 ただし、親御さんからは、緊急事態宣言後のネガティブな面ばかりでなく、ポジティブな面も耳にします。お父さんが一緒に夕飯を食べるようになった。子どもと接する時間が増えて、今まで気づかなかった良さに気づいた、という家族もあります。家にいて食事の用意をする時間も増えた、家族と料理する時間が増えて楽しい、などという話も聞きます。 総じて不登校の子供たちは、心穏やかになったといいます。普段は自分だけが学校に行かないのだけれど、今は皆と同じだから悩まなくて楽だ、といいます。 
 また、環境変化の中で、少しずつ工夫をして対処がうまくなった母親もいます。子どもとずっと一緒にいることでイライラしていたけれど、無理しても自分だけの時間をもつようにしたところイライラしなくなったと。 それから、オンライン授業をしている高校生達は、授業内容も、先生やクラスの人たちとの交流もそれなりに楽しんでいるようです。

3.基本的な生活習慣の大切さ 
 このような時期に心がけることとしてよくいわれていることが基本的な生活習慣を崩さないようにするということです。つまり睡眠、食生活、エクササイズの生活の基本リズムを崩さないようにすることです。これは目新しいことではありません。特別なことでもありません。このあたりまえのことがいかに人間の精神にとっても重要なのか、精神医学の世界では最近非常に注目されています。免疫力を高めるための基本であることもいうまでもありません。 

・睡眠
 朝仕事に行かなければならない、学校に行かなければならない、という縛り、強制力があるからこそ無理矢理起きて朝食を食べて通勤通学をする、そして身体と頭を使い、夜になると疲れて、お腹が空いて食べて、入浴して眠るという生活が出来上がります。しかし、このような縛りがないと、つい夜更かし朝寝坊になって、気がついてみると昼夜逆転になってしまったという人は、子供も大人も珍しくありません。不安でなかなか寝付けないということもあります。 
 朝、太陽光を浴びることで体内時計がリセットされて、13-14 時間後にメラトニンという睡眠物質が分泌されますので、朝の散歩はリズムを作るのに最適です。

・食事
 食事に関しては、野菜などの繊維質、たんぱく質などバランスの良い食事を摂ることはいうまでもありません。精神疾患と栄養(特にオメガ脂肪酸)についての研究も盛んになってきており、治療にも使えるのではないかとも期待されます。
 ストレス解消としてのお菓子などの大食い(過食)に気をつけねばなりません。過食の人には、食べたくなった時に、食べること以外で良い気分になることを普段から用意しておき、リストを作っておく、ということを勧めることがあります。今の時期も、何か自分の 心地よさが増すようなこと(努力を要することも努力を要しない簡単なことも)のリストを作って実際にやってみて、どのくらい気持ちが良くなるかを記録して振り返る、ということも役に立ちます。
 ちなみに、話は逸れますが、カロリー制限をしたアカゲザルと自由に摂食させたアカゲザルの実験から、カロリー制限をした方が、老化が進まなかったという研究が数年前に話題になりました。

・運動・エクササイズ
 外出制限されている今は 通勤通学もなくなって運動不足になりやすいです。ジョギングをする人が増えています。他の人と接近しないように気を付けなければなりませんが、外を走るって気持ちがいいですね。運動、特に有酸素運動が認知機能の低下を防ぐという研究は多く、アルツハイマー病の予防にウオーキングの可能性を示す論文もあるほどです。
 昔は、うつ病の患者はあまり運動しない方が良いとしていたように思いますが、運動がうつ病の治療になるという運動療法が研究されています。
 ストレス軽減効果についても注目されているヨガなども家で気軽にできるエクササイズですね。オンラインでヨガをやっている人もいます。

.在宅で仕事をするときの注意点として (WHO,アメリカ精神医学会ホームページ参考)
・オンとオフの切り替えが難しいという問題があります。時間と場所という枠(設定)が人間の精神や行動にどれだけ影響するかは想像を超えるものがあります。 
 アメリカ精神医学会でも、「在宅の仕事は、場所と時間を決めよう」と呼びかけています。アメリカのように広い家に住む人が少ない日本では、せめて机を仕事場所と決めて、 朝 9 時になったら机に向かってパソコンを開くなどの工夫をして気分を変えている人も多いのではないでしょうか?これは、ある意味、ルーティーン化することにつながります。
 自閉症の人の通学通勤がなくなった状況についてお話ししましたが、自閉症の人にとって、ルーティーンが崩されることは耐えがたいことで、変化に慣れるまでは相当の時間を要します。健常人にとってもルーティーンがなくなるのはやはり大変で、ルーティーンを作ることで落ち着くという面もあります。

・情報に振り回されない
 子どもも大人も、テレビ、インターネット、その他の情報に接する時間が普段よりもずっと多くなっています。偽情報フェイクニュースも飛び交っています。現在は SNS でフェイクニュースが広まることが多いと言われます。昔ペストの流行のころ?にも、「感染者に見つめられると移る」というような様々なデマが広まったということを聞いたことがあります。感染が蔓延して人々を不安に陥れる混とんとした時にはこのようなデマが流行りやすいです。情報には飛びつかない、という心がけが必要かもしれませんね。子どもも大人もメディアに接する時間を制限したほうが良いと言われています。

・つながっている感覚が大事 
 ―オンラインミーティングにおいても、指示したりフィードバックしたり、務めて交流をもつ―
 このことも WHO でもアメリカ精神医学会でも、日本国内でも強調されています。オンラインで仕事をしている方から、毎日同じ時間に上司と打ち合わせをすることになっていて 質問もしやすく仕事がやりやすい、オンラインで仲間の顔を見るだけでもホッとするという意見を聞きます。オンラインでは、ちょっとした質問がしにくく困っているという場合もあり、上司の方から部下にわからないことはないかと時々様子をうかがうことも必要だと思いました。

5.子供にも大人にも必要な納得できる説明の必要性と負の連鎖の危険を防ぐこと 
・行動を変えるには理由がわかることが大切 (大野裕先生の日経朝刊記事(4 月 20 日)から) 
 知人で認知行動療法を専門とする精神科医大野裕先生の記事が目に留まりました。これも当たり前のことですがとても大事なことです。子どもにも新型コロナウイルス感染症予防でなぜ友人と会ってはいけないのかなどの意味がわからないと、自由を制限されている、やらされている感だけが募ります。納得できるような説明が必要です。様々な資料が公開されています。

・「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!負のスパイラルを断ち切るために~」
  http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/200326_006124.html 
 日本赤十字社では、イラストを使ったわかりやすい説明冊子をいくつも公開しています。その中で、特に印象的なのが、「新型コロナウイルスの 3つの顔を知ろう!負のスパイラルを断ち切るために~」です。病気、不安と恐れ、嫌悪・偏見・差別の 3つの感染症と捉え、それらがつながり、負のスパイラルを作る危険性とそれをどう防ぐかを、イラストで解説しています。 以下引用です。 

日本赤十字社新型コロナウイルス感染症対策本部発行(2020 年 3 月 26 日)
 「3つの感染症はつながっている。ウイルスがもたらす第1の“感染症”は病気そのものです。第2の“感染症”は不安と恐れです。このウイルスは見えません。わからないことが多いため、私たちは強い不安や恐れを感じ、振り回されてしまうことがあります。気づく力、聴く力、自分を支える力を弱め、瞬く間に人から人へ伝染していきます。第3の“感染症”は嫌悪・偏見・差別です。不安や恐れは人間の生き延びようとする本能を刺激します。そして、ウイルス感染に関わる人や対象を日常生活から遠ざけたり、差別するなど、人と人との信頼関係や社会のつながりが壊されてしまいます。」
 「3つの感染症はどうつながっているの?この感染症の怖さは、病気が不安を呼び、不安が差別を生み、差別がさらなる病気の拡散につながることです。」 
 「第1の”感染症”をふせぐために、一人一人が衛生行動を徹底しましょう。」
 「第2の”感染症”に振り回されないように、気づく力を高める、まずは自分を見つめてみましょう。立ち止まって一息入れる。(深呼吸、お茶を飲む)今の状況を整理してみる。自分をいろいろな角度から観察してみる。」 
 「第3の”感染症”をふせぐために、確かな情報を広め、差別的な言動に同調しないようにしましょう。この事態に対応しているすべての方々を、ねぎらい、敬意を払いましょう。」 

6.ストレス軽減、不安を和らげるのに役立ちそうなこと
 人に話すこと、聴いてもらうことは最も身近な方法ですね。それとともに、心身の緊張を和らげるつまり自律神経系の調節に役立ちリラックスできるといわれる、リラクゼーション、自律訓練法、ヨガなども有用です。ここでは、マインドフルネスを紹介します。 
 マインドフルネスは、ストレス解消法として、最近特に注目を集めています。禅の瞑想が逆輸入されたようなものと考えてよいと思います。(ただし「禅の瞑想とは違う」と強調されることもあります。「禅は己を捨てるがマインドフルネスは自己の向上が目的だ」と) 
 「今」に注意を向けること、息を吸ったり吐いたりする時の呼吸の感覚に注意を向けることが基本になります。過去の失敗や未来の心配などにとらわれた心から解放され、集中力が高まる効果が期待されています。うつ病や不安症の治療の現場でも補完的治療法として応用されています。 
 精神科では、こころの病に対して、精神療法(精神分析、支持的精神療法、認知行動療法など)や薬物療法、その他の生物学的および電気けいれん療法や磁気刺激療法等の物理的治療法を施します。主だった治療法以外にも、役に立つものは何でも使うというのが私の方針です。 

7.人と人との交流の大切さ
 幸せホルモン、愛情ホルモン、癒しホルモンといわれるオキシトシンについて、 NHKの「ためしてガッテン」でも放送していました。番組では、恋人や夫婦が5分間ハグした後にオキシトシンが増えるという結果を示していました。オキシトシンは下垂体後葉から分泌される ホルモンで、出産で大量に分泌されます。産後の子宮の収縮と乳汁分泌に重要なホルモンです。昔私が医学生の頃はそれだけでしたが、その後、社会性や愛情にも大きく影響するホルモンだということが明らかになり、共感性にも関係があると考えられています。幸せホルモン、愛情ホルモンなどともいわれるようになりました。自閉症の方の社交性向上の効果を狙って、オキシトシンの鼻粘膜スプレーを使う研究もされています。
 ハグした後に増えたというように、人と人が触れ合うとオキシトシンが分泌されるとのことです。 
 人と人が直接触れ合うことができない今の時期はどうしようもないということになりますが、人と接触しなくても、見つめあう、電話の声だけでもオキシトシンが分泌されて気持ちが落ち着く、という研究も見られます。飼い犬や猫との接触も同様だといわれます。 直接会って触れることはできなくても、電話、オンラインなどで交流をもつことでオキシトシンが分泌されて幸せな気分になるというのも理解できます。そして、一人ぼっちでなく、人とつながっているという感覚が大切ですね。
 それから、長寿の人の特徴の一つとして、感謝される経験がたくさんあることといわれますけど、わかるような気がします。感謝されるとうれしいですし、幸せな気分になりますよね。オキシトシンが分泌されるのかもしれません。今のようなときこそ、身近な家族などに感謝の気持ちを示したいものです。 新型コロナウイルス感染の緊急事態宣言が出されている中、メンタルヘルスについて思うことについて綴りました。皆さんにとって少しでも参考になれば幸いです。

参考文献 
・厚生労働省:こころの耳 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
 https://kokoro.mhlw.go.jp/nowhow/nh001/ 最終閲覧 20200510 
・WHO: Mental health and psychosocial considerations during the COVID-19 outbreak 3.18.2020 
 https://www.who.int/teams/mental-health-and-substance-use/covid-19/  最終閲覧 20200510 
・American Psychiatric Association, Center for Workplace Mental Health:
  Working Remotely During COVID-19 Your Mental Health and Well-being 
 http://workplacementalhealth.org/News-Events/COVID-19-Mental-Health-and-WellBeing/ 最終閲覧 20200510 
・日本精神神経学会:COVID-19 関連情報 
 https://www.jspn.or.jp/modules/advocacy/index.php?content_id=78/ 最終閲覧 20200510 
・日本赤十字社新型コロナウイルス感染症対策本部:
  「新型コロナウイルスの 3つの顔を知 ろう!負のスパイラルを断ち切るために~」2020 年 3 月 26 日発行
  http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/200326_006124.html/ 最終閲覧 20200510


事務局(小林)2020/05/18 10:11:32

「コロナ焦点の大統領選」

 
2020年5月16日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

出口戦略論で競い合え

 11月の米大統領選挙まで半年を切り、共和党の現職トランプ大統領と野党民主党候補に内定しているバイデン前副大統領の対決に熱が入ってきた。今回は米国が新型コロナウイルスの最多感染国として苦しむ中での異例の選挙だ。

 最大の焦点は感染拡大に歯止めを掛け、経済の復興に導く出口戦略をどう国民に提示できるかだ。両氏は中傷合戦を激化させるのではなく、建設的で説得力ある論戦を展開してほしい。 

 ウイルスのまん延は両氏にとっても予期せぬ出来事だった。米国の感染者は約140万人、死者は約8万3千人を超えたが、これほどの惨状はトランプ氏には誤算だった。

 同氏の再選戦略は好調な経済が頼みの綱。だが、感染拡大を阻止するための自粛規制は経済活動を一気に縮小し、株価を暴落させた。4月の失業率は14・7%で、統計を取り始めた1948年以降、最悪となった。

 トランプ氏が楽観論を繰り返し、初動対応が大きく遅れたことにも批判が高まった。同氏はこうした批判を封じようとほぼ連日、記者会見を開催。中国からの入国禁止を早期に決めたことなどの成果を誇示したが、「体内への消毒薬の注射」といった突拍子もない提案をして逆に反発を買った。

 最近の支持率調査では、バイデン氏の50%に対して41%、などと平均して後れを取っており、激戦州でも劣勢だ。いら立って選対本部長を怒鳴り付けたと報じられるなど焦りは募る一方。なんとか経済を元に戻そうと躍起だが、思うようには進んでいない。

 だが、トランプ氏が逆風にさらされているとはいえ、バイデン氏が絶対的な優位を確保しているとは言い難い。同氏は4月、予備選挙を争ってきたライバルが撤退を決めたことから事実上、党の候補を確定。オバマ前大統領らの支持表明を得て、挙党体制を確立した。

 しかし、ウイルスのまん延で、選挙運動は東部デラウエア州の自宅の地下スタジオからネットを通じた発信が中心。テレビに取り上げられることも少なく、存在感が薄い。トランプ氏のコロナ対応を批判はしているが、熱気があまり伝わらず、より国民にアピールする行動が急務となっている。

 選挙戦は8月の両党の党大会以降に本格化するが、バイデン氏は近く副大統領候補に女性を指名、攻勢に出たい意向だ。

勝敗のカギは有効な感染拡大防止策や経済復興への出口戦略を示し、国民を説得する指導力をいかに見せ付けることができるかだ。両氏の実のある論戦を期待したい。


事務局(小林)2020/05/15 20:54:16

“ヒラメ検事”がほしいのかー検察庁法改正案に反対する

2020年5月13日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 安倍政権が成立を急ぐ「検察庁法改正案」に反対する。検察は政治の不正をただす不偏不党の独立機関であり、かつてのロッキード事件のように首相経験者さえ逮捕する権限と気概を持つ。しかし、今度の改正案は政治介入を招き、検察の独立性をゆがませかねない。到底看過できない。
 霞が関の官僚たちは人事権を内閣人事局に握られてから、上を見て仕事をするようになった。「世のため、人のため」ではなく「政権のため、出世のため」に行動するようになっているのだ。改正案が通れば、「森友学園事件」で公文書の改ざんを指示した財務省の高級官僚のように、政権幹部や特定の政治家の意向を「忖度」する“ヒラメ検事”が生まれかねない。ネットでは抗議のツイートが700万件を超えたとも伝えられている。国民をなめては困る。安倍政権と与党自民党は法案の改正を思いとどまるべきだ。
 そもそもの発端は安倍政権がことし1月31日、東京高検検事長の黒川弘務氏(63)の定年を半年延長する閣議決定をしたことだ。検察官の定年延長は初のケースであり、黒川氏が政権に近いとされることなどから野党の間では、同氏を次の検察庁のトップ、検事総長に据えるための人事ではないか、といった疑念が飛び交った。検事総長に限り、その定年は65歳である。
 黒川氏の定年が延長されたことにより、今の検事総長が退く7月に同氏が検事総長に就任できる見通しとなった。改正案は結果的に、黒川氏の定年延長を事後的につじつま合わせするものだろう。
 改正案は63歳を過ぎたら検察幹部を退くという「役職定年」を設けた上、「内閣の判断により、その定年を最長3年間延長できる」との特例規定を盛り込んだ。この点が最大の問題だ。要は検察の人事を時の内閣が恣意的に動かすことが可能になる、ということだ。政治の不正にメスを入れる最後の砦の牙が抜かれてしまいかねない。
 安倍首相は自らの疑惑隠しのために改正を行おうとしているのではないかとの野党の指摘を一蹴しているが、「モリカケサクラ」をめぐる疑惑に対し、十分な説明責任を果たして来なかっただけに、疑念はぬぐい切れない。
 もう1点、説明不足なのは、コロナ禍の国難に直面し、対処しなければならない問題が山積している中で、なぜいま、国民の不信感を増長するような法改正をしなければならないのかだ。
 安倍政権は改正案を一般の国家公務員の定年を65歳に引き上げる「国家公務員法改正案」と一本化して上程したが、その出し方と緊急性については疑問を提起せざるを得ない。これほど急ぐ必要があるのかの説明が決定的に欠けている。“火事場泥棒”(枝野幸男・立憲民主党代表)といった下品な言い方はしたくないが、コロナ禍のどさくさに紛れた法の改悪だという指摘はまっとうだと思う。長期政権の驕りを見てしまうのは私だけではないだろう。安倍首相に再考を願いたい。
 *本稿は筆者個人の見解であることをあらためて強調したい。

事務局(小林)2020/05/12 15:19:28

紙媒体は古いのか?

2020年5月11日/執筆者:吉田 佳奈(星槎大学 事務局)

 「どんな原稿でも校正するときは印刷して紙で必ず確認すること」
 原稿を扱う職に就いて最初に耳にタコができるほど言われたことだ。最初は簡単な原稿くらい、PC画面上のチェックで問題ないだろうと手を抜いていたが、画面でチェックした原稿からは、次から次へと誤字脱字が出てくる。社会人として「新人」と呼ばれていた頃、ため息混じりに「また?」と先輩や上司に注意された回数は数えきれない。

 あまりに同じことを繰り返したせいか、当時の上司が紙で確認しなくてはならない理由を説明してくれたことがある。その理由の1つに、「反射光」と「透過光」の違いが挙げられていて、 人は紙などに反射した「反射光」で文字を読む時、能動的に確かめながら取り込む情報を受け止めるので、ミスを発見しやすい。これに対して、PC画面などから発せられる「透過光」は、映像として目に入ると、受動的に送られてくる情報をそのまま受け止めようとする。だからミスを見逃してしまいやすいということを丁寧に教わった。
(詳しくは、『有馬哲夫教授の早大講義録 世界のしくみが見える「メディア論」』(宝島社新書)を読んでいただきたい)
 この説明を受けた後、言うべきことは「すみませんでした」とか「よくわかりました、以後気をつけます」なのだろうが、私は「やっぱり紙って最高!」と口走っていた。
 次の瞬間、「やばい、怒られる」と身構えたが、上司からは、「本当にそうだな、だからしっかりやりなさい」と大笑いされた。
今では、その上司と職場も業種も違うのだが、会うたびにこの話をされ、当時を懐かしみながら近況報告をする人生の先輩と後輩になった。

 話を戻すと、新人でなおかつ指導を受けている時に 「やっぱり紙って最高!」と発してしまうくらいだから、言うまでもなく、私は紙が好きだ。
 というより、紙媒体が大好きだ。新聞や書籍、雑誌もカタログもチラシも何もかも・・・。
ただ大好きなだけでなく、高校2年の春、某専門誌に書かれた記事に助けられ、私の人生はガラリと変わった。だからこそ、紙媒体(原稿)に関わる仕事に就きたいと夢をみて、はや〇年。現在私は、広報担当として紙媒体限定ではないが、原稿や文章(広告)と格闘することが許される業務をさせてもらっている。

 そんな私が日々格闘している広告の出稿先は、当時夢みた紙媒体ではなくWEBメディアが主となっている。夢みる高校生から社会人になる間に、生活をしていく中での基本的な情報はインターネットを使って、いくらでもすぐに調べられるようになった。そのため、本学も毎年、紙媒体への出稿は見直される対象となり、全体の出稿先のうち、大きな割合を占めるのはWEBメディアとなっている。
 そして、広告だけでなくコロナ禍の影響で、この数ヶ月で相談会方法も突如変わった。数年前からオンラインでの相談会は何度も試みていたが反応はイマイチで、直接会場で会って、一緒にパンフレットをみながら説明をする相談会の方が圧倒的に人気があった。しかし、ここ1〜2ヶ月のオンライン説明会・相談会は毎回、満員御礼。パンフレットもデジタルパンフレットを使いWEB上で共有し、同じ画面を見ながら説明をする。つい最近までは、オンライン説明会は人気もないし、不評に違いないと思っていたが、今では全くの逆で、すぐに予約が埋まる。満足度も今までと変わらず、説明の理解度も落ちていない。そして、あれだけオンラインでの説明会を嫌がっていた入学前の方々も、次々に参加し、その後、入学を決めてくれた。

 ここ数ヶ月で「当たり前」が変わった。そして、ますますWEB中心の世の中になった。便利になったことも多く、「ラクだな」「すごいな」と思うこともたくさんあるが、「紙媒体」は消えていくのだろうか、そんなことを思いはじめた。

 同じ頃、広報担当として困ったことが起きていた。それは、望んでいたよりも入学してくれるはずの仲間が少ない、という大きな問題である。
 その差は日に日に広がっていき、当初予測していた人数とかけ離れていく。「コロナ禍の影響」と一言で済ませてしまうこともできるが、それでは星槎らしくない。
 足りない頭で考えた。WEBメディアでの広告は高すぎるし、オンライン説明会・相談会はそもそも入学意識の高い方たちが参加しているので、回数を増やしたところで本学に興味を持つ新規の方との接点が持てるわけではない。今は臨時休館している施設も多く、訪問もできないし、パンフレットやチラシを配架し、手にとってもらうことも難しい。自粛の影響で会って話や説明をすることも当然できない。ならば、メールや電話対応をしっかりするしかないかと考えてみるが、例年に比べ倍以上行っているので、やりすぎると逆効果になる。

 さあ、あと、今、できることは何か・・・。

 そこで、「コロナ禍の中でも動いているもの、人々の目に触れるもの、伝えられるところに今こそ出稿するべき」という言い訳に近い強引な理屈を盾にして、新聞折込広告に手を出すことにした。新聞自体の広告は費用がかさむが、折込広告ならば費用的にもなんとかなる。地元の新聞販売を行っている会社に連絡をとり、エリアを絞って配布を決定。今回、配布した青葉区は新聞の定期購読が全国平均に対して高く70%を超えている、なおかつ本学は社会人の方が多く学んでいる、これはもしかしたら、反応があるかもしれないと思い、願いを込めて進めた。

 一般的に、チラシの反響率は0.01%〜0.3%と言われている。しかし、本学のようにダイレクトに物を売るようなチラシではない場合、入学につながる(顧客率)のは、だいたい0.002%〜0.06%。試算してみると今回は0.5人〜15人くらいの効果が妥当だ。そもそも、この数字の低さはいかがなものなのか・・・。
 こんな低い見込みで推し進めるのか、と誰に突っ込まれてもおかしくはないし、良い判断かと言われるとしっかりと頷くことができない。自信や確証がない私は、自分で作った言い訳の盾を磨いて結果を待った。

 結局のところ、折込広告の効果はどうだったかというと、「次につながるための連絡」を多くいただいた。チラシを見て、はじめて資料請求や電話での問い合わせをしてくださった方々に加えて、訪問ができていない近隣の施設である、地区センターや図書館、自治会の方からも何ヶ月かぶりにメールや電話をもらった。加えて、某広報誌への無料掲載が決まり、区役所からも声がかかった。反応はまずまずだ。
 そして、折込広告だけの効果ではないが、広報としての大きな問題は、解消と言えるまでは程遠いものの、なんとか見通しが立ってきた。もう一度、資料請求をしてくれた人たちに連絡をしたことや、今回のチラシをみた人へのご案内を徹底したこと、教職員がそれぞれのSNSにて発信したことや、例年訪問している施設の職員の人たちが興味のある人たちに個別に対応してくれたおかげである。少しだけだが、気持ちが軽くなった。
 今回の目的は、一緒に学ぶ仲間を増やすこと。この問題について見通しが立ったことは喜ぶべきことだが、この試みによって、気にしてくれている人がたくさんいることがわかったことはとにかく嬉しかったし、今後の励みになる。思った以上にそのような人たちがいたことについても、ありがたいとしか言いようがない。

 折込広告を試してみてわかったことがある。それは、アナログな方法と言われている紙(チラシ)での広報・告知には、まだまだ効果があるということ。決して「全面的に紙媒体に変更し、出稿すべきだ」と言いたいわけではないし、そうするつもりもない。
 WEBでつながることが普通の時代になったからこそ、アナログな方法、紙での告知は、人の心に響く告知方法なのだと訴えたい。
 世の中と同じように、使いわけてつながること、それがこれからは今まで以上に大事になる。もっとうまくバランスをとって、この時代にあった広報をしていかなくてはいけない。 この機会に紙媒体での効果的な告知を再検討して、紙の力を信じてみたいと思う。

 まだまだ紙って最高だ。

事務局(小林)2020/05/09 22:00:34

“敵に塩を送る”UAEの深謀遠慮ーコロナ以後に向けイランに接近

2020年5月8日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 サウジアラビアと並ぶペルシャ湾の産油君主国、アラブ首長国連邦(UAE)がコロナ禍に苦しむ対岸のイランに大量の医療物資を届けている。イランはUAEの敵性国とされており、いわば“敵に塩を送る”図式だ。背景にはコロナ危機に乗じてイランとの関係改善を図ろうというしたたかな戦略がある。その絵図を描いているのはアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子だ。
 
▼イランとの修復に戦略転換
 UAEはペルシャ湾に面した7つの首長国による連邦国家。日本にとっては隣国のサウジアラビアに次ぎ、輸入石油量の約4分の1を占める重要な国だ。UAEの大統領は最大の力を持つアブダビ首長国のハリファ首長だ。スンニ派国家とあってイランのシーア派革命輸出を恐れ、大国サウジの親米・反イランの戦略に乗ってきた。

 だが、米国とイランの軍事的緊張が高まった昨年春、ペルシャ湾で石油タンカーが相次いで攻撃を受け、また9月にはサウジの石油施設がドローン攻撃で破壊され、一時サウジの原油生産がストップする事態になったころからイラン敵視政策に距離を置くようになった。米国やサウジはタンカー攻撃がイランによるものと非難したが、UAEはこれに加わることを慎重に避けた。

 特に、イランが今年1月、米国によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官暗殺に対し、弾道ミサイルでイラクの軍事基地を精密に報復攻撃、米兵約100人が負傷したことに大きな衝撃を受けた。この時、「UAEは米国の力でもイランを軍事的に封じ込めることはできないと見極めた」(ベイルート筋)という。「軍事力で打ちのめせないなら、“友人”になるしかない」(同)。UAEのイラン敵視政策の本格的な転換が始まった。

 こうしたUAEにとってコロナ・パンデミックはイランへの接近の好機となった。イランは中東ではトルコと並ぶウイルス感染国。感染者は10万人に迫り、死者も約6300人に上っているが、米経済制裁による資金不足で対応が十分にできず、医療物資も欠乏状態。UAEは3月からイラン支援を開始し、大量の医療物資を空輸した。古今東西、困っている時に手を差し伸べてくれた恩は忘れないものだ。UAEはコロナ危機に乗じてイランとの関係修復を図ったということだろう。

▼暗躍する皇太子
 このイラン政策の転換を主導したのがアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子だ。同皇太子はサウジを牛耳るムハンマド・サルマン皇太子と近く、トランプ米大統領や米中東政策を仕切る娘婿のクシュナー上級顧問とも親交が深い。国際的にはあまり知られてはいないが、中東では、その存在感はサウジ皇太子に勝るとも劣らない。とりわけ、水面下で密かに行動することにかけてはアブダビ皇太子の右に出る者はいないだろう。

 その最たる例はイエメンとリビアに対する影の影響力だ。イエメンでは親イランの武装組織フーシ派と、サウジが軍事介入までして支援するハディ暫定政権が内戦を続けているが、南部地域の分離派「南部暫定評議会」(STC)が4月26日、同国第2の都市アデンなどを自主支配すると宣言、三つ巴の複雑な様相となり、混迷は一段と深まった。

 このSTCに肩入れしているのがムハンマド・ザイド皇太子だ。メディアなどによると、皇太子はSTCの兵士に武器を供与し、月給400ドル~530ドルを支払っているという。皇太子がSTCを支援している理由はアデンを実質的な支配下に置き、インド洋と東アフリカへの港湾基地を確保するためと指摘されている。特にペルシャ湾やホルムズ海峡で米国とイランが軍事衝突した場合に備え、アデンを石油輸出の代替ルートにしたい思惑があるという。

 皇太子はまた、リビアの反政府組織「リビア国民軍」(LNA)への支援を強め、リビア内戦に介入している。LNAの司令官ハフタル将軍はSTCと同じ26日に声明を発表。国連主導で設立された「シラージュ暫定政府」を無効とし、自ら「人民の支持を得ている」としてリビアの支配を宣言した。

 リビア内戦は現在、主にトルコが援助する暫定政府支配のトリポリに対し、UAEやロシア、フランスなどが支援する「リビア国民軍」が攻勢を掛けている。内戦はトルコとUAEの無人機が互いを攻撃し、「無人機戦争」とも称されている。皇太子が介入している理由は、ハフタル将軍にリビアを支配させ、同国のエネルギー資源へ影響力を保持したい思惑があるからだという。

 中東誌によると、皇太子はトルコをリビアから引き離すための“陰謀”も画策したとされる。トルコ軍は2月、クルド人を掃討するためとしてシリアに侵攻し、翌3月にロシアのプーチン大統領の仲介で停戦がまとまった。しかし、皇太子はシリアのアサド大統領に30億ドルの闇金を払って停戦を破るよう依頼し、停戦が発効するまでに手付金として2億5千万ドルを支払ったという。トルコのエルドアン大統領にシリアの戦闘に忙殺させるよう仕組み、暫定政府を支援しているリビアから撤収させようとしたと伝えられている。

▼サウジとの確執
 こうした暗躍ぶりが取り沙汰される割には、皇太子は国際的にはあまり目立たない存在だ。「サウジ皇太子とは違い、あえて力を誇示するような表立った言動は控えている。それがアブダビ皇太子の賢いところ。コロナ以後を見据えた長期的な戦略に基づいて行動している」(同)という評価だ。

 だが、アブダビ首長国のザイド家とサウジのサウド家は元々、ライバル関係にあり仲は悪かった。サウジがUAEの独立をなかなか承認しなかったという不和の歴史がそれを実証している。ここ数年、皇太子同士が親密だったのはトランプ大統領を引きずり込んで、イランと敵対させることが自分たちの身を守り、自分たちの利益に合致するとの共通認識があったからだ。

 しかし、イランを武力でつぶすことは不可能なことが明確になり、UAEがイランとの修復に本格的に動き出したことで、両皇太子の間にすきま風が吹き始めている。加えてイエメン内戦をめぐる思惑の違いも鮮明になっている上、コロナ禍による石油価格の暴落で双方とも物心の余裕がなくなっている。いつライバル同士の確執が表面化してもおかしくない状況だ。両皇太子の動向から目が離せない。

事務局(小林)2020/05/06 16:46:06

リーダーシップの欠如を憂うー国民の声を無視した専門家会議

2020年5月6日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 これほどもどかしく、怒りを覚えたことはこの10年で初めてだ。新型コロナウイルスの検査拡充に対する安倍晋三政権と専門家会議の姿勢についてだ。鮮明になったのは安倍首相のリーダーシップの欠如と、一度決めた方針に固執する専門家会議の硬直した頑迷さだ。
 
▼専門家会議は猛省せよ
 安倍首相は20年5月4日、コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を31日まで延長することを発表し、国民は外出規制などさらなる自粛を求められることになった。出口の見えない現在の感染状況では、緊急事態宣言の延長はやむを得ない措置だろう。
 この延長発表と同時に、専門家会議副座長の尾身茂氏はこれまでのPCR検査体制が不十分だったことを初めて認め「検査に保険適用したが、思ったほどのスピードが上がらなかった」と他人事のように述べた。同氏によると、日本は過去、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)などが国内でまん延しなかったため、新型ウイルスの検査体制を拡充してこなかったという「根深い歴史的な背景」があり、すぐには変えられないのだという。
 
 日本の戦略は当初からPCR検査をできる限り絞り、クラスター(感染者集団)見つけてつぶしていくというもの。これに対し、韓国など各国はできる限り検査を拡大し、感染が見つかれば隔離するという方針で、日本戦略の特異性は明らかだった。在日米大使館が「日本の検査数が少ないので、現状把握が困難」として大使館員に早々と国外退去を勧告したのは記憶に新しい。
 人口10万人当たりの検査数(4月時点)を比較してみると、イタリア3159件、米国1752件などに対して、日本はわずか187件だ。この日本の方針の背景には、2月の時点で検査能力が1日3500人程度しかなかったということが大きい。安倍首相は検査体制を1日2万件にすると1カ月も前に言明したが、実際は7000件から9000件にとどまっており、ウイルスの感染拡大に全く対応できていない。自分自身、家族、隣人、友人、同僚が感染していても症状がでなければ分からず、その結果、隔離ができず、ウイルスの広がりを抑え込めない。

 専門家会議の方針は(検査を絞り)感染を(見かけ上)遅らせることによって医療崩壊を防ぎ、「その間に検査能力や医療体制、発熱外来の設置、マスクや防護服の整備」などを進めるということだった。しかし、尾身氏の発言から伺い知ることはつまるところ、「この2カ月間何もやってこなかった」ということだったのではないか。
 国民に対し一言の謝罪もなかった同氏の発言は単なる“言い訳”だ。検査拡充を訴えてきた山梨大学の島田真路学長は「PCR検査の不十分な態勢は日本の恥」(5月6日付朝日新聞)と批判している。専門家会議は猛省が必要だ。一度決めた方針を軌道修正できないという、かつての日本軍の硬直した頑迷さを見る思いだ。感染者のうち、感染経路が不明な人たちが上回った時点で方針を検査増強に転換するという柔軟性が必要だった。
 
 この間、熱や咳があったにもかかわらず検査を受けることができなかった多数の国民の不安や懸念を尾身氏は分かっているのか。保健所に100回電話をかけても通じない、やっと通じても、「もうしばらく様子をみて」という木で鼻をくくったような返答に絶望を感じた人たちが何人いたことか。埼玉の保健所所長が検査をあえて絞っていたことを告白して物議をかもしたが、この所長は正直に現実を語ったにすぎない。厚労省や専門家会議の方針に従って小役人に徹しているだけだ。私は専門家会議を“お公家集団”と呼んでいるが、尾身氏の会見を聞いて一層その思いを強くした。

▼すべての責任は首相にある
 こうした検査体制の不備に加え、病状のある国民に不当に我慢を強いたすべての責任は安倍首相にあると言わざるを得ない。今になって考えれば、政府、専門家会議が示した「相談・受診の目安」は医療崩壊を防ぐという口実の下、検査体制の脆弱性を隠すための方便だったと指摘されても反論はできない。「37・5度以上の熱が4日以上続くなら相談」などという検査の目安は国民に犠牲を強いるものでしかなかった。和歌山県など一部自治体がこれに異を唱えてPCR検査を積極的に実施したところもあったが、あくまでも少数派だ。

 加藤厚労相は5月6日、この目安を変更して、症状のある人がすぐに相談しやすい基準にする考えを表明したが、いまさら何を言っているのか、遅きに失した感が強い。スピード感はゼロ、危機意識も言葉だけ、官僚統制もなっていない。政治家として情けない。
 しかし、最も責任を問われるのはトップである安倍首相だ。検査体制が伸びないことを知っており、検査を受けたくても受けられない多くの人がいたことも知っていたはずだ。彼は「目詰まりがどこにあるのか調べて対応したい」と繰り返した。こんなことは2カ月前にやるべきことだろう。
 なぜ、検査が拡充しないのか、目詰まりというなら、その原因がどこにあるのか、早急に見つけて、どうやれば改善、検査能力を強化できるのか。大声を上げて、下に指示する、指示に従うことを渋る者はすぐに他のものと交代させる。それが未曽有の危機に対処する指導力・統率力というものだ。専門家会議が機能しないのなら、新しい組織を立ち上げる、座長や副座長を交代させる。何よりも今、こうした強力なリーダーシップが求められているのだ。
 私がまだ現役のジャーナリストだった時、国会に近いホテルの個室に2度、副幹事長だった安倍氏を招き、昼食を取りながら話を聞いたことがあった。野心にあふれ、リーダーシップの片りんを感じたものだ。「世のため、人のため」「公正な社会正義のため」に命を投げ出す。謙虚に政治家の原点に立ち戻ってほしいと思う。

事務局(小林)2020/05/04 00:57:40

世界史的出来事の渦中にて思うこと その1

2020年5月4日/執筆者:山脇 直司 学長

 100年前のスペイン風邪(推計で感染者約5億人、死者5000万人以上)以降、最大のパンデミックと言えるcovid-19は、終息の兆しが見えないばかりか、いったん収束してもその第二波や第三波が訪れることが予測されている。そういう意味で、我々はまさに世界史的出来事の渦中を生きていると言ってよい。それは、既存の経済社会システムの大変動をもたらすだろう。そうした中、この出来事が突き付けている公共的問題について、筆者なりの考えを数回にわたって述べていきたい。

緊急時における民主主義国家の政治的リーダーシップと社会政策:メルケル政権に学ぶ
 まず、民主主義国家と呼ばれうるための政治的リーダーシップと社会政策を、今回の出来事に対する実例に即して考えてみよう。
 新型コロナウィルスの発生源が、海鮮市場であれ、ウイルス研究所ないし疾病管理予防センターであれ、中国の武漢市であったことは、今のところ否定しえないように思われる。実際、昨年12月の時点で、SARSとの類似性やヒトからヒトへの感染が疑われる新型ウイルスの発見に気づいて警告を鳴らそうとした武漢の医師たちもいた。しかし中国の強権政治はそれをもみ消しにし、12月末にインターネットで警告を呼びかけた李文亮医師は政府に拘束され、病死してしまった。その後、事態の重要さに気づいた中国政府は武漢市を1月23日に封鎖したが、中国人団体の出国は1月26日まで禁止されなかった。現在、ようやく武漢市の封鎖は解かれたものの、この一連のプロセスは、「政策の意志決定の透明性と説明責任(アカウンタビリティ)」を国民に示さない非民主主義国家の典型的なやり方であり、少なくとも民主主義国家を自任する(目指すべき?)日本の模範に到底なり得ない(なってはならない)事例だと筆者は思う。
 では、先の条件を満たす民主主義国家のなかで、新型コロナ問題にいち早く対応し、リーダーとして国民への力強いメッセージを発信した実例(1)として、ドイツのメルケル首相が行った3月18日のテレビ演説の中で、特に重要な箇所を引用しよう。

「――これについて私がお話しすることは全て、政府と、ロベルト・コッホ研究所の専門家、その他の研究者、ウイルス学者の人々との継続的な協議に基づいています。――こうした制約は、渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利であるという経験をしてきた私のような人間にとり、絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものなのです。民主主義においては、決して安易に決めてはならず、決めるのであればあくまでも一時的なものにとどめるべきです。しかし今は、命を救うためには避けられないことなのです。――私たちは、思いやりと理性を持って行動し、命を救っていくことを示していかなければなりません。例外なく全ての人、私たち一人ひとりが試されているのです(2)。」
 これは、ソビエトの衛星国家であった旧東ドイツの東ベルリンで牧師の娘として育ったメルケル(ちなみに彼女は量子力学の領域で物理学博士号も取得している)ならではの発言であるが、民主主義国家のリーダーが国民に示すべき範例たりうる演説と言ってよい。この演説後、困窮に陥ったベルリンに住むフリーランスたちには、申請から2~3日後に約60万円が振り込まれた。そして、従業員5人までの企業には約105万円が、従業員10人までの企業には約175万円が振り込まれ、個人事業主には6か月分、企業には3か月分に相当する補助金が支給された。そして、最近の情報によると、政府は、ウイルスの感染拡大と政府の導入した拡散防止策のため自宅待機を余儀なくされた労働者に対し、今まで手取り給与額の6割補償していたが、4か月目からそれを70〜77%に引き上げ、7か月目からは80〜87%を給付、既に失業者については、失業手当の受給期間を3か月延長、感染対策の臨時休業で大きな被害を被っている飲食業界に対しては、7月1日から1年間、付加価値税(消費税)を19パーセントから7%に引き下げ、現在閉鎖中の学校に関しては、オンライン授業のためのパソコンを購入した家庭には政府が最大約1万7000円の支援を行う等々の政策決定がなされた(3)。(付言すれば、ドイツの大学には州立が多く、学費は無料か年間5万円以下が常である。)
 こうした休業命令と休業補償が一体となった政策決定は、社会国家(ドイツでは福祉国家をこう呼ぶ)ならではのスピーディーな対応といえよう。4月末現在、ドイツでの感染者は約16万人、死者は約6700人であるが、国民の政権支持率は65%近くに上昇し、それとともに、メルケルの難民受け入れ政策反対のキャンペーンを行ってきた極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は政策的ヴィジョンを示せず無能ぶりを露呈したため、人気ががた落ち(支持率10パーセント以下)となった。果たして、今後もこうしたドイツ政府の対応が功を奏し続けるかどうかは予断を許さないものの、少なくとも、民主主義国家でなされる緊急措置としての自由権の制限は、政策決定者の意思決定の透明さと国民への説明責任が不可欠であり、また自由権の制限によって被る国民の経済的不利益は、政府によってできる限り補償されなければならないことをメルケル政権はよく示している。
 そしてこの事態は、日本国憲法に記された「人権と公共の福祉」の関連についての再考を我々に促す。

「人権」と「公共の福祉」の再考
 今回の事態は、「人権」と「公共の福祉」の関連を再考するまたとない機会を与えてくれたように思える。一口に人権と言っても、英語ではhuman rightsと呼ばれるように複数概念であり、自由権と社会権に大別される。憲法記念日でもある今日、関連する条項を確認してみよう。なお筆者は、公共の福祉を「私たちの幸福」という意味で捉えている(4)
 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う(12条)」。「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に関する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする(13条)」。「何人も、公共の福祉に反しない限り、移住、移転及び職業選択の自由を有する(22条)」。これらが自由権にかかわる条項であり、今回の場合は、自らが新型コロナに感染することによって、他者に感染させ(他者の人権を侵害し)、ひいてはクラスターを引き起こしかねない(公共の福祉を侵害する)リスクという観点から、「公共の福祉による個人の自由権の制限」が理解されなければならない。そしてこの解釈は、リベラルな憲法学者の間で定説となっている「人権相互の衝突を調整するための原理」としての公共の福祉観とも両立する。
 他方、ワイマール憲法発布の際にドイツに滞在していた森戸辰男のGHQへの進言によって生まれたとされる社会権に関わる条項としては、生存権(25条)、教育を受ける権利(26条)、勤労権(27条)、労働権(28条)が挙げられるが、そのあとに続く財産権(29条)は、こうした社会権の連関で捉える必要がある。「財産権は、これを侵してはならない。2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる(29条)」。この29条は、今から数十年前の冷戦時代には、この条項の3に、銀行や大企業の公有化を掲げながら社会主義の実現を目指す左翼政党が依拠していた。旧来の社会主義神話の幻想が終焉した現代では、この条項の3こそが、「政府による私有権制限と休業補償の根拠」とならなければならないと筆者は考えるが、この条項に依拠する声が今のところ野党からさえ上がってこないのは、奇妙に思える。メルケル首相は、ドイツの保守政党である「ドイツキリスト教民主同盟(CDU)」に属するが、「社会的市場経済」をはじめ、ソーシャルという言葉をよく用いており、日本でも現在の論壇で多用されるリベラルという言葉だけでなく、ソーシャルという言葉や概念も復権されるべきであろう。
 いずれにせよ、緊急事態における政府の対応は、こうした現憲法を使いこなせば自ずと方向が定まるはずであり、そのための改憲など不要である。しかし残念ながら現政権(公明党を除き?)は、こうした現憲法の利点を活かして事態に対処するセンスを持ち合わせておらず、迷走し続けている。その一因は、アベノマスクや自宅でくつろぐ貴族のような動画配信を首相に進言した側近官僚の公共的想像力の貧困にあると思われるが、日本の霞が関官僚の問題は、次回に論じることにしたい。(令和2年5月3日、憲法記念日に脱稿)

(1) 新型コロナウィルス対策の成功例として台湾も挙げられるが、今回それを取り上げる余裕はなかった。ただ少なくともその要因として、閣僚やブレインの質の高さ、医療倫理や社会医学(social medicine)という分野の発達などが挙げられよう。
(2) メルケル演説の翻訳は、ドイツ連邦共和国・総領事館のHP https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2331262 より引用した。
(3) AFPBB News https://www.afpbb.com/articles/-/3280017 からこれらの情報を得た。
(4) 山脇直司『社会とどうかかわるか:公共哲学からのヒント』岩波ジュニア新書、2008年110頁では、「社会の中で実現される一人ひとりの私の幸福」と定義していたが、今回はそれをより簡明に「私たちの幸福」と修正した。


事務局(小林)2020/05/04 21:20:22

今だからこそ通信教育研究者として想うこと、伝えたいこと

2020年5月3日/執筆者:石原 朗子 教授(星槎大学大学院 教育実践研究科/教育学研究科)

 星槎大学は通信教育で「共生」を学べる大学である。でも、実は周りを見渡しても通信教育の研究をしている人はあまりいない。なぜ? それはきっと、「通信教育」を利用して学ぶ、ということで、通信教育を学ぶ大学ではないから、だろう。

 翻って、私の研究領域に通信教育がある。そんな私だが、学生時代、研究者として「社会に求められることに応えなければならない」みたいなスタンスは好きではなかった。「社会」の要請に応えるという名のもとに、何かに縛られるのが嫌だったのだと今にして思う。「社会」の要請から距離を置いて現象を見たかったのかもしれない。

 だが、教員をしている今、「社会の要請に応える」というスタンスではなく、私たちが自身の培ってきたものを使って「社会に対して何ができるか、何を伝えていけるか」を考えて、教育・研究を行っていけばいいのだと思うに至っている。研究者に限らず、生きている人はそれぞれ違った知見を持ち、それを活かすことで社会は変わっていくと信じているし、研究者もそうした「知見を持って生きる人」の一個人であることに変わりはない。

 その観点で、今回は、通信教育(特に高校段階で)の可能性を専門学会である日本通信教育学会の取り組みを踏まえて紹介し、私の想いを伝えたい。

 

1、今、通信教育、そして自学自習を問う

 本学非常勤講師の古壕典洋氏は「通信教育からの提言」第1回において、今の時代を次のように書いている。

 

みんなが自宅にいてそれぞれに学ぶ、これほどまでに「自学自習」が求められたことはなかったのではないでしょうか。

 

終戦後の焼け野原のなかで産声を上げた通信教育は、その歩みの途上で遠隔教育という新たな位置を得つつ、社会の発展に伴うさまざまな課題(教育の機会均等、再教育、生涯学習など)に応じながら「自学自習」の実践を積み重ねてきました。

 

 実際、いまコロナ禍で、学びの危機、つながりの危機に直面している我々は、通信教育に底流する思想である自学自習を希求している。例えば、ネット書店で本が入手しづらかったりするのは、流通の問題に限らず、書籍を求める人が増えているからかもしれない。

 では、今求められる自学自習に関わって、通信教育・遠隔教育にできることは何だろうか。今回は高校の場面を想定して考えてみたい。

 

2、高校教育までの段階での通信・遠隔教育の可能性

 高校教育まで段階での通信教育や遠隔教育の可能性について、神奈川県立公立高校教諭で通信教育にも長く携わってきた井上恭宏氏や、本学専任講師である土岐玲奈氏は、それぞれ提言を行っている。それによると、通信制教育や遠隔教育ができることは、今まで行ってきた「特定の児童生徒への教育におけるICT活用」以外にもいろいろあるという。

 それは、一斉授業でのICT化の推進(Zoomの活用など)に限らない。そこには、例えば、通信制高校のレポートの版下を全日制高校に提供し、全日制高校ではそのレポートを印刷、生徒に送付(またはデータ送信)して「自学自習」に取り組んでもらうこともあるし、定通併修1、全通併修2)、全日制と通信制の「学校外における学修の単位認定」の活用による連携や学校外における学習の単位認定3)もある。井上氏は、これらの方策が、WEB環境が整っていない高校や、自宅配信が難しい教育機関にとっても有効であることも提言している。

 

3、そこで考える本質とは

 上記に紹介したものを見て、「あれ、自分の想定していた使われ方と違う」と思った人もいるかもしれない。「通信教育や遠隔教育の利用と言えば、WEB会議が中心じゃないの? 懸案事項はデジタル・デバイドではないの?」そう思った人も少なくないだろう。

実は、ここに今回の議論の焦点がある。

 私たちは、対面授業ができなくなった救世主として、遠隔教育(あるいは通信教育)を考えがちである。だが、その時、遠隔教育は、対面教育の代替となり、私たちは対面でやってきたことをいかに遠隔教育で行っていくかに拘泥しすぎてはいないだろうか。

 現実はそうでもない。通信教育・遠隔教育だからできることがある。それは“distance”(適度な距離感)がもたらす安心感であったり、信頼感であったりから生まれるものである。通信教育には、レポートのやり取りを通じてなどにより生まれる「一緒に取り組む」感覚や、教員が指導する以上に、達成感のために導いてくれる側面がある。対面教育と通信・遠隔教育は対立するものでも、どちらかがどちらかの代わりをするものでもない、それぞれが相補的に存在し、私たちの学びを助けてくれる、学びを豊かにしてくれるものなのである。いま、通信・遠隔教育を用い始めることが増えた人々に対して、私は通信教育研究者、通信制大学の教員として、これらのことを伝えたい。

 

1)定通併修とは、定時制高校の生徒が通信制課程で修得した単位を卒業要件に含めること、あるいは逆に通信制高校の生徒が定時制課程で修得した単位を卒業要件に含めることができるという制度であり、公立高校においていくつかの実践例がある。

2)全通併修とは、全日制校の生徒が通信制課程で修得した単位を卒業要件に含めることができる生徒であり、長崎県において実践例がある。

3)これらは学校教育法施行規則第97条・99条による。

 

引用・参考文献:

・古壕典洋「自学自習」

・土岐玲奈「今、学校、教師に求められていること」

・井上恭宏「通信制高校の方法を参照するということ」

上記は、いずれも、日本通信教育学会ホームページ「通信教育からの提言」による。

http://jade.r-cms.biz/topics_list29/


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