ーー星槎ジャーナルとはーー
 星槎ジャーナルでは、世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマに、星槎の理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし広く発信していきます。


ーー「星槎ジャーナル」のスタートについてーー
 このたび、大学大学院のホームページに「ジャーナル」を立ち上げ、スタートさせていただくことになりました。
 世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマにの理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし、学内外に発信していこうという試みです。

 過日、「ジャーナル編集委員会」(編集長佐々木)の第1回会合を開催し、取りあえず走り出すことにしました。走りながら考えるのか、という叱責をいただきそうですが、グループの広報の一助になればとも思っております。
 ジャーナル第1号は「わが身を見つめ直す時に転換しようコロナ禍、デマに惑わされるな」(佐々木執筆)を掲載しました。ちょっと長めですが、コロナ禍の中で、デマやフェイクニュースにどう対応したらいいのか、というのがテーマです。
 星槎グループ教職員の投稿を歓迎します。掲載に当たっては編集委員会の内規に従って決めさせていただきます。また編集委員会から執筆をお願いすることもあろうかと思いますので、前向きにご検討ください。

 「ジャーナル」に掲載する原稿につきましては、テーマを問いませんが、結果として、内容がの3つの約束などの理念につながったり、想起させたりするものであれば、一層歓迎したく思います。ジャンルはシリアスなものでも、エッセイでも、国際交流記や旅行ルポでもなんでもござれです。楽しく、ためになり、タイムリーという3つの「T」が原稿の1つの目安です。

 原稿の長さは400字詰め原稿用紙換算で1枚から10枚程度までと考えていますが、厳格には規定しておりません。掲載の頻度については不定期としてスタートします。

ジャーナル編集長 佐々木 伸
 

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事務局(小林)2020/08/10 07:02:42

危機克服に指導力を競え−3カ月を切った米大統領選挙

2020年8月8日/佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)


 新型コロナウイルスの感染が地球規模で拡大する中、米国内外に重大な影響を及ぼす米大統領選まで3カ月を切った。再選を目指す共和党のトランプ大統領(74)に、野党民主党のバイデン前副大統領(77)が挑む形だが、支持率では大統領の劣勢が目立つ。だが、不確定要素も多く、選挙の行方は予断を許さない。コロナ禍という未曽有の非常事態の下、両氏には危機を克服する指導力を競ってほしい。

 トランプ氏の再選戦略は「経済の好調を維持」して民主党候補を一蹴するというものだった。ところがコロナ禍によってその思惑は大きく狂った。同氏は「ウイルスが消え去る」など根拠のない楽観論を繰り返して初動対応に手間取った。

 有効な施策を打てないままウイルスがまん延、外出禁止などで経済活動が滞り、頼みの経済が急速に悪化した。8月8日現在、米国の感染者は490万人を超え、死者は15万7千人という最悪の状況。各種世論調査によると、6割を超える国民が米国を最多感染国にした大統領の責任を厳しく批判している。

 トランプ氏は白人警官による黒人殺害事件をきっかけに全米に広がった人種差別撤廃運動に対しても「法と秩序」を掲げて力で抑え込もうとし、国民の反発を招いた。国民の大半が黒人差別は問題と考えているのに対し、同氏はなお白人優越主義者のツイートを再掲載するなど人種差別主義的な側面を垣間見せている。社会運動化した「Black Lives matter(黒人の命も大切だ)」を“過激な左派”の活動と非難し、白人有権者へアピールしようとしたが、逆に一部の白人層の支持離れを起こす原因にもなっている。

 有力紙の調査では、リードされたバイデン氏との支持率の差は、3月には2ポイントだったが、7月には15ポイントまで広がった。フロリダやミシガンなど勝敗を左右する激戦6州の平均支持率でも5~6%劣勢にある。これら激戦州は「1州でも落とせばトランプ氏の再選が厳しくなる」といわれるほど重要だ。

 こうした情勢を受け、トランプ氏は感染拡大で投票所の安全が確保できないとして、選挙の延期を提案したが、与野党から総スカンを食い、事実上取り下げざるを得なかった。選挙の日程を変更する権限は憲法の規定により大統領ではなく、議会にある。

 一方のバイデン氏は7月、政策集「ビルド・バック・ベター(より良き再建を)」を公表して大統領との対抗軸を鮮明にした。製造業の復活や雇用の拡大など中間層重視の方針を打ち出し、大企業や富裕層を優遇するトランプ氏との違いをアピールした。だが、同氏は大統領に比べて影が薄いのが弱みだ。

 バイデン氏は近く、女性の副大統領候補を決定し、こうした欠点を補って選挙戦を有利に運びたい考えだ。現在のところ、副大統領候補には黒人の連邦議員らが候補に上がっている。

 だが、バイデン氏には失言癖がある上、高齢からか、的外れの発言をすることがあり、両者のディベート(討論会)になれば、頭の回転が速いトランプ氏に論争負けする可能性もある。トランプ氏が予定されている3回のディベートの回数を増やすよう要求しているのもそのためだ。

 指摘しなければならないのは、コロナ禍は今年最大の政治イベントである米大統領選のあり方をも様変わりさせようとしていることだ。

1つは大統領候補を正式に指名する党大会についてである。党大会は共和、民主両党の候補を正式に指名する場で、選挙戦の中でも大きなクライマックスの1つ。お祭り騒ぎの模様は全米に生中継され、正式に指名された候補が指名受諾演説をして最高潮に達する。

 民主党は当初の7月の予定を1カ月延期して8月17日から中西部ウィスコンシン州ミルウォーキーで、共和党は同24日からノースカロライナ州シャーロットでそれぞれ4日間の日程で行う予定。しかし、両党とも感染リスクを考慮し、現地の会場に集まるのは少人数に制限、オンライン開催を基本にした。

 バイデン氏は東部デラウエア州の自宅から指名受諾演説を行うことを決定している。トランプ氏はホワイトハウスから受諾演説を行うとの考えを発表したが、民主党からホワイトハウスを選挙に利用しようとする試み、と強い反発を受け、まだ決まっていない。

 もう1つの問題は混雑する投票所では感染リスクが高まるとして、郵便投票が大幅に増えると予想されることだ。トランプ氏は元々、「外国の介入を招き、不正が起きる」と郵便投票に猛反対している。これは、郵便投票となれば、投票率が上がり、不利になると思っているからだ。

 不正が行われる余地は小さいと見られているが、8月初めの時点で、各州が条例を変更するなどして有権者の77%が、郵便投票が可能になった。だが、開票が遅れる可能性は十分にある。例えば、6月23日に実施された連邦議員の予備選挙で郵便投票が増え、結果判明まで6週間かかった例があったほどだ。

 大統領選挙の結果はこれまで、その日のうちに判明してきたが、郵便投票で開票結果が遅れて混乱する事態になれば、選挙の正当性自体にも疑義が生じかねない。

 米大統領選挙戦はこれからが正念場だ。再選を目指すトランプ氏も、ホワイトハウス奪還を狙うバイデン氏も中傷合戦に陥ることなく、コロナ危機を乗り越えるための具体策を明示し、「分断と対立」にあえぐ米国をまとめる統率力や指導力を競い合ってほしい。


事務局(小林)2020/08/10 07:00:37

レバノンの“絶望”に追い打ち、ベイルート大爆発、攻撃説も


2020年8月8日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 レバノンの首都ベイルートの港湾地域で4日夕、大規模な爆発が2回発生、100人以上が死亡し、約4000人が負傷した。衝撃は280キロ離れた地中海のキプロス島にも伝わった。貯蔵されていた硝酸アンモニウムが事故で爆発したとの見方が有力だが、イスラエルの破壊工作説も。デフォルト(債務不履行)と反政府デモの混乱が拡大する同国の“絶望”に追い打ちがかかった。


ゴーンの逃亡先の住居も被害

 それにしても凄まじい爆発だった。地元のメディアなどによると、爆発は数秒内に2度にわたって起こり、2回目の爆発の方がはるかに大きかった。倉庫に6年前から貯蔵されていた2750トンもの化学物質「硝酸アンモニウム」が火災によって引火したのが直接の原因らしい。

 現場はキリスト教徒の居住地区である東ベイルートの繁華街に近く、住宅や商店、レストランやナイトクラブなどの多くが被害を被った。2キロほどの所には日本大使館やレバノン首相府もある。ブラジル紙によると、昨年末に日本から逃亡した日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告の住居も約5キロのアシュラフィーエにあり、キャロル夫人が「住宅が壊れた」と語ったという。

 小国レバノンは中東の“柔らかい脇腹”と呼ばれ、多数の宗派が入り乱れて存在するモザイク国家だ。フランスの旧植民地として、自由な空気があふれていたこともあり、中東のスイスとも呼ばれた。特にベイルートはナイトクラブやカジノが栄え、夜の歓楽街を求めて、ペルシャ湾岸の金持ちが数多く訪れた。

 しかし、中央政府が脆弱なこともあり、75年から90年までキリスト、イスラエム教徒の間で内戦が続いた。この間、シリアやイスラエルが軍事的に介入し、イランやサウジアラビアなども水面下で影響力を行使し続けた。ギャングまがいの多くの武装組織が乱立し、ベイルートでは連日のように爆弾事件が発生、外国人を誘拐する人質事件も頻発した。

 82年、同国に侵攻したイスラエル軍がパレスチナゲリラを追い出した後、一時的に米英仏の平和維持軍が駐留し、治安維持に当たった。だが、その平和はつかの間だった。83年4月に西ベイルートのイスラム教徒地区にあった米大使館が爆破され、60人以上が死亡した。

 10月には米海兵隊司令部と仏駐留軍本部にテロ組織「イスラム聖戦」の爆弾車が突っ込み、米海兵隊員241人と仏軍兵士70数人が犠牲になった。当時、筆者は通信社の記者としてベイルートに常駐し、オフィスは地中海の近くにあった。この2つの爆弾事件の際には現場で飛散した遺体の傍らで取材した。今回の爆発をこれらの爆弾事件に重ね合わせる市民も多かっただろう。


汚職、経済悪化、コロナの3重苦

 市民の困窮が深まったのは昨年の10月ごろからだ。景気の低迷にあえぐ政府が増税する動きを見せたことから、若者を中心に反政府デモが始まった。若者らは同国の“風土病”とも言える政治家の汚職を糾弾し、失業率の悪化などに抗議の叫びを上げた。デモは全土に拡大し、当時のハリリ首相は同月末、退陣に追い込まれた。だが、輸入品不足が顕在化し、インフレは高まった。

 政治の汚職は構造的なものだ。各宗派がそれぞれ利権を握り、公共事業などを私物化、税金や国際援助を搾取してきた。政府や行政も上から下まで“バクシーシ”(賄賂)がなければほとんど何も動かないのが実情。ディアブ新政権が誕生した後も、経済の低迷に歯止めがかからず、ドル不足からドル預金の銀行引き出しは200ドルまでと制限され、市民の不安が募った。

 3月にはデフォルトに陥り、1ドル1500レバノン・ポンドだった交換比率は8割も下落した。自殺者が増え、殺人が倍増するなど治安が悪化した。そうした中、新型コロナウイルスの感染が広まり、市民生活はさらに悪化した。電気が1日4時間程度しか届けられない現実が窮状を浮き彫りにしている。

 政府は国際通貨基金(IMF)に対し100億ドルの借り入れを申し込んだが、約束していた政治・経済改革に失敗、援助を受けることができないままだ。レバノン経済は輸入に依存し、一部の農産物以外、輸出できるモノが少ない。このため、中央銀行は高い金利を設定し、海外にいる富裕なレバノン人や投資家からドルを集めてきた。だが、国家が破綻すれば、預けていたドルは戻らない。こうした事態を恐れた投資家がドルを引き揚げたことから、経済危機が一気に深刻化していった。

 世界銀行はレバノンの貧困層が50%にまで増加すると警告、人権団体はこのまま政府が適切な施策を打ち出さないと、数百万人が餓死する恐れがあると警鐘を鳴らしている。


イスラエルの関与が疑われる理由

 レバノン政府が事故説に傾く中、事故ではないと主張した人物がいる。他でもないトランプ米大統領だ。大統領は4日の記者会見で、根拠を示さないまま「米軍高官らは爆弾のようなものが原因と考えているようだ」と述べたのだ。事故ではないとすると、爆発はミサイル攻撃やテロ、破壊工作などが原因だったことになる。

 仮にトランプ氏が言うように、事故ではないとすると、疑いの目を注がれるのはイスラエルだ。爆発当時、上空をイスラエル軍の戦闘機が飛行していたとの目撃証言もある。イスラエルが取り沙汰されるのは最近、宿敵であるレバノンのシーア派武装組織ヒズボラとの緊張が高まっていたからだ。

 イスラエル軍は7月後半、武装集団がレバノン領からイスラエルに侵入しようとしていたのを阻止したことを公表。また8月2日夜にもシリアからゴラン高原に侵入して、爆発物を仕掛けようとしたテロリストをせん滅したと発表し、シリア領内のシリア軍やヒズボラの拠点を空爆した。しかし、イスラエル側はベイルートの爆発への関与は否定している。

 ヒズボラはレバノン国内で政府軍や他の武装組織を凌ぐ圧倒的な軍事力を誇り、事実上、レバノンの支配者だ。今回爆発が起きた港湾地域に秘密の施設を保有し、武器の密輸を行っていると見られている。ヒズボラが爆発の原因になった「硝酸アンモニウム」を貯蔵していたのかは不明だが、「イスラエルがヒズボラを弱体化させ、レバノン国内での評判を落とすために破壊工作を行ったことも考えられる」(ベイルート筋)との疑惑は否定できない。

 ヒズボラの生みの親であるイランでもこのところ、相次いで核やミサイル施設、発電所などで火災が発生、イスラエルの情報機関モサドの関与が疑われている。そうしたことも今回、イスラエル犯人説が根強く流れる理由だが、場当たり的と見られるトランプ大統領の「事故ではない」という発言は存外、的外れではないかもしれない。


事務局(小林)2020/07/30 11:58:49

闘う教育の現場

2020年7月29日/執筆者:坂田 映子 教授(星槎大学 共生科学部)

 「何か悪いことが起きた時、人には三つの選択肢がある。その出来事に縛られるか、打ちのめされるか、もしくは強くなるかだ。」(1990『君の行く道』より)。これは、アメリカの絵本作家ドクター・スースの言葉だ。今の社会に一石を投じる一節だ。
 コロナ禍による新たな日常の一部は、着実に浸透しはじめ、今、我々に求められているのは、ポストコロナへと歩みを進めることだ。公立学校は、コロナに疲弊し多忙を極めている。この現状を横浜市内の2人の小学校長が話してくれた。7月26日、星槎大学教育実習事後指導で、学生からも「コロナ禍で学校は変わった」という報告があった。これから、強く、機敏に柔軟性のある学校に姿を変えていくには、どうあったらよいか、ともに考えたい。

▼無言の給食
 髙島典子校長によれば、横浜市教育委員会通達(以下市教委)により、コロナ禍で、2カ月半を休校にし、6月から再開したものの、学習の遅れを取り戻すのに、1時間モジュール40分、午前5時間、午後2時間、計7時間の時間割を仕組み、当面、接触せず、話し合い活動はなしという学習に切り替えたという。
 給食も始まった。感染防止のため全員が前を向き、会話は控えて静かに食べるのがルール。給食自体も栄養価は保持しつつ品数を減らし、全員白い帽子とマスクをして待つ。「いただきます」は、お辞儀だけで、無言で食べ続ける。笑いの絶えない会食の時間は、今はない。「切ないですね。」と声を曇らせる。
 後藤俊哉校長は、7月に入り、通常の1単位時間45分、1日6時間の時間割に戻した。体育科授業を見ていると、子どもの体力の落ち方に愕然としたと話す。走って転んでもすぐ立ち上がれた子どもが、骨折を起こす。こんなに弱くなっているのかと、驚きを隠せない。同じようなことが近隣の中学校でも起きているという。
 良いことはひとつ。登校しぶりだった子どもが、休校期間中、ひと気のない教室で担任と2人で学習を続け、登校できない日はオンライン授業でゆっくりと学びを連続させた。やがて登校できるようになり不登校がゼロになった。
 子どもは、教員の顔が見えないと不安定になる。特に低学年や特別支援学級の子どもには教員の笑顔は何よりも必要であることから、マスクを外し、フェースシールドを使って指導に当たった。それでも、1年生の子どもは、担任の足に絡みつくのだという。

▼増幅する教員の職務
 登校前の消毒、体温検査、密を避けるための時間差登校の対応、昇降口の分散、教室に入る前の手洗い、授業後の机の消毒など、すべて担任の仕事となった。最も厳しい職にあるのは、養護教諭と栄養士だという。養護教諭は、毎朝、各学級の子どもの健康観察に入り、子どもに異変があれば即座に対応しなければならない。栄養士は、ウイルスという目に見えない異物混入を防ぐため、感染リスク対応は膨れ上がっている。
 小学校教育実習を終えたIさんは、「子どもの下校も分散下校で安全対策のために全部担任が付き添います。その後、教室の机を全部消毒します。やっと終わるとすでに午後5時を回るのですが、それから僕への指導や授業案検討が始まります。授業以外の仕事が多いのに驚きました。」と話す。
 子どもをウイルスから守るには、外部には想像できないほどの仕事量と強靭な精神が求められる。働き方改革など考えている余裕はなく子どもを感染から守ることが最優先だ。一人でも感染者が出れば学校を閉鎖し、記者発表、地域・保護者説明が待っている。マスコミに追いかけられるのは必然で、一般社会からの差別は容赦ない。この実態こそが教育現場の生の声だ。

▼変わる授業
 授業はどうか。「全然、話し合いができません。つくり上げる授業にならない。」と髙島校長は打ち明ける。3密を回避する授業のしづらさに頭を抱えた。
 そんな時、市教委は7月16日、「GIGA スクール構想の方向性」を発表した。「学びの改革」、「心と身体のケア」、「学校と家庭との連絡調整」の推進に向け、株式会社「LoiLo」の授業支援システム「ロイロノート・スクール」の活用を決めたのだ。市会は、臨時会補正予算で、1人1台タブレット型PC購入に、約101億2,000万円を計上し、可決した。市内には、公立小・中学校、義務教育学校、高等学校(定時制を含む)、特別支援学校、合わせて、計2,662,528名の子どもたちがいる。その子どもたちを守る約190,000名の教員には明るいニュースだ。「一人一台」、「思考力」「プレゼン力」を育んでいく授業改善クラウドシステムは、全教科に可能だという。既に5校が導入を開始した。この後、カスケード方式で次々と導入していくことになる。コロナとの「共生」に向け、まず第一歩、足場ができた。
 だが、ロイロノートは授業を支援するものであって、指導内容そのものがあるわけではない。どの場面で、どの教科でロイロノートを活用するかは各学校の判断だ。ICTに意欲が持てない子どもへの配慮も必要になってくる。

▼ポストコロナ時代に考えたい学校問題
 マスクが取れる頃、学校行事は精選され、カリキュラムにも個別の学習が広がっているだろう。体調不良や登校しぶりなどの子どもにとって、「ロイロノート×zoom」などで学びは保障される。少人数学級でのオンライン学習、デジタル教科書を使った授業が展開されていることだろう。
 同時に、課題も明確になってきた。対話することで議論が活発になる探究学習やアクティブラーニングをどう仕組むか。「みんなの力で大きな何かを成し遂げる」という体験学習の縮小が子どもの感動体験を減らし人間性を弱めていくという課題にどう向き合うかだ。これらはオンライン学習で乗り切ることはできない。

 世の中は、自粛緩和と感染再拡大のイタチごっこだ。世界もこの「共生」に命懸けだ。世界が「協調」しなければ危機は乗り越えられない。教育も、また、同じようにオンライン学習と追求型対話学習の両者をうまく抱き合わせていくことが大切だ。
 それ以上に、コロナショックにより、子どもが社会で生きていく上で真に必要な資質・能力とは何か、教員の指導力とは何かを突き付けられることになった。感染症だけでなく有事にあって、PCや機材を失い何もないときでも、子どもが驚き、歓声を上げ、魅力ある授業をやってのける教師像を失ってはならない。
 現場は、コロナによって縛られ、苦難を強いられてはいるが、この難局にしばらくは耐え、きっぱりと乗り切る強さを持ち続けてほしい。
 最後に、情報を提供してくださったお二人の校長に感謝し、「これからが勝負です。」と述べられたことばをもって末尾としたい。

事務局(小林)2020/07/15 09:44:37

差別は健康を脅かす―COVID-19・黒人・健康の社会的決定要因

2020年7月14日/執筆者:細田 満和子 教授(星槎大学大学院 教育実践研究科)

COVID-19禍の黒人の健康への影響
 アメリカでは、180万人以上がCOVID-19に感染しており、10万人以上が死亡しており、感染者数・死者数ともに世界最多となっている。このCOVID-19の感染拡大の中でも、黒人の被害は深刻である。感染する割合は白人に比べてわずかに高い一方で、死亡割合はかなり高い。
 アメリカ疾病管理予防センター(CDC)の発表によると、人口構成では少数派である人種・民族グループが、COVID-19の患者数と死者数において高い割合を占めることが報告されている。例えばウィスコンシン州では、人口全体の6パーセントにすぎない黒人が死者の半分を占めた。シカゴでは人口の30パーセントが黒人だが、死者に占める割合は70パーセントが黒人である。ヴァージニア州リッチモンドでは、COVID-19の犠牲者は1人を除いて全員が黒人であった。ミルウォーキーでは、黒人の感染者は約半数だが、死者の81%を占めた。住民のほとんどを黒人とラテン系アメリカ人が占めるニューヨーク市ブロンクス地区では、住人の感染はニューヨーク市の他の地域と同じくらいだが、死亡した割合は約2倍であった。
 このようにアメリカでは黒人のCOVID-19感染率や死亡率が他と比べて群を抜いて高く、白人と比べて3倍にものぼっている。

健康の社会的決定要因
 健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)という概念がある。これは、健康状態は保健医療の違いやライフスタイルによって異なってくるが、それらを決定しているのは、所得や学歴や就労環境や住居環境などの社会・経済的状況(SEC: Socioeconomic Status)であることを示すものである。
 黒人は、心臓病、脳卒中、糖尿病の割合が、白人に比べて高く、心不全、喘息、高血圧の割合も高く、人生の早い時期に発症している。例えば、黒人の高血圧の割合は、白人に比べて約30%高く、脳卒中で死ぬ割合は300%高い。黒人と白人で比べた場合、たとえ同じ割合で病気になったとしても、アフリカ系アメリカ人の方が合併症などで死亡率が高い。また黒人の平均余命は白人に比べて4歳低い。これは健康格差(Health Disparity)といわれている。
 こうした健康格差を生むのが、社会的な要素なのである。COVID-19の感染率や死亡率における人種の不均衡は、こうした病気とほぼ同じパターンを示しており、深刻な健康格差が生じている。ではどのような社会的要素があるのだろうか。

黒人のCOVID-19被害が深刻になる社会的要因
 第1に、たとえ体調が悪くても、高額な医療費を敬遠して受診が抑制されるからである。黒人は健康保険に加入している割合が低く、たとえ入っていたとしても低い掛け金のプランなので、高い自己負担金を払わなければいけないことが多い。2010年のオバマ大統領時代にヘルスケア改革が行われて皆保険が目指され、高額すぎる保険料は見直されたが、依然として高い状況である。さらにCOVID-19によって失業し、雇用先で入っていた健康保険を失うケースも少なくない。
 第2に、職業的としてエッセンシャルワーカーといわれるサービス業に従事していて、人と接する機会が多く、感染のリスクが高いからである。また、ブルーカラーといわれる肉体労働を伴う職業に従事していることも多く、テレワークをすることは難しい。
 第3に、生活様式として公共の交通機関を使うことが多かったり、多世代で暮らすことが多く、一人が感染すると家族内で広がったりしてしまうことが挙げられる。
 第4に、医療者側の在り方の問題もある。黒人を含むマイノリティの人種や民族の人たちは、体の不調を訴えても信用されなかったり、症状を軽く見られたりすることがある。特にパンデミックといわれるような緊迫した状況において、その傾向が強まることが指摘されている。またそうした扱いを懸念して、医療機関を受診しないこともある。
 第5に、黒人差別が根深い社会で偏見を避けるための防衛という理由がある。マスクやスカーフで顔を覆うと、感染予防のためであっても犯罪者ではないかと疑われ、警察からさまざまな嫌がらせや暴行を受ける危険性が大きくなるために、黒人はマスクを着けたがらないという。

Black Lives Matter(黒人の命も大切)
 以上、黒人の置かれていたもともとの社会的状況が、COVID-19禍において、更なる健康被害をもたらすことを見てきた。医療へのアクセス、就労環境や収入といった従来からの格差や偏見が、COVID-19の状況で健康格差を増大させ、人々を苦しめている。ハーバード公衆衛生大学院の学部長ミシェル・ウィリアムズは、ワシントンポスト誌への寄稿で、白人警察官によるジョージ・フロイド氏の殺害とCOVID-19禍の状況は、アメリカ社会に取り返しのつかないほどの壊滅的な結果をもたらす可能性があることを示した。
 黒人たちは今、COVID-19で亡くなっているが、それ以前の置かれている状況のせいで亡くなっている。COVID-19人種差別に対処し、より公正で偏見のない社会にする必要がある。それはだれにとってもより健康な世界であろう。
 このことは日本も他人事ではない。欧米と比べて社会格差が小さいといわれていた日本でも、近年、格差が生じてきていることが指摘されている。特に健康格差の問題は、社会的弱者(病者や障がい者、外国人、生活困窮者など)といわれる人々に現れやすい。COVID-19と共に生きざるを得ない状況の中で、偏見や格差をいかに解消し、新しい生活を構想してゆくか、そしてそれをどのように政策に反映させてゆくか、大きな課題である。


事務局(小林)2020/07/15 09:35:04

科学を軽視する者に明日はないーコロナ最多感染国のピエロ

2020年7月14日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 新型コロナウイルスの感染拡大は留まるところを知らない。世界の感染者は1300万人、死者も57万人(7月13日現在)に迫ろうとしている。緊急事態宣言下の自粛で、一時感染拡大が小康状態だった日本でも東京を中心に感染者が急増、政府や自治体の無策ぶりが一段と浮き彫りになっている。
 「感染拡大を抑え、同時に経済を再開する」難しさは当然のことだが、自粛を解除し、「GoToキャンペーン」を始める安倍政権の政策はウイルスの拡散を、税金を使って行おうとしているとしか私には思えない。これまでも何度か言ってきたが、経済は市民の間に「安心・安全」感覚が戻らない限り、復活しない。マスクを着用し、いくら消毒しても、誰が感染者か分からない「ウイルスまん延の街」では、恐くて自由に活動できないからだ。
 ワクチンができれば別だが、早期に「安心・安全」感覚を定着させるためには、PCR検査を連日、何万単位(あるいは何十万単位)で実施し、感染者を見つけて隔離する以外に方法はない。東京都は3000人まで検査を拡大しているというが、これでは小池知事がヤリ玉に上げる「夜の街」の検査ですら“焼け石に水”だろう。なぜ、検査拡大に踏み切らないのか、本当に謎だ。
 「GoToキャンペーン」に1兆7000億円の税金を投入するのだという。確かに観光産業は大変だろうが、東京からウイルスを運ばれてしまえば、つまるところ疲弊するのは地方のホテルや観光地である。この税金を「いつでも誰でも、何回でも無料でPCR検査」を受けられる予算の一部に使ってほしい。何度でも言うが、「安心・安全」感覚を取り戻すにはこの方法しかない。検体をまとめて検査するなど、その気になればいくらでもやり方はある。感染するかもしれないという不安が市民にある限り、経済の復活はない。
 このままでは、感染拡大が地方にも進み、気が付いた時には二進も三進もいかなくなっている悲惨な状況が生まれるだろう。そこから大規模検査の方針に転換しても「時すでに遅し」だ。優柔不断な決断の責任は誰が取るのか。安倍首相は不祥事や人事の失敗に「責任は自分にある」というが、責任を具体的に取ったことはあったろうか。口だけでは責任を取ったことにはならないのは子供でも分かる。
 海の向こうでも首をかしげざるを得ないことが起きている。トランプ米政権のことだ。世界最悪の米国の感染者は330万人を超え、猛威は収まる気配はない。5月までは東部ニューヨーク州が感染の中心地だったが、6月に入って南部のフロリダ、テキサス、西部カリフォルニア、アリゾナ諸州で一気に急増、1日の感染者が5万人を超えた。
 特に引退した富裕層が多いフロリダ州では最近、1日の感染者が1万5千人を上回った。若者の感染者が増えているのは東京の傾向と酷似している。こうした感染が急激に拡大しているのはトランプ大統領の経済再開方針の推進が大きな原因だが、皮肉なことに多くの州が再び自粛措置に追い込まれた。
 11月の大統領選挙での再選を目指すトランプ氏は現在、野党民主党のバイデン前副大統領に各種世論調査で軒並み、後塵を拝しており、再選に赤信号が灯っている。
トランプ氏が劣勢になっている要因はコロナ対応の失敗、経済の急落、黒人差別抗議運動へのまずい対処の3つだが、背景にはトランプ氏の「対立と分断」を煽る手法に対する国民の疲れがあるように見える。
 特に、コロナ対応では「科学を軽視」するような態度が目立ち、これが国民から見限られている理由の1つになっているのではないかと私は考えている。
 「暖かくなればウイルスはウソのように消え去る」「消毒薬を体内に注射したらどうか」「ウイルスにかからないよう抗マラリヤ薬を飲んでいる」といった発言は国民の間に深い不信感を生んだ。
 最近看過できないのは、トランプ大統領やその側近たちがホワイトハウスのコロナ対策の司令塔であるファウチ国立アレルギー感染症研究所所長をラインから外し、蚊帳の外に置いている点だ。
 ファウチ所長は歴代の5政権に仕えてきた感染症対策のトップ。トランプ大統領の記者会見に同席し、大統領に助言し、専門的な知見を披歴してきた。世論調査では、67%の国民がファウチ所長を信頼できるとし、大統領の26%を圧倒的に凌いでいる。「彼だけは信用する」という国民も多い。
 トランプ大統領から嫌われた理由は、科学者としてまっとうな意見を言うからだ。とりわけ大統領の推進する「経済と学校の再開」には時期尚早と反対し、「このままでは1日の感染者が10万人を超えるだろう」(議会証言)と警告、大統領の怒りを買った。大統領は米テレビに対し「彼はいいヤツだが、多くの間違いを犯した」と決めつけた。
 大統領の科学や科学者軽視は今に始まったことではない。地球温暖化に対して「でっち上げ」「中国の陰謀」と呼び、オバマ前政権の石炭産業の規制を撤廃、パリ協定からも離脱したのは記憶に新しい。
 ファウチ所長への大統領の姿勢に対し、バイデン前副大統領は「ゴルフの時間を削って、科学者の意見を聞いたらどうだ」と批判している。「科学を軽視する者に明日はない」(アナリスト)ことをトランプ氏が思い知るのも間もなくなのかもしれない。

事務局(小林)2020/07/07 17:33:59

星槎ジャーナルの100日

2020年7月7日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)
                               
 「何でこんなことになっているのか」「世の中ちょっとおかしいぞ」。ネット時代の社会や国際情勢が目まぐるしく転変する中、こうした日々の疑問に答え、星槎の視点から物事の「表層深層」を内外に発信するという目的で星槎ジャーナルは生まれた。私たちの配信が星槎の理念である「人を認める」「人を排除しない」「仲間を作る」という3つの約束への理解を深め、共生社会実現への一助になれば、との願いも込めたつもりだ。
 誕生から100日が経過し、振り返ってみると、私たちが目指した目標が十分達成されたとは言い難いが、星槎グループ教職員の皆さんのご協力により、33本の原稿を配信することができた。平均して3日に1本という頻度である。「本数よりも中身」とのご意見もあるだろうが、編集長以下3人という編集委員会の活動の評価は読者に委ねたい。

 投稿33本のテーマは、国際問題15本、コロナ禍12本、学内・研究等6本という内訳になっている。コロナ禍と国際問題は重複する内容が多く見られるため、最多はコロナ問題に関する原稿ということになるだろう。
 コロナ禍を乗り越えていこうというプラス思考の投稿や国際協調から差別偏見をなくす方向性への示唆、対面を控え、オンラインを可能な限り活用していこうとする取り組み、ウイルス対策に混乱する安倍政権への叱咤、ポストコロナやウイルスとの共生など、テーマは多岐にわたっている。ウイルス対策に失敗したトランプ米政権の混乱や、米中2大国の関係悪化なども取り上げられた。星槎グループを側面から支える広報担当者や事務局関係者にも投稿をお願いし、厳しい現場の活動の一端などを紹介してもらった。

 私たちが編集活動の中で最も感じたことは、「何人も世界から孤立して生きていくことはできない」という厳然たる事実をコロナ禍が突き付けているということである。私たち教職員も含め星槎に学ぶ生徒、学生にとってあらためて世界を考える機会となったと言えるだろう。
 世界ではいま、ヘイトクライムが急増し、差別主義者たちが大声を上げ、共生社会とは真逆なベクトルが動いている実態もある。そうした観点からも、「白人パワー」を称賛し、対立と分断を煽るトランプ氏に審判を下す11月の米大統領選挙が今年最大の政治イベントになる。ジャーナルとしても丁寧にウォッチしていきたいと思う。

 投稿に当たっては、出来る限り自由闊達に書いてもらうため、投稿のテーマ、内容は投稿者にお任せした。原稿はシンプルで長大にならないようお願いしたが、継続して書いていこうという投稿者も現れたのは望外の喜びである。今後とも積極的な投稿を要請し、星槎ジャーナル誕生100日の中間報告としたい。


事務局(小林)2020/06/29 10:33:11

世界の行方を問う―岐路に立つ国際秩序と地球環境〜環境倫理の視点から〜

2020年6月28日/執筆者:鬼頭 秀一 教授(星槎大学 副学長・教育学研究科教育学専攻 修士課程長)

 環境問題は、そもそも、基本的には、国際社会の中で理解されてきました。
 環境問題が国際社会の中で最初に問題になった60年代から70年代は、基本的には近代科学、さらには近代への問い直しという形で出現しました。そこでは、基本的には、環境と経済はトレードオフということでしたし、人間と自然とを対立させるという形で理解され、人間中心主義への反省という形で理解されました。
 私はこれを「環境倫理1.0」というふうに、今日は名付けたいと思います。最近「環境哲学1.0」とか「2.0」という議論があります。私はその提唱者の主張には必ずしも同調しないのですが、「1.0」「2.0」という言い方は分かりやすいと考え、今日はそのような形でお話ししたいと思います。「環境倫理1.0」の考え方は、環境問題を二項対立で捉え、トレードオフという形で考えていました。それがこの時代の流れだったと思います。
 1989年から始まった、いわゆる「地球環境問題」の流れは、国際社会の大きな転換点と関連していました。ソ連のゴルバチョフさんが出てきて、米ソの冷戦構造が集結し、緊張緩和という時代の中で提唱されたのです。19 89年の9月にシェワルナゼさんが国連で演説します。シェワルナゼさんは当時のソ連の外務大臣で、後にグルジアの大統領になり、現在はお亡くなりになっています。その演説の内容は、米ソの緊張緩和で冷戦構造が終結したため、今まで国連で中心的な課題であった安全保障は国際社会の主要な課題ではなくなった。むしろ、国際社会は、人類の共通の問題である地球環境問題に取り組むべきだというのです。その12月に今度はゴルバチョフさんがやはり国連で同様な演説をします。
 そこから、先進国の首脳たちは地球環境問題で国際的なイニシアティブを取ろうと動き出します。当時のアメリカ合衆国のレーガン大統領の下で副大統領を務めたでブッシュさんは大統領選挙で地球環境問題を公約にしました。イラク戦争を起こしたブッシュさんのお父さんのブッシュさんですね。共和党の大統領候補としては画期的なことでした。あの環境嫌いのイギリスのサッチャー首相も「環境だ、環境だ」と言いだした。フランスのミッテラン大統領はオゾン層の問題で国際会議を主宰します。地球環境問題は、まさに国際政治の中から出現してきたのです。その到達点として1992年のリオ・デ・ジャネイロでの地球サミットがありました。
 とはいえ、国際社会の先進国の主導権争いで終わったかというと、そうではなくて、実はその裏で位相の異なる問題が出現して議論されていました。国際会議でこれからは「環境」の時代だと主張され、人間中心主義が批判されると、会場からは、一体途上国の貧困はどうするのだ、と問題提起がなされます。先進国が勝手に資源を使いつぶして経済成長して豊かになったのに、途上国は貧困のままである。地球環境問題の裏にある南北問題が大きな問題になったのです。
 それから、リオのサミットが開催された1992年は、実は、国際先住民年の最初の年でありました。今まで、先住民に関しては、その思想は自然と共生して素晴らしいと称揚されるのですが、その一方で、先住民のさまざまな権利は保障されていないと言うことが、問題になっていました。その背景を受けて、1992年のリオのサミットで締結された「生物多様性条約」の交渉の中ではABS (Access to genetic resources and Benefit Sharing、遺伝資源の利用から生じた利益の公正で衡平な配分) の問題が大きくクローズアップされたのです。例えばマダガスカル島に自生し、現地では伝統的に薬として使われていたニチニチソウからアメリカ合衆国の製薬会社が小児白血病の特効薬となる薬剤を抽出して巨大な富を得たのにもかかわらず、途上国政府や地域住民に利益配分がされていなかったという事例がありました。このように、特許という形で、生物資源から医薬品を作り出す知的財産権を守るということだけでいいのか。もともと薬として使ってきた先住民の権利も含めて、多元的な権利として捉えなければ、「バイオパイラシー(生物資源の海賊行為)」と非難されるのも当然では無いか、そのような状況になってきました。
 リオのサミットでは、「気候変動に関する枠組条約」と「生物多様性条約」の二つの国際条約が締結されましたが、これは、地球温暖化と生物多様性という地球レベルの問題が取り上げられることになったというだけでなく、一方では、環境の資源に関して、多元的な価値とか権利の問題が出てき他ということなのです。まさに、「環境正義(environmental justice)」というような問題が、ここで出てきたのです。
 リオのサミットの後、私たちはその後に環境の問題を国際的に取り組む際、「リオ+5」「リオ+10」「リオ+20」というふうに、リオを起点に捉えてきました。これは、「環境正義」というパラダイムの枠組みで、環境問題を考えるようになったということなのです。この新しい形の、環境倫理のあり方を、「環境倫理1.0」に対して「環境倫理2.0」と呼びたいと思います。
 ここでは、「環境」と「経済」は二項対立ではありません。「社会的な公正」、さらには、「社会的包摂(social inclusion)」を重要な軸として捉えられなければならなくなりました。「環境」と「経済」と「社会」の三極構造の中で考えなければいけないということです。そして、その三極構造で考えると、「環境」と「経済」は必ずしも対立するものではなくなります。社会的不公正を引き起こす「環境保護」は不適切ですし、「社会的包摂」を前提とした適度な「経済成長」が望まれるわけです。「環境」と「経済」はトレードオフではないのです。
 このような考え方が、20年間を経て、一つの集約点としてSDGsという形で結実したのです。つまり、この「環境倫理2.0」の最終到達点としてこのSDGsがあるのです。
 国連の開発目標としては、ミレニアム開発目標(MDGs)がありました。これは、基本的に途上国が対象で、専門家主導で進められてきた。しかし、持続可能な開発目標と言ったときに、それは一方で今まで資源をさんざん使い尽くして経済的に豊かさを実現した先進国の問題でもあり、先進国や途上国に関係なく、誰もが取り組むべき問題だという形の認識が行われたのです。その点を考えても、SDGsは「環境倫理2.0」の集大成であるといえます。先進国と途上国、開発と環境を二項対立的に捉えていたという意味で、MDGsはどちらかというと「環境倫理1.0」であったのが、SDGsで初めて「環境倫理2.0」になったのです。だからこそ、ここで、「経済成長」、「環境保護」、「社会的包摂」を包括的に捉えることができるようになったということなのです。
 さて、SDGsの現状を考えたとき、あちこちでイベントやシンポジウムなどがあり、企業も積極的にこの問題を取り上げようとしていることはある意味ではいいことですが、一方で、非常におかしなことが起こっています。「SDGsウォッシュ」ということも言われるようになりました。SDGsの17の目標のアイコンを自分の都合がいい形で貼り付けて、それに取り組んでいると標榜しているが、SDGsの本質的なところが忘れ去られています。皮相的に捉えたSDGsが横行し、日本政府も含めて、SDGsの本質をずらして、何かやったような気になっている。SDGsの取り組みとしては、最初に17の目標のどれかから「入る」のは重要なことですが、本質的に重要なのは、その目標から他の16の目標との「関連をつけて」、「他の目標も同時に達成」できるように取り組みを進めることです。17の目標を「包括性」「統合性」という視点から捉えるというところに本質的な問題があるのです。しかし、SDGsの17の目標を要素還元主義的に捉えて、バラバラに理解してどれかをやっていればいいと考えている。本来の目的から大幅に外れています。
 そのような状況に加えてトランプ大統領のアメリカ合衆国のパリ協定の離脱表明ことも起こっています。自分の国さえ良ければいいという考え方が跋扈している。グローバルな環境にどう取り組むのか、社会において多元的な価値とか権利の尊重という普遍的な価値をどう実現するのかという論調が非常に後退してきています。
 このようなことが起こっている原因は、その底流に、世界中のあちこちで、そこにおける基本的な生活が、グローバリズムによって収奪されているということがあると思います。いままででも、反グローバル主義がおおきく台頭してきています。そのような中で、普遍的な価値をどのように実現できるのかが課題なのです。このような揺れ戻しで、結局また古い経済、古い経済に後退してしまい、「環境倫理2.0」は宙づりになってしまいます。
 一方でいま、世界的に災害が多発しています。そのような中で、「環境」の問題はもっと身近な、生死に関わる根本的な問題になってきています。そのことに対応するような新しい考え方が求められているのです。普遍主義によるグローバルな環境問題の解決、普遍的な多元主義な理念を掲げるだけでは解決できないというところで、新たな枠組みが必要になってきています。求められているのは「環境倫理2.0」から「環境倫理3.0」ではないかということです。
グローバル経済、グローバリズムが、さまざまな地域の人間の生活のかなり根底を奪っているというような問題を捉えるには、「日市場的領域」の重要性を考えるべきでしょう。
 先進国の日本においても、地方の都市や田舎の方に行くと、貨幣によらないような非市場経済がしっかり根付いています。出荷されず市場に反映されない農業生産もあり、また山菜、きのこの採取や狩猟や漁労などマイナー・サブシステンスの営みがあり、そこで市場に依らない分配や贈与などの経済行為があります。東日本大震災のときにも、被災地の方の地方都市や漁村地域では、年収150万とか200万ぐらいで非常に豊かな生活ができていたということも明らかになりました。非市場的な領域の経済がしっかりとあるからです。
 その問題を現代の課題と結びつけると、グローバリズムによって収奪されてきたことをどういうふうに再構築するという課題を考えたとき、少しでも残っている非市場的領域を現代的に組み替えることで、ローカルな社会で、相互扶助的な経済をしっかり確保することが重要であろうと思います。それは、私たちが共感とか価値とかあるいはストーリーとか、そういう一種のブランディングのようなものに関連していると思います。地域社会での、非市場的領域の関係性を踏まえて、信頼や共感ということに基づいた「価値」を重要視して共有していくことです。さまざまな地域で、そこに住む人たちが、未来社会を見据えて、共有できる価値を創造するということです。まさに、マイケル・ポーターのCreating Shared Value(CSV)の考え方に近いものになります。
 その考え方をもとに、共感と信頼を基軸にした経済圏をつくっていくということが、日本の地方創生ということを考える時に、実は非常に重要であるのです。日本では、中小企業が、100年、200年続いて家業とし成立しているところが多いです。100年企業、200年企業は、市場経済だけで商売しているわけではありません。非市場的な要因を含めた形で地域の社会の中で事業を行っている。そのようなことの重要性に目を向けて、それをもっと世界に広げていくということが、これからの在り方なんじゃないかと。
 ローカルな地域社会、地域経済を共感とか信頼とか、私たちが共通して持つような価値に基づくような経済圏を、非市場的な領域も含めて、地域の自然環境と共生する形で構築し、さらにグローバルな経済と適度な関係を持つ。これはグローバルな経済を否定するのではなく、保護主義に戻るというわけではない。グローバルな経済と、非市場な領域を基調とした地域の経済圏を、どうバランス良く、コントロールしながら、オープンにしながら、人々が豊かな生活ができるか。それこそが、「環境倫理3.0」における地球環境問題に対する一つの新たな方向性だろうと思います。先ほど、小宮山先生がプラチナ社会の中で示されたさまざまな試みも、まさにそのことに関連していると思います。
 そして、国際社会への貢献ということを考えると、そういうモデルを日本が提示することです。現在のグローバル経済と地球環境の問題の折り合いをつけていく新しい枠組み、この「環境倫理3.0」を理念的に発信していくことがまさに必要ではないでしょうか。

(2019年11月24日に開催された、地球システム・倫理学会 第15回学術大会シンポジウム「世界の行方を問う ー岐路に立つ国際秩序と地球環境ー」のパネルディスカッションでのプレゼンテーションから)
 なお、当日のパネルディスカッションに関しては、下記に動画が公開されています。
 <パネルディスカッション動画URL>https://www.youtube.com/watch?v=50Z1QXRCmCo

事務局(小林)2020/06/23 09:23:32

実践のことばと学術研究のことば-社会人院生との対話-

2020年6月21日/執筆者:今津 孝次郎 教授(星槎大学大学院教育学研究科 博士後期課程 )

1.社会人が大学院で学ぶ
 1990年代から2000年代にかけて大学院の量的拡大政策が計られた。世界の先進諸国と比較して大学院規模が小さく、日本の高等教育の発展にとっては当然の政策であった。しかし、大学院修了生の「受け皿」づくりに日本社会は無頓着であった。修士号はまだしも博士号取得の若者には就職難と生活苦が待ち構えていた。こうして学歴アップの政策は中途半端のまま終わり、今なお大学院の規模は他国と比べて劣ったままである。
 星槎大学大学院教育学研究科は2020年4月より博士後期課程をスタートさせた。新たな課程は社会人を主な対象とし、働きながら学びやすいように通信制である。職業生活で突き当たった諸問題や諸課題を学術的に探究することで解決の方策を考察することを目的とし、「実践と理論の往還」をモットーとする。このモットーは、伝統的で限られた「アカデミック学位」への固執を解き放ち、より柔軟で幅広い「プロフェッショナル学位」をも含めた新しい博士像を樹立する狙いが込められている。「人生100年時代を迎え、学び直しが必要」などと気軽に叫ばれる時代になった。それを単にことばの上だけで済ますのでなく、実際に実行できる一つの具体的な学位制度として提供するのが本博士課程なのである。

2.教育系大学院「社会人コース」での経験から
 とはいえ、伝統的で固定的な「研究者養成」とは異なり、多様な社会人を対象にした柔軟で幅広い「専門職業人養成」を含む博士課程は、日本ではまだ整っていないだけに捉えにくい。そこで私が経験した社会人院生の指導の特徴について述べておきたい。
 大学院の量的拡大政策がピークに達した時期に名古屋大学は「大学院重点化」され、教育発達科学研究科では修士・博士課程に「社会人コース」が設置された。2000年度から9年間、私はさまざまな「A社会人」院生の指導に当たった。院生は「A1研究者」と「A2非研究者」に大別できる。それぞれ具体的な職業を挙げ、〔 〕内に研究テーマを略記する。
 A1.私立大助手〔アカデミック・リテラシー〕、私立大助教授(米国)〔PTAの日米比較〕
 A2.小学校教員〔外国人児童生徒教育〕、高校教員〔スクールソーシャルワーク〕、元高校長〔指導力不足教員〕、ラジオ局職員(中国)〔遠隔高等教育〕
 博士号取得の目的はA1ではアカデミック・キャリアのアップであるが、A2では職業実践上の課題解決を中心にした高度専門職業人としての成長や、職業実践の総まとめ、研究者への転身、と様々である。
 こうした社会人院生は、年齢・職業・経歴が異なるうえに人生経験も多様で、各院生の理解に手間暇がかかる。当然ながら大学院の柔軟化・広範化はもちろん、新たな指導観が要請される。他方、研究テーマが職業実践に由来する点では共通性があり、それらは伝統的な学術研究からすれば、担当教員には馴染みが薄い場合がほとんどである。しかも、A1はそうではないが、A2では、学術研究的習慣(特に先行研究)の少なさ、学術研究技法の未習得が見られる。 
 このような多様性を特徴とする社会人院生と比較すると、共に在籍する「B非社会人」院生つまり研究者を目指して修士から博士へとストレート進学する若者の特徴は一様である。研究テーマもアカデミックな伝統に沿ったもので担当教員には馴染みがあり、先行研究も日常化していて、学術研究諸技法はすでに習得しているか、習得中であり、指導観で迷うことはほとんど無い。

3.社会人院生を指導するスタンスとは
 「非社会人」を自明の対象としていた大学院教員として、「社会人」といかに交流し、どのように指導するのか、はまったく新たな課題であった。9年間の取り組みを一言で整理すると、以下の二つの極を揺れ動いた結果、第三極に到達した。初等中等段階の教育改革で常に世界的に基本的論点となる基準を両極に配置して説明したい。
 〔X〕教員中心(teacher-centered):学術研究のスタイルに従うように強く指導する。
 〔Y〕院生中心(student-centered):職業実践を重視、論文化の論理構成や論述文の作成を少し手助けする。
 〔X〕は従来からの「アカデミック学位」のスタイルであり、「非社会人」の若者は適合するが、「社会人」は職業実践を通じた課題意識を掲げ、個別具体的な経験を踏まえた自己主張が強いので、このスタイルに適応しにくいことがある。そこで教員が一歩引いて〔Y〕方式を採ると、良質の「実践報告」にはなっても「学術論文」に至らないことがある。こうして〔X〕極と〔Y〕極の間を往復しているうちに気づいたのは、両極のいずれでもない新たな関係が目指されるべきであり、それが、次の第三極〔Z〕である。
 〔Z〕実践のことばと学術研究のことばの「対話」:教員は社会人院生の実践経験に耳を傾け、その内容を学術研究の視点・思考法・概念・枠組に置き換えて返すと、社会人院生とその問題意識を理解できると同時に、自らの学術研究自体の見直しも可能となる。社会人院生は、問題意識や課題が学術的文脈に置き換えられることにより、学術研究的スタイルを理解でき、実践的問題意識を相対化し抽象化して一般化することが可能になる。

4.星槎大学院博士課程1期生との「対話」事例から
 「対話」の仕組みを一般的に説明したので、具体的な事例を挙げよう。博士後期課程1期生で50代後半の女性、小学校教員、教育委員会勤務を経て、現在私立大講師である。院生本人の承諾を得たうえで、研究テーマをめぐる「対話」が4~5月にどのように開始されていったかを紹介する。
 3月入試時には研究テーマ「ハンセン病回復者『平沢保治』に学ぶ『特別の教科道徳』の教材開発と活用」が表明された。4月のオリエンテーション時には研究テーマ「人権の語り部『平沢保治』との出会い」が発表された。そして、指導担当となった私に「科研」(平成30~令和2年)の全国療養所調査のまとめとなる草稿(A4判で15枚)がメール添付で送られてきた。それらを見聞きして感じたことが四つあった。
 ①問題意識の背景を了解できた。勤務地に多磨全生園がある関係からハンセン病回復者との交流が芽生え、なかでも「平沢保治」と20年近い関係が続いている。「自らの語りを記録として残してほしい」と本人(93歳)から託されており、それに応えたい、道徳の教材にしたいと考える・・・この問題意識は確固としたものである。
 ②ハンセン病について知識がなかった私としては問題の重さに身を正し、啓発される一方であるが、学術研究論文に仕上げるには、何らかの一般化された視点ないし枠組みを補助線として引く必要があり、それが理論化に寄与できる方法では、と思われた。
 ③強く関心を抱いたのは、院生がごく自然に口にする「語り部」という用語である。私も聞き慣れているとはいえ、学術研究の文脈に置くと分析対象として新たな光を帯びてくる。歴史学、民俗学、文学は別にして、「『語り部』の教育学」がこれまで欠落していたのではないか。そして、その点に院生自身は気づいていないかもしれない。
 ④「道徳」・「人権」教育と結ぼうとしているが、両者を並列させるのでなく、どちらかを前面に出せば、異なる議論が立体的に構造化されるのでは、と感じた。

5.「対話」にとって「聴く」ことが大切
 以上を出発点として、ちょうどコロナ禍で面談ができず、2ヶ月で3回ほどメールのやり取りで「対話」が進んだ。その記録を以下に整理する。1から2へ、2から3へ・・・とやり取りされる「対話」は、院生が個別具体的な問題関心や諸資料を提示し、それを教員が一般的抽象的な視点や思考法、概念・枠組み、調査法として捉え返して、新たな問いかけをおこなうという筋道を辿る。
 その筋道で求められることは、社会人院生の表面的な発声やレポート記述の背後に、心底からの想いや主張が隠されているのでは、と深くまで「聴くlisten」(「聞くhear」でなく)ことであろう。社会人院生に対して、教員は「語る」以上に「聴く」態度がきわめて大切であると考える。研究者としても、思いがけない発見の可能性があるからである。

  

(注)本稿は2020年6月10日(水)に「FDランチョン」(昼食時の教職員研修会)でZoomにより開かれた講演レジュメに修正を施したもの。講演は「全力!SEISAまなびチャンネル。」シリーズで動画公開。


事務局(小林)2020/06/13 10:20:26

「米抗議デモ」-意識改革を進めよ

2020年6月12日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 白人警官による黒人暴行死事件で全米に広がる抗議デモは差別撤廃を求める社会運動に発展し、デモに強硬姿勢を取ってきたトランプ大統領を窮地に追いやっている。
 デモが拡大した背景には黒人差別に対する「国民意識の劇的な変化」(専門家)があるが、運動を一過性で終わらせないためには、警官の意識や警察組織を改革する実効性ある取り組みが必要だ。
 米国ではこれまで、白人警官による黒人に対する暴力事件がたびたび発生、その都度、再発防止が叫ばれながら抜本的な対策は先送りされてきた。
 しかし、約6年前「黒人の命も大事だ」という差別撤廃運動が起こり、この問題に対する国民の共感が広まった。
 今回の抗議デモは先月末の中西部ミネソタ州の黒人暴行死事件が発端だが、有名大学の世論調査によると、「黒人差別が深刻な問題だ」とする国民は76%に達し、数年前と比べ大幅に上昇。デモを正当だとする人も約8割に上る。デモ拡大はこうした国民意識の変化を反映するものだろう。
 デモは一部の略奪行為を除き、おおむね平和的に行われている。だが、大統領は国民意識の変化を理解しようとせず、デモ自体を力で抑え込もうとした。ニクソン元大統領が掲げた「法と秩序」の主張をまね、軍隊の投入をちらつかせてどう喝した。
 特に批判が強いのは大統領がホワイトハウス周辺の平和デモを催涙ガスで排除、徒歩で近くの教会に行き、聖書を片手に記念写真を撮ったパフォーマンスだ。
 軍の投入や「分断と対立」をあおる大統領の言動には米軍の元幹部らが反対を表明、国民的人気のあるマティス前国防長官は「国をまとめようとしない初めての大統領」と厳しく批判した。
 元将軍で共和党の重鎮、パウエル元国務長官は大統領を「うそつきの常習者」と呼び、11月の大統領選挙では野党民主党のバイデン前副大統領に投票するとまで明言した。
 大統領にとって痛いのは身内の共和党内からの批判の高まりに加え、支持基盤である白人キリスト教福音派の一部に離反の動きが出ていることだ。バイデン氏に支持率で大きく後れを取っている大統領には大票田の同派の支持が死活的に重要だ。
 だが、人種差別という米社会が抱える闇は政争や党派を超えて改善されなければならない。
暴行死事件の発生地、ミネアポリス市議会では警察組織の解体を求める動きが表面化、下院民主党も警察の改革法案を提出した。こうした流れが差別なき社会につながるよう期待したい。

事務局(小林)2020/06/09 10:49:17

トランプ支持基盤に離反の動きー抗議デモ、逆風の3つの要因

2020年6月7日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 白人警官による黒人暴行死事件をめぐる抗議デモはトランプ大統領をかつてないほどの窮地に追いやっている。とりわけ固い支持基盤の白人のキリスト教福音派の間での支持率が急落しているのが痛い。この逆風は3つの出来事が大きな要因になっているが、その背景には「黒人の生命は大切だ」という差別撤廃運動に大多数が賛同するという国民意識の劇的な変化がある。

▼福音派の重鎮が大統領を“説教”
 トランプ氏をホワイトハウスに送り込む原動力となったのは米国内の最大の宗教勢力である白人のキリスト教福音派の支持だ。ところがその支持傾向に大きな変化が表れている。ニューヨーク・タイムズが4日、「公共宗教調査研究所」(PRRI)の世論調査の結果として伝えるところによると、3月の時点で、白人福音派の約80%が大統領の仕事ぶりを評価していたのに、デモが激化した5月末には、62%にまで急落した。

 同じ宗教勢力である白人のカトリック教徒の間でもトランプ氏の支持率は3月と比較して27ポイントも下落した。同紙は前回の大統領選の2016年秋の時点で、白人福音派のトランプ氏支持が61%しかなかったことを指摘、大統領にとって必ずしも破滅的な結果を招くとは限らないとしているが、再選のためには絶対に必要な岩盤支持層の一部が離れていることは大統領にとっては深刻な事態といえるだろう。

 この支持離れは黒人暴行死をめぐる抗議デモへの大統領の対応だけではなく、それ以前からの新型コロナウイルス対策の遅れに対する批判も反映されていると見られている。大統領は「4月になって暖かくなれば、ウイルスは消え去ってしまう」などと楽観論を繰り返し、初動対応が遅れ、米国が最多感染国になった責任を厳しく問われている。

 福音派の一部にそっぽを向かれ始めた大統領のデモへの好戦的な姿勢に対し、同派の重鎮で、「キリスト教連合」創設者のテレビ伝道師パット・ロバートソン師はこのほど、「大統領、そんなことをしてはいけない。われわれは1つの人種であり、互いに相手を愛さなければいけない」と“説教”した。同師とトランプ氏は90年代からの旧知の間柄だ。

 福音派に影響力を持つ雑誌「クリスチャニティ・トゥデー」は昨年12月、ウクライナ疑惑をめぐって大統領が弾劾された際「個人的な利益のため権力を乱用した」として罷免を要求するなど、同派の一部から大統領離れが起きていた。

▼身内の共和党からも造反
 大統領は最新の世論調査で、民主党の大統領候補に確定したバイデン前副大統領に7~10ポイントもの大差を付けられて劣勢にあるが、抗議デモの拡大でこの傾向がさらに加速しつつあるように見える。ニューヨーク・タイムズが報じるところによると、5月26日から同28日の間に実施された無党派層に対する調査では、40%が大統領のデモ対応を支持していた。

 しかし、大統領が同29日、「略奪が始まれば、発砲が始まる」と軍隊の投入をちらつかせて恫喝、力による鎮圧方針をツイートした後、無党派層の支持率は30%までに急減した。高齢者の支持率も58%から41%に落ちた。

 トランプ氏は60年代のニクソン元大統領の主張を真似て「法と秩序」を強調しているが、デモの背景にある黒人差別の歴史や暗部については語らず、“ANTIFA”(反ファシズム)による陰謀論と、力による強硬姿勢を前面に出して保守層にアピールしようと躍起になっている。だが、結果はうまくいっていない。この29日のツイートが逆風の第1の要因である。

 第2の要因は6月1日に起きた。ホワイトハウス周辺のデモ隊に催涙弾を浴びせて排除し、側近らを引き連れて徒歩で数分のセントジョンズ教会に行き、聖書を片手に記念撮影するというパーフォーマンスを演じたことだ。なぜこんな稚拙な演出をしたのか。一説には長女のイバンカ氏の勧めとされる。

 その動機については、福音派にアピールするのが狙いだったこと、またデモ隊がホワイトハウスに向かって来た際、大統領は一時、地下壕に避難したが、一部から“意気地なし”と批判され、そのことに反発したためではないか、といった憶測を呼んでいる。だが、自らのパーフォーマンスのために平和的なデモを蹴散らしたことに対する国民の怒りと批判は予想以上に強い。

 第3の要因は軍部だけではなく、国民の間でも人気の高いマティス前国防長官が大統領を痛烈に非難したことだ。同氏は3日のアトランティック誌への声明で「ドナルド・トランプは自分の人生で、国民をまとめようとしない初めての大統領だ。まとめる振りさえしていない。彼はわれわれを分断しようとしている」と厳しく指弾した。

 このマティス氏の声明の反響は大きく、共和党のマカウスキ上院議員(アラスカ州選出)は大統領が分断を煽っているとの見解に同意するとし「われわれはもっと正直であるべきだと思う」と表明した。共和党内部の反トランプ派として知られるロムニー上院議員もマティス氏を称賛した。激怒したトランプ大統領はマカウスキ議員に、次の選挙では再選を阻止してやるとツイート、敵意をむき出しにした。

▼国民意識の変化を読み違え?
 だが、大統領は黒人差別に対する国民の意識が劇的に変化していることを読み間違えているようだ。モンマス大学の世論調査によると、黒人差別が深刻な問題だと考えている国民は76%にも達している。2015年の調査と比べ、26ポイントも上昇している。

 今回の抗議デモ参加者の怒りは完全に正当なものだとする人は57%、どちらかと言えば正当化できるとする人が21%。実に78%もの人がデモに好意的だ。他の調査でも、「黒人が警察官に不当に扱われている」とする人が57%いるが、白人の半数が「そう感じている」と回答しているのは注目に値する。

 同紙は「明らかに国民意識の劇的な変化だ」という専門家の見解を伝えている。別の調査によると、オバマ氏が大統領に就任した2009年、黒人が平等な権利を獲得できるよう必要なことをやるべきだとする白人は36%しかいなかったのに、「黒人の生命は大切だ」運動が浸透した17年には、過半数を超える白人が黒人の権利向上に賛同している。

 トランプ大統領はこうした国民の意識の変化を読み違えたか、あるいは理解しようとせず、再選のことだけを考えて力によるデモ抑え込みを図ろうとしているのではないか。デモの大半は平和的に行われているのに、大統領は一部の略奪者と一緒くたにしてデモそのものを取り締まろうとし、その反発にあえいでいる、というのが実際のところだろう。

 しかも、政権内部から大統領の方針に公然と反旗を翻す動きも出始めている。エスパー国防長官は「軍投入は最後の手段」と言明し、ワシントン周辺に展開していた1600人の部隊の一部撤収と、同様に投入されていた4000人の州兵に対して武装解除するよう命じた。トランプ大統領が「反乱法」を適用して軍投入を辞さず、との強硬方針を示していただけに、あからさまな抵抗ともいえる。大統領副報道官は「軍投入を判断するのは大統領だ」と国防長官をけん制しているが、政権中枢の亀裂が表面化した格好だ。


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