中国との共生―ロシアのウクライナ侵攻から考える-その③
2022年6月20日/執筆者:大嶋 英一 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)
3. ロシアのウクライナ侵攻―中国の矛盾に満ちた対応
中国の公式立場
ロシアのウクライナ侵攻後中国はロシアを非難しなかった。ロシアの侵攻を非難する国連総会決議にも中国は棄権した。
習近平は、3月8日に行われた独仏首脳とのオンライン会談で、ロシアのウクライナ侵攻に関し次の通り中国の立場を表明した。
(1) 主権と領土保全は尊重されるべし
(2) 国連憲章の目的と原則は遵守されるべし
(3) 各国の安全保障上の合理的懸念は重視されるべし
(4) 危機の平和的解決に役立つあらゆる努力は支持されるべし
ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナの主権と領土に対する重大な侵害であり、国際の平和と安全および武力不行使を定めた国連憲章に明白に反する行為であるので、(1)と(2)は中国がロシアを支持しないことを示している。これに対し(3)の趣旨は、ロシアの安全保障上の懸念(NATOの東方拡大など)は重視されるべきであるということなのでロシアへの配慮を示している。(4)の和平努力への支持については、中国はウクライナから再三要請されているにも関わらず表立って仲介の労を取ろうとしていない。
以上総じて言えば、ロシアのウクライナ侵略という原則違反に対し中国の対応は著しく弱いものと言えよう。しかし、以下に見るように中国の本音はさらに驚くべきものである。
中国の教員研修用資料
ロシアのウクライナ侵攻を中国の学校ではどのように教えているのだろうか?この問題に関する中国の教員研修用の資料が3月末の香港紙に掲載された。「なぜロシアはウクライナに出兵したのか」と題する資料には、次のようなことが書かれている。
(1) ウクライナの政治は腐敗し、党派が乱立し、経済は疲弊し、民族は分裂しており、過去8年間に政府軍やナチス分子は東部で1万4千人のロシア人を殺害、2014年の後も一連の非理性的対外政策をとり、ロシアを恨み、大量破壊兵器の製造に着手し、NATOに加入しようとした。
(2) NATOの5回の東方拡大が、ロシアの戦略的空間を狭め、ロシアを追い詰めた。
(3) 米国はロシア・ウクライナの悲劇の仕掛け人である。ウクライナに27億ドルの軍事支援を行い、ロシアとウクライナの対立をあおり、矛盾を激化させた。米国はロシアを挑発して戦争を起こさせ、…、欧州とロシアを離間させ、欧州を支配して、漁夫の利を得ている。(以下略)
(1)のウクライナに関する記述は、ロシアの主張そのものである。(2)は、NATO(北大西洋条約機構)の拡大がロシアを追い詰めたのだとしてロシアに同情的である。(3)は、米国がこの戦争の仕掛け人で最大の責任者だとしている。米国はロシアが侵攻する3ヶ月ほど前からウクライナ周辺に展開するロシア軍の情報などを中国に提供して、ロシアがウクライナに侵攻しないよう中国からも説得するように働きかけたという。それにもかかわらず、全面侵攻した張本人であるロシアの責任については不問に付し米国に責任を押し付ける中国の論理には驚きを禁じ得ない。中国国内でこのような教育が行われていることに対し背筋の凍る思いがする。
プーチンの行動を「尊重」した習近平
ロシアがウクライナに侵攻した翌日の2月25日に習近平はプーチン大統領と電話で協議を行った。北京にあるロシア大使館のウェブサイトによれば、この電話協議で習近平は「ロシアの指導者(つまりプーチン)が現在の危機的状況でとった行動を尊重する」と述べたとしている。尊重するというのは支持するとまでは言えないとしても、少なくとも反対はしないという意味である。この習近平の発言がその後の中国の対応の手足を縛ったと言えるだろう。また、主権や領土保全の尊重や国連憲章の原則の遵守といった中国の主張がいかに空疎なものであるかを最高指導者自らが示してしまったという点で深刻である。
中国がロシアを擁護する理由
中国はなぜ原理原則に反してまでロシアを擁護するのだろうか?そこには外交上の問題だけではなく内政問題も含め以下のような要因が絡んでいると思われる。
第一に、中国にとりロシアは大国の中で唯一の友好国であり、ロシアを敵に回したくないこと
第二に、仮に中国がロシアを非難しても、米国が中国を「唯一の競争者」として対抗する構図に変化はなく、中国は米ロ双方を敵に回すことになること
第三に、ロシアのウクライナ侵攻で米国が欧州に釘付けになれば、中国への圧力が軽減され中国にとりプラスになること
第四に、習近平はロシアとの協調を軸として米国主導の国際秩序を変えようとしてきたが、ロシアを非難すればその目論見が水泡に帰すのみならず、外交政策の失敗を追及される恐れがあること(内政上の要因)
以上いずれの要因も、対米関係に関わりがある。要するに中国にとってはウクライナの主権や領土保全といった原則問題よりも、中国の対米関係に有利かどうかが判断基準となっているとみられるのである。
その④に続く・・