ーー星槎ジャーナルとはーー
 星槎ジャーナルでは、世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマに、星槎の理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし広く発信していきます。


ーー「星槎ジャーナル」のスタートについてーー
 このたび、大学大学院のホームページに「ジャーナル」を立ち上げ、スタートさせていただくことになりました。
 世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマにの理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし、学内外に発信していこうという試みです。

 過日、「ジャーナル編集委員会」(編集長佐々木)の第1回会合を開催し、取りあえず走り出すことにしました。走りながら考えるのか、という叱責をいただきそうですが、グループの広報の一助になればとも思っております。
 ジャーナル第1号は「わが身を見つめ直す時に転換しようコロナ禍、デマに惑わされるな」(佐々木執筆)を掲載しました。ちょっと長めですが、コロナ禍の中で、デマやフェイクニュースにどう対応したらいいのか、というのがテーマです。
 星槎グループ教職員の投稿を歓迎します。掲載に当たっては編集委員会の内規に従って決めさせていただきます。また編集委員会から執筆をお願いすることもあろうかと思いますので、前向きにご検討ください。

 「ジャーナル」に掲載する原稿につきましては、テーマを問いませんが、結果として、内容がの3つの約束などの理念につながったり、想起させたりするものであれば、一層歓迎したく思います。ジャンルはシリアスなものでも、エッセイでも、国際交流記や旅行ルポでもなんでもござれです。楽しく、ためになり、タイムリーという3つの「T」が原稿の1つの目安です。

 原稿の長さは400字詰め原稿用紙換算で1枚から10枚程度までと考えていますが、厳格には規定しておりません。掲載の頻度については不定期としてスタートします。

ジャーナル編集長 佐々木 伸
 

星槎ジャーナルー記事一覧

星槎ジャーナル[根記事一覧]
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事務局(小林)2021/10/20 10:39:27

「国際社会と人道危機」

2021年10月19日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

◎アフガニスタンの子どもを救えー飢餓の窮状に猶予はない
 アフガニスタンに関する緊急の20カ国・地域(G20)サミットがこのほどオンラインで開催され、「国民に直接届く」人道支援や女性らの人権促進などの取り組みを確認した。人道支援が複雑な形になったのは同国で実権を握ったイスラム主義組織タリバンの統治手法に多くの疑念があるためだが、このままでは支援が大幅に遅れる恐れがある。特に「9割の家庭で十分な食料が得られていない」(世界食糧計画)窮状の中、子どもたちは飢餓に直面しており、猶予はない。G20を代表とする国際社会は早急に効果的な食料援助を実施し、子どもたちを救わなければならない。
 米駐留軍が完全撤退し、タリバンが同国を掌握して約2カ月が経過した。しかし、国内の政治的混乱とテロなどの政情不安は続いたままだ。その最大の要因はタリバンの政権運営にある。
 なによりも厳格なイスラム原理主義に基づく恐怖政治への懸念が消えないことだ。実際、犯罪者の遺体をクレーンでつるすなどの残虐な行為も散見される。とりわけ女性の外出や就労が規制され、中等教育以上の女子の通学が認められないなど基本的な人権侵害が目立つのは容認できない。公務員などの給料未払いや失業、インフレも深刻で、国民は家財道具を売って食料を確保するなど「国家破綻は秒読み」という指摘もある。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は「緊急支援がなければ、人道危機に直面する」と警告している。
 G20サミットで欧州は約1500億円、日本も200億円の緊急支援を表明したが、実際には進んでいない。タリバンの非民主的な言動に国際社会の不信感がぬぐえず、タリバンに援助すれば、不正流用され、国民に届かないと恐れているからだ。米欧は国際機関を通じて国民に直接届く支援を模索しているが、タリバンの積極的な協力がない現状ではうまく進んでいない。
 タリバン自身、援助は喉から手が出るほど欲しいし、国際的に認められることを望んでいるのも事実だ。米欧はこうしたタリバンの足元を見て、「タリバン政権の承認」と「支援」をてこに、①国民の自由な出国②テロ支援の放棄③女性の人権尊重―の実施を要求。同国の海外資産も凍結して行動を改めさせようとしている。しかし、タリバンは「人道支援と政治は別問題」と反発。国連事務総長が「女性の権利を尊重する約束が守られていない」と懸念を示す通り、原理主義的な姿勢は基本的に変わっていない。故に人道支援も滞ったままだ。
 問題なのは中国とロシアが米欧の対応を批判し、国際的な連携に亀裂が入っていることだ。今、サミットでも、バイデン米大統領や岸田文雄首相は参加したが、中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領は欠席した。大国同士の政治的な対立は人道危機の解決にはつながらない。こうした中、タリバンを敵視する過激派組織イスラム国(IS)の自爆テロが相次ぎ、治安が悪化しているのは看過できない。治安を回復するためにも、迅速な人道支援が不可欠だ。
 そこで国際社会に提案がある。タリバンの統治手法を改めさせる政治的要求を一時的に棚上げした上で、タリバンの行動への監視・監督を強化し、「期間限定で援助を先行させる」方法もあるのではないか。子どもたちの生命を助けるため、国際社会の知恵と決断が求められていると思う。

事務局(小林)2021/10/02 12:58:44

「キング」と「神」、そして星槎〜バスケの世界から社会貢献を考える〜

 
2021年9月30日/執筆者:小澤 勇人 星槎大学事務局

 NBANational Basketball Association)のファンの間でたびたび話題に上がるのは、「キング」は、「神」を超えることができるのか、というものだ。キングとはレブロン・ジェームズ、神とはマイケル・ジョーダンのことである。

 いずれもNBAで偉大な選手で、マイケル・ジョーダンは、計6度の優勝を達成。一方、レブロン・ジェームズは現在まで4度優勝。37歳という年齢ながら、今もチームのエースとして活躍している。
 生涯成績や優勝回数、MVP受賞歴などから、若干ジョーダンの方が史上最高の選手だという声が上回っているが、レブロンはまだ現役のため、現段階の結果だけでは決められない。
 加えて、2022年シーズンを迎えるにあたり、レブロンが所属しているロサンゼルス・レイカーズは、大型補強を行った。他のチームでエースとして活躍していた選手の獲得に成功し、新シーズンの優勝候補。5回目の優勝を果たすことも十分考えられる。

 もし、ロサンゼルス・レイカーズが予想通り優勝した場合、ジョーダンが6回、レブロンが5回優勝となり、経歴的に遜色がないと言えるだろう。

 

 では、どこでどちらが史上最高のバスケットボール選手だと判断するだろうか。

 難しい問題で、なおかついろいろな考え方はあるのは承知だが、私は、社会への影響力、バスケットボールに対する貢献度ではないかと思っている。

 ジョーダンが活躍する以前は、日本では、プロリーグなどもなく、バスケットボールへの関心は薄かったように感じる。そこに、マイケル・ジョーダンという生きる伝説が現れ、瞬く間にバスケットボールファンを増やしていった。

 そして、この伝説は、日本の漫画・アニメ業界にも影響している。

 そう、社会現象にもなった「SLAM DUNK」だ。

 このバスケットボールを題材にした漫画の主人公、桜木花道のライバルである流川楓は、マイケル・ジョーダンがモデルだと原作者も後に語っており、「バスケットボールは面白い」と日本全国で認知され、大ヒット。

 この日本で起きた社会現象のおかげで、バスケットボールの競技人口は20万人増加し、一時的ではあるが、サッカーの競技人口を上回ることとなった。

 また、マイケル・ジョーダンは、ドリームチームの一員としてオリンピックに参加し、世界中にバスケットボールの素晴らしさを伝えた。世界中に知れ渡ったジョーダンの活躍は、スポーツブランド「NIKE」のサブブランドのロゴ(ジョーダンの姿)になるほどで、今もなお、世界中で愛され、バスケットボール競技者はもちろん、皆が好んで愛用している。

 そして、2020年には、スポーツアスリートとして、社会貢献のため、人種偏見の撲滅と社会正義に貢献している団体に1億ドルの寄付を行っている。

 加えて、経済的困難を強いられている世帯や、犯罪率の高いエリアに住む学生を対象に、WINGS Scholarship Program”を立ち上げ、大学の授業料を全額支給するなど、積極的に社会問題に対する活動を行っている。

 

 それでは、レブロン・ジェームズはどうだろうか。

 社会貢献活動、社会への問題提起では、直近でいうと、女子テニス選手の大坂なおみ選手のマスクでも有名となった「Black Lives Matter」の運動を積極的に行っている。2020年に起こった黒人が白人警官に殺害された事件に対し、レブロンは、黒人選手も多く活躍しているNBAの先頭に立って抗議活動を行い、現在も社会問題に対して試合後のインタビューやSNSを通じて、今も発信し続けている。

 この活動を通して、「黙ってドリブルだけしているわけにはいかない。この社会にとって、若者たちにとって、出口がないと感じている子どもたちにとって、僕が声をあげることはとても大事なんだ」 というレブロンのメッセージはとても印象的だ。

 また、レブロンは自身の持つ財団で、授業料無償の「I Promise School」という学校を作り、多くの子どもたちに学ぶ機会を提供し続け、自ら行動し、社会貢献活動を行っている。

 

 ここまで述べてきた通り、社会貢献活動に積極的に関わっており、世界に大きな影響力をもっている二人だが、社会貢献度とそしてバスケットボール界への貢献度を鑑みて、最初の疑問に戻ろう。

 「キング」であるレブロン・ジェームズは、「神」のマイケル・ジョーダンを超えることができるのか?

 私の答えは、YESだ。

 レブロンのように、常に向上心を持ち、前進し続けることができれば、きっと神を超えることができるだろう。

  そして、キングや神を生み出した組織(NBA)にも焦点をあててみたい。

 二人以外にも素晴らしい心を持ち合わせた選手を生み出しているNBAもまた、社会貢献活動を行い、より良い社会になるように尽力している。

 2005年当時のコミッショナー、デビッドスターンが立ち上げた「NBA Cares」は、リーグ、チーム、選手が一体となって5年間で「世界規模で数百カ所の学び、遊び住まいの提供」、「数百万時間の奉仕活動」、「数千万ドルの寄付金」という目標を掲げスタートした。

 組織としてこのような社会貢献の精神があるからこそ、個人としても積極的に活動している選手が多くいるのだと思う。ただ人々を楽しませるだけではない、社会から尊敬される組織だ。

 

 さて、私が所属している星槎グループも社会に疑問を投げかけ、常に挑戦し続けてきた集団だ。社会に必要とされることを考え、誰も実行できなかったことを実現してきた。1972年に2人の生徒から始まった塾は、今や幼稚園から大学院まである大きな組織となったが、当時から目的は変わっていない。「子どもたちの未来のため」に活動を行っている。その中心が教育だっただけだ。現在は、子どもたちが通う、いわゆる「学校」だけでなく、NPO法人や公益財団法人を立ち上げるなど、さまざまな教育的環境を作り、支援している。

 公益財団法人「世界こども財団」では、日本の被災地への支援のほか、ブータン王国、ミャンマー、カンボジア、バングラデシュ、エリトリアなど、世界各国の教育、医療、スポーツなどの支援活動を行っている。

 これらの星槎の学校や団体は、すべて同じ考え、理念を根本に置いて活動している。その最たる例が、「人を認める」・「人を排除しない」・「仲間を作る」という3つの約束だ。

 これは、星槎がグループ全体で大切にしていることであり、保育園児からお年寄りまですぐに覚えられる約束だ。

 考えや思想が違っても相手を受け入れ、認める(人を認める)。
 また、違う考えだからといって排除しない(人を排除しない)。
 そして、そんな人たちも仲間に巻き込み、多様性を生み出す(仲間を作る)。

 この考えをもとに行動してきたから今の星槎があり、社会に認められたのだと思う。

 

 そして、この星槎を創った宮澤保夫は、日本では、そして世界では何が必要なのか、誰が困っているのか考え、行動し、現在も常に先頭に立って走り続けている。

 『必要なところに私は行く』(宮澤保夫,2018)

 これは、宮澤が執筆した本のタイトルであり、宮澤の思いだと思う。

 50年近く子どもたちのことを考え、子どもたちのために行動し、社会に訴えてきた。今度は、私たちの番ではないだろうか。宮澤と同じこと(実績)はできないかもしれない。だが、より良い社会を作りたいと思い、常に挑戦し続けることは誰にでもできる。宮澤の背中を追うだけではなく、自分たちで考え、行動で示していきたい。

 規模の大小は関係ない。私たちは、評論家ではなく、実行者であるべきなのだ。


事務局(小林)2021/09/22 10:01:24

生涯学び続ける教員を目指して

2021年9月20日/執筆者:西村 哲雄 教授(星槎大学大学院 教育実践研究科 教育実践専攻)

 令和3年1月26日「令和の日本型教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(中教審答申)において、教職員のあるべき姿が述べられています。それは、『学校教育を取り巻く環境の変化を前向きに受け止め、教職生涯を通じて学び続け、子供一人一人の学びを最大限に引き出し、主体的な学びを支援する伴走者としての役割を果たしている』という理想的でハードルが高いと感じた先生も多いのではないでしょうか。このことを大学や大学院における自らの授業に置き換えてみたときに、自信をもって“できている”とは言い難い。

「理科を教える小学校教員の養成に関する調査報告書 平成 23 年」(JST)によれば、『もっと大学で(短大を含む)で学んでおいた方が良かったと思いますか』という問いに理科の学習内容についての知識・理解約84%、理科の指導法についての知識・技能約89%、理科の観察・実験についての知識・技能91%などいずれも高い%を示しています。このことを考えれば、当然のことながら、学部など理科の授業(例えば「初等教科教育法(理科)」)において、可能な限り観察、実験を主体とした授業構成を対面で行うことが重要であり、より実感を伴った理解が図れるものと考えます。
 しかしながら、昨年度より本学では急遽オンライン授業(Zoom)で行うことを余儀なくされました。観察、実験を伴う楽しい理科指導法をオンライン授業(Zoom)でどのように実現し、充実した達成感を学生に与えることができるのか?学生に対する質保証をどのように具現化していくのか?そのことの解決策は?

 小学生の月刊誌などでは、よく付録の工作などがついていることをヒントに、手間暇かけてちょっと大変ですが、受講生の各住所に「初等教科教育法(理科)」の授業で用いる「風やゴムの力の働き(3年生)」や「振り子の運動(5年生)」などの手作り製作キットを受講生一人一人に事前配布することにしました(【写真1】は教育実践研究科における「教材・授業研究Ⅱ(数理)」の製作キット等です)。事務局には宅急便で送っていただき感謝しています。なかには、コロナ禍のため、実家に帰っていて、手元に届いていないことを確認、急いで対応して授業に間に合わせていただきました。受講生は、宅急便が届き、「これ何だろう?」とドキドキワクワクしていたようです。各受講生が手元に実験で用いる具体物があることが肝要です。
 【写真2】は、「振り子の運動(5年生)」の実験の動画の一コマです。100円ショップで売っているスーパーボール、糸、画びょうで、簡易の振り子を作製し、実験をします。「皆さん、振り子の周期は何によって決まりますか?」この問いはある県の教員採用試験問題です。
 次の4択で答えてみましょう。①振り子の重さ②振り子の大きさ③振り子の振れ幅④振り子の糸の長さの4択です。
 小学校5年生では、「主体的・対話的で深い学び」の深い学びの部分で、条件制御という探究の過程を学びます。実際の理科室における実験とは精度が落ちたり、タイムラグ(受講生は北は北海道から沖縄まで、驚いたのはアメリカのアトランタから参加)が生じますが、、Zoomで何とかなったと思います。
そこで、何人かの学生の生の声を載せてみます。

 S1(振り子の運動の)実験を行ってみると、やはり時差がうまれたりして難しかったが、みなさんとコミュニケーションをとりながら行うことで、多少の誤差は生じるものの、実験を行うことができた。
 Zoomにてスクーリング(面接授業)を行う上で自己紹介を行い、集団で一つの授業を作っていこうとする西村先生の意図を感じた。一人一人の発言や出身地についても掘り下げる発言や発問があり、個を大事にしようとすることは授業をする上でも、生徒が自分のことを知ってもらえると思うことで、参加への意欲や安心感をもたせることにつなげていると思いました。

 S2 今回は対面ではなくZoomでの参加でしたが、実験や、体験活動を行うときに、対面のほうがいいなと感じました。座学の時は遠隔授業でも良いと思いましたが、今回の授業のように、実験がある場合は、対面のほうが他の人とすぐに話し合ったり、他の人の様子を観察できるので、やりやすいのではないかなと感じました。模擬授業に関しても、実際に対面でやったほうが実践的なものに近づくと感じました。しかし、今回の新型コロナウイルスを機に、遠隔授業が普及していって、当たり前になってくる可能性があるので、その点においては、遠隔授業だったらどう進めるか、どう工夫するかを考えて、実践することができたので良かったと思います。また、Zoom内で、グループディスカッションもできるので、そのような機能を活用することで、遠隔でも普段の対面と変わらないような授業ができると感じました。

 S3 私も学生時代は理科や科学の授業は苦痛であったし、今でもスクーリングの講義は苦手意識がある。しかし、今回のスクーリング、西村先生の講義はとても楽しく、夢中になって臨むことができた。子どもが授業の中でどんな時に楽しいと感じるかは、①夢中になれるとき、②未知と出会えるときだと私は思う。実際に西村先生の講義で同じことを感じた。①夢中になれるについては、理科の授業で言うと、何か物と比べたり、色々な方法を試したりする作業など主に観察や実験を行うときにみられる。(ペットボトルの風車、振り子など)これは例えると、サッカーやバスケットボールなどのゲームをやっているときの心理状態と似ており、何故楽しいかというと、そこには「目的」と「技術の上達」があるからである「やればやるほど上手くできる」、また「他の学生より上手くなりたい」という気持ちが子どもたちを夢中にさせ、さらに活動に夢中にさせる。私も紙コプターが飛んだ時に感動した。(本当にこんなふうに飛ぶとは思わなかった)また、①の夢中になれる楽しさがどちらかというと活動的な楽しさだったものに対して②未知と出会える楽しさは知的な楽しさに入ると考える。未知とは、新しい事実や、きまりの発見である。それを主体的になすときに楽しさは心から湧いてくる。(地層や地震など)賢くなりたいというのは、人間の根本的な欲求であり、この欲求がみたされるときの子どもは、やはり楽しいと感じると思う。私は地層の実験(動画)を見たときに、まったく違う予想をしていたので、驚きを感じた。以上のことにより、教師は、子どもが学ぶことの楽しさを感じることができる授業を行わなければならないと強く感じた。将来、教員になった時スクーリングで学んだことを生かしていきたいと思っている。追伸:西村先生スクーリングの資料や教材の準備ありがとうございました。職場でも子どもたちに教えてあげてみるつもりです。やはり、Zoomより対面での講義をしたかったです。

 S4 Zoomで理科の授業を行うことは、顕微鏡など身近に用意することができないので出来ることが限られてしまうと思ったけれど、今回の地層の映像を見たように画面共有をしてよりわかりやすく動画で実験を見ることができるのはZoomの良いところなのではないかと思いました。
 
 学生の充実感をスクーリングという短い時間で達成していくために、また、より良い授業を実践していくためには、まだまだ自らの指導方法の在り方を改善していくことが求められます。日常生活における自然事象に常に関心をもち、指導方法の工夫・改善に努めていきたいと思っています。オンライン授業(Zoom)での授業、更にはグーグルクラスルームでの資料のアップ、学生のやりとりなど、自らの授業実践をブラッシュアップしていくために、自己研鑽に励みたいと思います。

 
【写真1】:配布(宅送)した教材

【写真2】:振り子の運動のオンライン授業(Zoom)


事務局(小林)2021/09/14 18:14:48

「9・11から20年」忘れえぬ2つの出来事ーテロと憎悪の連鎖は止まらない

2021年9月13日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース) 

 ニューヨークのマンハッタンにそびえていた双子の世界貿易センタービルに旅客機2機が突っ込んだ「米中枢同時テロ9・11」から20年がたった。2977人の命を一瞬にして奪ったこの攻撃は国際テロ組織アルカイダによるテロだった。当時のブッシュ米政権は「善と悪の戦い」を叫び、アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンの引き渡しを拒んだイスラム原理主義組織タリバン政権を打倒するためアフガニスタンに攻め込んだ。あれから20年―。米軍の撤退でタリバンは復権し、テロリストは世界各地に拡散、世界はより不安定になったように見える。歴史を画するテロ事件20周年という節目に、「9・11」にまつわる2つの出来事について語ってみたい。

▼「ビンラディンを知っているか?」
 ピラミッドとスフィンクスの国、エジプトの首都カイロ。1992年当時、通信社の特派員として当地に駐在していた私のオフィスは大河ナイルに近い一角にあった。そのオフィスで情報源の一人だったガワドが私に聞いた。「オサマ・ビンラディンを知っているか?」。私は寡聞にしてその名前を知らなかった。ビンラディンは当時、国際的にはまだ無名だったのである。
 その頃の国際情勢はソ連が10年間に及んだアフガニスタン侵攻から撤退し、同国の混乱が続いていた時だった。今思えば、19世紀の英国に続いてソ連、そして米国が敗走したアフガンはまさに「帝国の墓場」の異名にふさわしい地であると言えるだろう。それはともかく、ビンラディンは米中央情報局(CIA)とサウジアラビアの支援を受け、中東各地から敬虔なイスラム教徒を徴募し、ソ連軍との戦争の前線に送り込み、ソ連軍を追い出した“功労者”だった。
 ビンラディンが徴募したアラブ人の若者たちは最盛期には3万人に達し、戦場で武器や爆弾の扱いを習得した。この若者たちは「アフガン・アラブ」と呼ばれ、最終的にはビンラディンの下でテロリストとして育っていくことになるが、ビンラディンはソ連軍をアフガンから撤退させたことでその任務を終え、母国サウジアラビアに戻っていた。私が情報源からビンラディンのことを聞いた段階ではこうした背景があったのである。
 私は記者の直感として、「このネタはいける」と思った。すぐに取材と調べを進め、「イスラム過激派の黒幕ビンラディン」という記事を日本に送った。ビンラディンという存在が日本の読者に知られることになった最初の記事である。その後、彼はサウジやスーダンから危険人物として国外追放され、結局はアフガニスタンに戻る。そこでアルカイダを創設、9・11の計画に没頭していく。そのビンラディンも2011年パキスタンのアボタバードに潜伏していたところを米海軍特殊部隊シールズが急襲、暗殺された。この辺の話は映画「ゼロダーク・サーティ」に詳しい。こうした訳でビンラディンがたどった軌跡は私の中では忘れ得ぬ出来事の一つなのだ。
 
▼9・11と史上最悪の自爆テロ「米海兵隊司令部爆破事件」
 9・11に絡んでもう一つ忘れえぬ出来事がある。それは1983年10月23日早朝にレバノンの首都ベイルートで起きた米海兵隊司令部爆破事件だ。この事件は爆弾を積んだワゴン車がベイルート国際空港近くの海兵隊司令部の建物に突っ込み、約250人の米兵が死亡した。同じ時刻ころ、市内のフランス軍司令部にも爆弾車による自爆テロがあり、約70人が死亡した。両軍と英軍を加えた部隊は当時、国際平和維持軍としてベイルートに駐留していたが、この事件は自爆テロがいかに効率的に甚大は被害を与えることができるかを初めて大規模に実証した意味で歴史的だった。9・11もこのテロの延長線上にあったことは間違いないと思っている。
 「ボンッ」米海兵隊司令部が爆破された時、私は地中海にすぐ近いオフィス兼住居のベッドの上でその音を聞いた。飛び起きた私は電話で助手や情報源と話し、自分でニッサンを運転して急きょ、現場に向かった。そこで目にした光景はそれまで幾度か目撃したテロの現場のどれよりも凄まじいものだった。7階建ての司令部の建物はペシャンコにつぶれ、その上に生き残った海兵隊員が自動小銃を腰だめにしていつでも撃てるように構えている。
 殺気だった雰囲気で、近づいた私の方に銃口を向けた。撃たれるなと思った私は「日本の新聞記者だ」と英語で叫んだ。「テロリストではない」とも大声を出した。ベイルートには日本赤軍もおり、よく撃たれなかったと思う。現場の散乱したがれきの中には遺体の一部が飛び散り、踏まないようにするのが精いっぱいだった。
 この自爆テロは謎のシーア派テロ組織「イスラム聖戦機構」による犯行だったが、その背後にいるのがイランなのかシリアなのかはいまだ確かではない。言えることはこの事件以降、イスラム過激派はシーア派、スンニ派を問わず、自爆テロへの傾斜を強めていく。この事件は9・11に大きな影響を与えたのだ。

▼危険な米国の「地平線のかなたから」作戦
 バイデン米大統領は9・11に向けてのビデオメッセージで「米国は事件後、真に結束した」と述べた。だが、怒りの感情を優先させたアフガニスタン戦争が米国民を結束させたんはほんの短期間で、米社会の分断と亀裂を深めさせることになった。この20年間のテロとの戦いは失敗だったと思う。アフガン、イラクと進めたテロとの戦いは憎しみの連鎖となり、過激派組織「イスラム国」(IS)の残虐な殺りくを生んだ。米本土を狙うような大掛かりなテロは姿を潜めているものの、アルカイダ、ISとも世界各地に拡散、その拠点は30カ国以上に上っている。とりわけ、アフリカ西部で過激派の行動が活発化しているのが懸念される。
 しかし、アフガンやイラクで地上部隊を送り込んで多大な損害を受けた米国は中東やアフリカに配備していた軍事資源を競争相手の中国向けに回し、事実上テロとの戦いを放棄した感がある。バイデン大統領はすでに「国益に沿わない戦争はしない」ことを明言し、今後のテロと戦いは地上部隊の投入ではなく、ドローンなどによる空爆に特化する方針を示している。
 「地平線のかなたから」作戦と呼ばれるものだが、極めてリスキーな作戦だと指摘せざるを得ない。米国はオバマ政権時代から「標的殺害」というドローンによる過激派暗殺作戦をアフガニスタンやイエメンなど各地で展開してきた。だが、再三にわたって結婚式や葬式の車列をテロリストの移動と間違え、無実の民間人を殺害した。
 8月末、米軍撤退の混乱が続くカブールで米ドローン「死神」が爆弾を積載した車を空爆、“テロリスト”を殺害した。この際、子ども7人を含む民間人10人が巻き添えで犠牲になった。ここ数日の米メディアによると、この攻撃は誤爆だった可能性が強いという。「地平線のかなたから」作戦は危ういということだ。テロリストを特定するには地上の工作員やスパイによる秘密情報が不可欠だが、地上からの支援が薄いこの作戦は標的の情報の真偽に不安が残ってしまう。
 バイデン政権の方針は憎悪を助長し、忘れたころに「第二の9・11」を引き起こすことになるのではないか。国際社会は民族や宗教、思想信条の違いを乗り越えて共生社会に近づけるのか。共生社会とは幻想にすぎないのではないか。9・11を契機に私たちに向けられた問いは重い。

事務局(小林)2021/09/10 09:17:26

オンラインによるキャンパスライフの創出−星槎ラウンドテーブルの意味

2021年9月9日/執筆者:三輪建二 教授(星槎大学大学院 教育実践研究科・同大学院 教育学研究科 博士後期課程)

大学院での学修とオンライン
 大学院に限定することではないが、昨年度からのコロナ禍の中で、大学学部でも大学院でも、「オンライン授業か対面授業」かという論議が続いている。星槎大学大学院教育学研究科は修士課程も博士課程も、通信制から出発している。また教育実践研究科(専門職学位課程)も通学制とはいえ、通信制を加味したカリキュラムになっている。以上のこともあってか、対面授業の復活という要望は、大学院生からは強く出ているわけではないようである。とはいえ院生全員が、オンライン授業で満足しているとも言い切れない。
 私は、「オンラインか対面か」という枠組みそのものをもう一度とらえ直すことが大事ではないかと考えている。というのは、この議論は大学・大学院の「授業」をどのようにするかという点で、「授業」に発想を固定させていると考えられるからである。また、大学・大学院教育の本質的な役割は、「授業」「演習」を通して、専門的な知識・技術を提供することであるという発想にもとらわれているように思われるからである。
 たとえば、教育基本法に立ち戻ってみると、大学の理念は、「学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与する」(教育基本法第7条)となっている。この条文によると、大学教育・大学院教育のゴールは、高い教養と専門的能力の育成にあることは当然とはいえ、それにとどまらず、「知見を創造し」「成果を広く社会に提供」し、「社会の発展に寄与する」ことにあることが分かる。
 以上のポイントをとらえた上で、増田聡は、「『大学の学び』とは何か」(内田樹編.『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』晶文社2020)の中で、既存の知の修得という意味では、「大学は勉強するところではない」場所であり、むしろ、「『まだ存在しない知』を生み出すことこそがその存在根拠」(p.113)であると主張している。「大学は勉強するところではない」とは、やや極端な意見である。とはいえこれは、授業をオンラインか対面かでとらえることでは見えてこない、貴重な論点の提示になっているのではないだろうか。私は、オンラインか対面かの問題を授業に限定せず、キャンパスライフを含めながら議論することで、院生目線に立った議論と教育ができるのではないかと考える。またそれにより、「知見の創造」「成果の社会への提供」が、実は授業後の学生同士のフランクなやり取り、食事やサークル活動での交流などのキャンパスライフで実現している可能性や、それをどのようにオンラインでも実現可能かを読み解くことができるように思われる。

院生主催の星槎ラウンドテーブル
 以上のような思いから私は、2020年度から、コロナ禍の中にある大学院生が主催する「星槎ラウンドテーブル」の立ち上げに、顧問としてかかわり続けている。星槎ラウンドテーブルは、できるだけ学年、学科、専門が異なる4人が1組になる、オンライン(Zoom)による語り合いの時間である。参加者同士で、守秘義務を確認した上で、語り手は1人15分程度、自分の仕事や研究上の悩みを含めて自由に物語る(コロナ禍では悩みが多く、多様であるようである)。聴き手はその物語りにじっくり耳を傾けた上で15分ほど、物語りの文脈にそっての問いかけを行う。この営みを4回くり返すのである。
 大学院教員が教える「授業」とは異なり、院生が発信者になり、多様な専門職同士での共通点の気づき、さらには、発想や考え方の違いを学び合う時間になっていて、疑似空間ながら、授業以外の「キャンパスライフ」の2時間余りの時間になっているのである。

 2021年3月21日に開催された第2回星槎ラウンドテーブルのアンケートでの自由記載欄を見ると、「多様な参加者から意見が聞けた」「研究科や実践の場の違いを超える良い機会になっていた」「ラウンドテーブルは卒業後も関わりを持てるという役割を担っている」「はじめての方もおりましたが、すぐに仲良くなれて仕事の話や研究の話で盛り上がることができました」などがみられる。また、ラウンドテーブルでの「仲間づくり」については8割ほどが肯定的であり、また、次回も参加したいという回答は9割以上になっている(参照:三輪建二、三好加奈子、吉尾美奈子、杉本美恵、石田智恵子(2021):「星槎ラウンドテーブルの企画・実施・振り返りー対人関係専門職間での『物語る』『聴く』の心の対話をとおして」.『星槎大学大学院紀要』 第2巻第2号、pp.92-110)。
 授業と、授業以外のキャンパスライフの両方において、対面ではなくオンラインを活用できる可能性があることになる。それは星槎大学・星槎大学大学院だからこそできることであり、その可能性を追究し、全国に発信することもできるのではないだろうか。

おわりに:第3回星槎ラウンドテーブル(9月26日)
 キャンパスライフに関しては、令和3年度共同研究助成研究プロジェクト(研究代表:今津孝次郎)を紹介しておきたい。この共同研究では、「多様な学生に『適応』する大学における『学びの深化』」がテーマであり、大学教育に学生を適応させるのではなく、多様な背景を持つ学生に、大学教育がどのように適応できるかという観点で、授業だけでなく、キャンパスライフについても、学生や大学関係者にアンケートとインタビューを実施する予定になっている。
 最後に、第3回星槎ラウンドテーブルは、9月26日(日)9時から3時間で開催の予定である。院生のほか、教職員の参加も募っているので、院生のキャンパスライフの実態、院生の本音を知りたいと思われる教職員のエントリーを歓迎したい。
 教育実践研究科の大野精一研究科長も、院生と同じ立場で一参加者として参加される予定である。私は、院生が先生を前に遠慮して本音が出せないことのないようなグループ編成とは何か、あるいは、院生と教員の双方にとってのキャンパスライフとは何かという観点で、顧問として実施準備にかかわっている。

参加の問い合わせ先
小嶋  希(kojima.nozomi.p05@gred.seisa.ac.jp 教育実践研究科 2 年) 
三輪建二(k-miwa@gred.seisa.ac.jp ラウンドテーブル顧問)

事務局(小林)2021/09/07 12:46:33

「菅首相の辞意表明」なぜ退陣に追い込まれたのか-世論はどう受け止めたのか

2021年9月6日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)
       
 菅義偉首相の突然の退陣表明には驚かされた人が多かったのではないか。内閣支持率が急降下、自民党指導部の人事刷新と総裁選挙前の衆院解散という「奇策」で起死回生を図ったが、総裁選での敗北が決定的となり、追い込まれた末に政権を投げ出したというところが客観的な見方だろう。本人は最高権力者の“伝家の宝刀”である解散権も行使できず、さぞ無念だったに違いない。

▼総裁選不出馬の理由
 なぜ、首相はここまで追い込まれたのだろうか。それは明解だ。新型コロナウイルス対応の失敗である。「国民の安心・安全を最優先にする」と繰り返しながら、PCR検査の拡充やコロナ専門病院の設立などによる病床確保といった攻めの対策に主導権を発揮できず、急増する自宅療養者を事実上放置するというひどい状況を作り出した。その一方で、緊急事態宣言が出される中、東京五輪の開催に踏み切った。首相の胸の内には、五輪で日本勢のメダルラッシュが続けば、国民はコロナ禍を忘れて支持してくれるという思惑があったと思われる。しかし、五輪の開催による楽観ムードが緊急事態宣言の効果を減退させたのは間違いところであり、流抑制という狙いに水を差すことになった。
 もう一つは首相が真摯(しんし)に国民に向き合おうとしなかったことだ。国民との窓口である記者会見ではあらかじめ用意した原稿を棒読みするのが常で、都合の悪い質問にまともに答えず、はぐらかすばかり。質問するメディア側も連携してフォローアップ質問をするなど首相に迫るべきだったが、社同士の競争心の故か、1社一問という縛りを跳ね返すことはできなかった。
 しかし、ワクチンだけに頼るコロナ対応、国民の声に向き合おうとしない首相のこうした姿勢に国民の不満は高まっていった。国会担当の記者らによると、自民党議員の下には地元の有権者から自宅療養に対する菅政権の無策ぶりに対する非難が殺到、それが議員からの菅首相に対する突き上げとなって広がった。つまりは総括すれば、民意が政治を動かしたということだ。私たちの怒りが時には政権の顔もすげ代えることを示したと言える。首相の退陣は民意の怒りを軽視し、なめた結果だろう。首相は総裁選不出馬について「コロナ対応に専念する」と取り繕ったが、そんな大義名分を信じる人はいまい。

▼「朝日」厳しく「読売」業績評価
 首相退陣のニュースには主要新聞各紙が号外を発行し、突発的な重大ニュースであることを印象付けた。このニュースを世論形成に寄与する新聞各紙はどう受け止めたのか。各紙の論調を比較し、皆さんに評価する材料を提供したい。
 最も厳しかったのはやはり朝日新聞だ。社説の見出しは「対コロナ国民の信失った末に」。退陣の理由について「延命策が党内の猛反発を買い、八方ふさがりになった」と断じ、「感染拡大と医療のひっ迫が続く中、国民の命と暮らしを守る役割を途中で投げ出す首相の責任は極めて重い」と厳しく批判している。
 さらに「菅政治とは何だったのか」と問い掛け、「敵と味方を峻別(しゅんべつ)し、人事権を振りかざして従わせる。質問は正面から答えず、説明責任を軽んじた」と手厳しい。
 朝日は「首相が途中で投げ出した」と責任を追及しているが、私は菅首相が辞めて良かったと思っている。首相には総理の資質として欠けたものが多く、公務の遂行に限界を感じていたからである。
 政権に批判的な東京新聞も首相には厳しかった。社説の見出しは「国民と向き合わぬ末に」。冒頭から「国民の信頼を失った首相は、もはやその職に恋々とすることは許されない。~国民の声と誠実に向き合おうとしなかった傲慢な政治の帰結でもある」と主張した。
 退陣に追い込まれた最大の要因を「新型コロナ対策を巡る失政」とし、「感染拡大や五輪開催に対する国民の不安は命への不安にほかならないが、菅氏は真剣に受け止めようとせず、有効策を打てなかった」と分析、「党内の引き締めで劣勢を挽回しようとした発想自体、命の軽視と政権の断末魔を感じさせる」などとたたみかけた。
 こうした菅首相に厳しい2紙に対し、保守系の読売と産経は首相の残した実績も評価する社説を掲げた。
 読売の社説の見出しは「コロナ克服に強力な体制作れ」だ。首相の評価に重きを置くのではなく、「政治への信頼を回復し、危機に対処できる体制を構築しなければならない」などとして、今後に向けて政治を踏み出すよう主張した点が目立っている。
 首相の決断については「政権運営が迷走して批判が高まり、退陣に追い込まれた」「コロナ対策では十分な成果を挙げたとは言えない」などと指摘した一方で、「公約に掲げたデジタル庁創設や携帯電話料金の引き下げでは指導力を発揮し、一定の成果を挙げたと評価できよう」と好意的な見方をしている。
 また東京五輪・パラリンピックについては「中止論を抑えて開催に導き、~大きな集団感染を発生させることなく、閉会を迎えたのは国際社会に対して開催国としての責任を果たすことができた首相の功績」と高く評価した。
 産経新聞の社説の見出しは「長期担うリーダーを選べ」。首相の総裁選不出馬について「自民党総裁選や衆院選での勝利がおぼつかないと考えたのだろう。新型コロナウイルス禍への対応をめぐり、国民の厳しい視線にさらされているだけにやむを得ない」とし「コロナ対応は評価されなかった」などとあっさりとした指摘にとどめた。
 菅首相の功績としては読売と同様、「デジタル庁創設や携帯電話料金値下げ」を挙げ、「外交安全保障政策は手堅く進めた」と主張した。「ポスト菅」については「長期政権を担うリーダーを選んでほしい」として、安倍前首相や小泉元首相のように長期政権を維持した首相は「国際的にも日本の存在感を高め国益に貢献した」と述べた。
 朝日、東京のように主張がリベラルな新聞は首相退陣に厳しく、読売、産経のような保守系紙は「ポスト菅」に焦点を当てた主張を展開していることがお分かりだろう。私自身は本稿の前半部分に記したように、やはり菅さんのコロナ対策が手ぬるく、後手後手に回った結果、「入院が必要なのに入院ができない」自宅療養の悲惨な現状を招いたと考えており、全国の国会議員に寄せられた政権批判や支持率を考慮すると、国民の大勢は私と同じ思いを抱いているのではないかと思う。皆さんはどう判断されるのだろうか。

事務局(小林)2021/09/06 18:39:48

どうなる教員免許更新制5-制度改定思い出話、そしてどうなる更新講習

2021年9月6日/執筆者:松本 幸広(星槎大学 事務局)

 更新講習小委員会の審議が間もなく完了しそうだ。久々に不祥事がらみでない、文部科学省関連の情報が新聞紙面を飾ったが、この後しばらくは落ち着いて進行を見守る局面になった。さて、本コラムどうなる教員免許更新制もこのあたりで一段落つけたい。
 先日の大臣会見など見るに、省令で運用解決を図るのではなくて、教育職員免許法を改正する流れで、更新講習は廃止にしたいようだ。
 となると、最速で来年の通常国会で法改正になり、2023年度から更新講習がなくなる流れだ。来年の通常国会審議がどのようになるか注目したい。なにしろ、制度開始の際の附帯決議に関して実行できていない中での制度廃止はどう考えても文部科学省に責任がある。このあたり、どう審議していくのか、当たり前のことだが、1年で1歳の子どもは7歳にはならない。人口動態を考えれば全国の学級数などかなりの確度で予想できる。結果的に教員不足という状況になったのは、更新講習のせいなのか大いに疑問だ。加えて、今年度も更新講習を担当している者として、受講者からの「意義ある講習だった」という多くの声は埋もれさせてはいけない。
 なにはともあれ、2022年度末までに教員免許を更新すべき方は、今回の文科大臣の会見で講習受講が確定したことになるので受講忘れには注意してほしい。制度改正のせいで教員不足になったらそれこそ文科省の責任を問われる事態だ。

 さて、制度を変えるときは、色々とあるものだが、ちょっとした更新講習に関わる思い出話を。教員免許更新制を実施するとき一番頑張った文部科学省の人間は、おそらくこの制度実施のために出向先の警察庁から急遽戻されたO課長だったと思う。
 この制度の担当部局である、文部科学省初等中等教育局教職員課は、制度開始前年度9月、文科省の地下の映写室という小部屋で、主たる開設者である大学との意見交換会を断続的に小規模でやっていた。毎年のように教職課程の申請でそれなりの頻度で文科省に出入りしていた私は、その会に参加してほしいと要請された。多分O課長の策略もあったと思う。意見交換会の折、O課長は参加していた大学の担当者に、それなりの勢いをもって開設を迫っていた。それもそのはず、開始前年度の開設申請は11月で、ここで十分な開設数を確保できなければ、この制度自体成り立たない。前年度制度の周知も兼ねて実施した試行事業予備講習も、実際にはさして大学は積極的に参加しなかったのだ。実際にまだ実施するかどうか決めていないなどと、直前の実施調査に回答する国立大学法人もあったりした。
 地下の映写室にその時集まったのはたしか、国公私立大学合計10校程度だったと思う。今やもう珍しくなったカバン持ちにM係長を従え、颯爽とオンタイムで我々の待つ部屋にやってきたO課長は、所定の位置につくや否や開口一番「皆さん開講に協力してくれるんでしょうね」と強い調子で語り始めた。参加者から質問が出た。大学名やしぐさからして元文科省職員という感じだ。「開講してくれと言われても、教員や会場や内容や受け入れシステムなど、準備がなかなか大変でして。」という消極的な発言には「だったらやっていただかなくて結構。協力していただける大学だってあるんだから。いざとなったら何人でも受け入れてもらえますよね、ねェ星槎(せいさ)さん」と私に相槌を求めてきた。期待されているのだか、ネタに使われているのだか。そんなところから、始まっている。
 いやいや、あれくらい強面の方でないと、なかなか新たな制度は進まないものだ。その後O課長は制度を立ち上げ、2年して文化庁に異動となった。正直、あの時の大変さは彼だからできたと思うが、その後の扱いはそう来たかと感じた。更新講習反対のドンがいる民主党政権下の人事異動だったので。

 そして、まさに閑話休題。
 新聞報道に端を発したこのコラムも、間もなく最期を迎える。
 今回の更新講習を巡る議論を見ていると、昨年6月の様子を見るに、教員免許制度のことも怪しげな理解だった大臣だが、どっこいとっくにゴールに関してはイメージしていたことになる。それを支持するか否かは皆さん次第だ。何しろ、最近の政治家さんは、レガシー作りがお好きなようですから気を付けて。
 個人的には、もう少し冷静に現状を見つめ、持ちうる情報をもとにしっかり考えることが必要ではないかと考える。確かに、現在は、将来の予測が困難な時代だといわれて久しい。今回の答申案にも、判で押したように「予測困難な時代」という言葉が冒頭から登場する。社会はその時生きている人を中心に構成されるのであるから、その時期に応じて変わっていくことは自明のことだ。特に、人と人を繋ぐ手段としてインターネットが登場・普及したことは、産業革命に匹敵するインパクトを社会生活と社会様式に与えた。これも事実であろう。
 しかし、未来予測ができた時代などあったのだろうか。過去と現在と未来は滔々と繰り返しながら連なっていく。その中で、まさに動的平衡を保つ存在として我々は生活している。少しずつの変化が続いているのは現実だ。そして、その速度は早回しになっているようにも見える。確かに、あっという間にスマホは普及している。気が付けばみな手元にコンピュータを携帯する社会となっている。だが、この今に続く原型は1960年代からあり、更に二進法を原型と考えると、この考え方は、中国など古代からあり、数学的に確立したのは400年前だといわれる。
 そして、人と人との距離が、地球上どこにいても近くなったと感じることができるインターネット社会を迎えた我々がいる。それなのに、人と人との距離を空けなければいけない状態になった。これはなんて皮肉なことなのであろうか。そして、コロナ禍は我々に物事の本質を見つめなおす機会を与え続けている。
 学校とは何か。勉強とは何か。行事とは何か。働くとは何か。学ぶとは何か。インターネットとは何か。遠隔通信とは何か。言葉とは何か。満員列車とは何か。エッセンシャルワークとは何か。人とは何か。我々の取りうるすべは何か。この機に、あらゆるものの本質的な意義や疑問を、自己と世に問うた方には何か見えてきているのではないだろうか。
だからこそ、「過去に感謝して、未来に責任を持つ」という言葉がますます重要になる気がしている。

※フルペーパーは、こちらでどうぞ。 https://teachers.seisa.ac.jp/join/dounaru/

//////(著者紹介)//////
松本 幸広(まつもと ゆきひろ)
埼玉県秩父郡長瀞町出身のチチビアン。学生時代宮澤保夫が創設した「ツルセミ」に参加。大学卒業後宮澤学園(現星槎学園)において発達に課題のある子どもたちを含めた環境でインクルーシブな教育実践を行う。その後、山口薫とともに星槎大学の創設に従事し、いわゆるグレーゾーンの子どもたちの指導にあたる人たちの養成を行う。星槎大学においては、各種教員免許課程の設置をおこない、星槎大学大学院の開設も行う。「日本の先生を応援する」というコンセプトで制度開始時から更新講習に取り組んである。新たな取り組みである、「1Day講習」の講師も務める。

事務局(小林)2021/09/05 16:27:04

「米軍のアフガン撤退」
  タリバンを国際社会の一員に圧政とテロの温床から決別せよ

2021年9月4日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 米国が20年に及ぶアフガニスタン軍事介入に終止符を打ち、駐留部隊を完全撤退させた。だが、撤退をめぐる混乱は米国の「敗走」を強く印象付け、その威信は大きく傷つくことになった。
 米国と国際社会はこの歴史的失敗をしっかり検証し、教訓を学び取らなければならない。重要なのは今後、アフガンを世界から孤立させず、実権を握ったイスラム主義組織タリバンに国際社会の一員としての席を与え、役割を担わせることだろう。それがタリバンにかつてのような圧政を敷かせず、同国をイスラム過激派の聖域とさせない道だ。
 まず問われなければならないのはアフガンに平和をもたらすどころか混迷を招いた米国の責任だろう。20年前の米中枢同時テロ(9・11)の報復として始まったアフガニスタン戦争は米兵だけでも2400人を超える死者を出し、アフガン人は民間人を含め数十万人が戦争の犠牲になった。
 オバマ政権の副大統領時代から元々、軍事介入に批判的だったバイデン米大統領は自らの選挙公約もあり、8月末までの撤退にこだわった。しかし、タリバンの全土制圧の勢いを見誤り、拙速な撤退作業を加速、脱出を望む人々が空港に殺到した。カブール空港を離陸する米輸送機にしがみつくアフガン人の姿はベトナム戦争のサイゴン陥落時の悲惨な脱出劇のイメージに重なるものだった。イスラム過激派「イスラム国ホラサン州」による自爆テロまで誘発し、180人もの犠牲者を出した。
 バイデン大統領は撤退を受けた演説で、米市民とアフガン人12万人以上を退避させたことを「大成功」と評価、撤退を正当化したが、世論や野党の批判は厳しい。大統領の「何が何でも撤退」という決断は短期的には批判を集め、来年秋の中間選挙に大きな影響を与えるだろう。大統領の民主党は上下両院で少数派に転落するとの見方もある。しかし、撤退を国民の6割が支持している現状を見ると、長期的には国益を優先したとして評価を受けるかもしれない。
 大統領は「国益に合わなくなった戦争を拒否する」として、トランプ前大統領の「米国第一主義」にも通じる国益優先論を展開した。「アフガン政府軍が戦おうとしない戦争で米兵が戦って死ぬべきではない」とも述べた。尖閣諸島防衛のために「米軍が駆け付けるか」が議論となっている日本にとっても考えさせられる発言だった。 
 近く、アフガンをめぐる調査委員会が米議会に設置される見通しだが、多数の人命損失と巨額な戦費を投入した軍事介入が「タリバンの復権を招いただけ」(識者)という指摘は重い。厳しく吟味され、歴史の教訓として刻まれなければならない。
 米軍撤退後の喫緊の課題は懸念される人道危機に対処することだ。国連によると、人口の半数1800万人が飢餓などの脅威にさらされ、難民も急増している。新型コロナウイルスが拡大する恐れもあり、国連主導の支援が必要だ。
 タリバンに強く要求したいことがある。第一に、厳格なイスラム法(シャリア)に基づくかつてのような圧政を敷くべきではない。特に女性の就労や教育など基本的人権を尊重しなければならない。
 第二に、米軍や前政権の協力者らを弾圧せず、自由な出国を認めるべきだ。米軍への協力者数万人が取り残され、身の危険もある。日本大使館や支援団体の現地職員らも約500人が脱出できないままだ。派遣された自衛隊の輸送機は事実上、役に立たなかった。しかし、日本の対応については看過できない点がある。日本大使館員の邦人外交官12人が早々と国外退去したことだ。少なくとも数人が残留して現地職員の脱出の面倒を見ることが必要だった。それが外交官の責任だろう。現地の大使がどう考えていたのか聞いてみたい。
 第三に、反対勢力をも取り込んだ挙国一致の新政府を発足させ、国内融和と平和の確立に動くことだ。首都北方のパンジシール渓谷ではタリバンと敵対勢力との激戦が依然続いており、停戦も急務だ。第四に、国際テロ組織アルカイダなどと関係を断ち、同国を過激派の聖域にさせないことだ。米国の軍事介入を招いた9・11のような事件を再発させてはならない。
 タリバンにこうした点を守らせるためには国際社会が厳しく監視していくことが必要だが、同時にその一員として協力するよう説得すべきだ。
 日本はこれまで、アフガン復興で主導的役割を果たしてきた。その実績を背景に、同国の再建に向けタリバンとの交渉の先導役を果たさなければならない。しかし同時に、これまで米国が担ってきた援助を日本に肩代わりさせるという動きも予想され、したたかな外交が求められることになるだろう。

事務局(小林)2021/08/25 09:09:49

どうなる教員免許更新制4-第5回小委員会で審議まとめ/そして1Day講習

2021年8月24日/執筆者:松本 幸広(星槎大学 事務局)

 予定通り、8月24日の新聞紙上に「教員免許更新制廃止へ」という言葉が躍った。これは、8月23日に第5回更新講習小委員会が開催され、審議のまとめが検討されたことを受けてのものだ。それに伴い、大臣も会見し、制度廃止ではなく「発展的解消の方向で法改正を急ぐ」と言明した。制度廃止と言わないところが意味深ともいえよう。大事なのは、噓を言わないことと、言葉のニュアンスなのだ。
 何しろ今回の審議のまとめは、時代が制度制定当時と変わったので、このままの更新制度では課題を解決できないというのが結論である。それどころか、令和の日本の学校を支える教師研修の阻害要因になるとされた。
 ということで、最もはやくて、来年の通常国会で法改正になり、2023年度から更新講習がなくなるのだ。どこのメディアも更新講習はもうなくなったかのような報道であるが、来年の通常国会で思ったような法改正が完了することで初めて更新制度は廃止になるというのが正確だ。世の中的には、2022年度末までに教員免許を更新すべき方は、これで講習受講が確定したことになるので受講忘れにはご注意くださいということを強調しないと大変なことになりかねない。念のために、法改正がうまくいかなければ、2023年度末の更新期限の方も受講の必要が生まれるかもしれないので注意してくださいとも添えるのが親切というものだろう。このコラムは売れればいいというものではないので、もう少し正確な内容は、冗長な文章になるが「どうなる更新制」で検索してコラム本体をぜひ読んでいただければ幸いだ。

 さて、教育職員免許法の改正により更新講習ができたときには、以下のような附帯決議が衆議院でも参議院でもあったのを記憶されている方は、今や当時の中教審委員の方だけかも知れない。

<参議院 附帯決議(平成19年6月19日) 更新講習関連部分>
〇国公私立のすべての教員の免許状更新講習の受講に伴う費用負担を軽減するため、受講者の講習受講の費用負担も含めて、国による支援策を検討すること。 
〇教員の資質能力の向上という免許状更新制度の趣旨を踏まえ、任命権者は、学校現場の実態に即し、各教員の受講期間を的確に把握し、教員の安全と健康に配慮しながら受講機会の確保とともに受講時の服務の取扱いについても必要な配慮を行うこと。 
〇免許状更新講習の内容については、受講者に対する事前アンケート調査の実施、講習修了後の受講者による事後評価及びこれらの公表を行うなど、受講者のニーズの反映に努めること。また、多様な講習内容、講習方法の中から受講者が選択できるような工夫を講ずること。 
〇現職研修と免許状更新講習との整合性の確保、特に十年経験者研修の在り方について検討すること。 
〇法施行後の実施状況を見極めた上で、現職教員以外の者であって教員免許状を授与されたことのある者の免許状更新講習の受講要件を拡大する方向で検討すること。

 この通り検討すれば、更新講習をなくす必要などないのではないか。
 今回の課題は、「教師の資質能力の確保」「教師や管理職等の負担の軽減」「教師の確保を妨げないこと」この三つを解決することだ。ここまで明らかな課題を諮問されていたのに、時代は変わり非連続だからガラガラポンしないと解決できないという結論なのか。附帯決議をしっかり認識して真剣に検討し、DX化することで、法改正などせずにいけるはずだと思うのだが。結論ありきの検討だったのかという雰囲気が漂っている。

 今回は、この審議のまとめと、8月22日に実施した、今年度第一回目の星槎大学1Day講習の様子をお伝えする。
 審議のまとめの資料は、以下参照で、特に審議のまとめ(案)を参照されたい。

 さて、8月22日には、今年度第一回目の「1Day講習」を開講した。
 受講した方々88名の、平均年齢は42.5歳、気になる55歳以上の方は9人で10.2%だった。この講習を機に教職に就きたいという方は8名で、両者合わせて17名19.3%となる。ちなみに、この講習を機に来年度から教職に就く予定の方は所属をみな教育委員会と記載され申し込まれている。修了確認期限は、2022年3月と2023年3月の方がほぼ半々だった。
 この講習の特徴は、いわゆる通信教育を基礎にしつつ、Webを使った遠隔授業を取り入れていることだ。星槎(せいさ)大学では、制度開設当初から対面講習だけでなく、通信教育による講習も実施していた。10年前は、通信教育より圧倒的に対面講座が人気だった。お忙しい中、通信講座の方が時間を有効に使えるので人気になるかと思っていたが全く逆だった。
 やはり、通信教育で孤独に学んで試験だけ受けに行くというイメージは、不安が先行してしまったからの不人気ではなかったかと推測する。しかしながら制度が進展してここ数年はコロナ前であっても、受講生の5人に一人は通信講習を受講するようになっていた。その状況でのコロナ禍である。
 昨年は、基本的に対面講習をすべて通信教育講座に振り替えて実施した。かなりの数の受講生の方へ個別連絡して、意向を確認の上での対応であった。その中で生まれたのが、「1Day講習」である。
 「1Day講習」は、基本通信教育である。必要な学習はほぼテキストで実施する。そのうえで、オンラインの30時間の範囲をカバーする遠隔講習を1日受講し、必修領域、選択必修領域、選択領域の修了試験を受験するのである。この講習の良さは、受講者アンケートなどから見るに、①自宅で受講できること、②他者に制限され拘束される日程は1日で済むこと、③講座内で受講生の事前アンケートの内容に応えてくれること、④全国に広がったみんなで受講できる安心感があること、⑤GIGAスクールを実際に体験できた気がするなどがあげられていた。もちろん、自主作成したテキストも、講習内容もよい評価をいただいた。
 今年度は、コロナのこともあり、この講習をより多く提供していきたいと考えている。なにしろ、現在の新型コロナ感染症の状況ではとても対面講習を実施できない。加えて、昨年度からコロナによる延長申請の方や、前回のコラムで書いたが再任用の方、これから非常勤講師として働く予定の旧免許状所持の方、など受講しなければならない方がたくさんいるはずだ。ある意味幸いにも、現時点では報道のせいで申し込みを控えている方も多いようだ。それゆえに、申込日程も現時点では選択できる状況だと運営スタッフから聞いている。各日程、受講人数の上限を設けているのでぜひ早めの予約がおすすめだ。

 2022年度末が期限の方は受講が必要なのでお忘れなく。

//////(著者紹介)//////
松本 幸広(まつもと ゆきひろ)
埼玉県秩父郡長瀞町出身のチチビアン。学生時代宮澤保夫が創設した「ツルセミ」に参加。大学卒業後宮澤学園(現星槎学園)において発達に課題のある子どもたちを含めた環境でインクルーシブな教育実践を行う。その後、山口薫とともに星槎大学の創設に従事し、いわゆるグレーゾーンの子どもたちの指導にあたる人たちの養成を行う。星槎大学においては、各種教員免許課程の設置をおこない、星槎大学大学院の開設も行う。「日本の先生を応援する」というコンセプトで制度開始時から更新講習に取り組んである。新たな取り組みである、「1Day講習」の講師も務める。

事務局(小林)2021/08/24 09:50:49

「横浜市長選」ー民意爆発の予兆ではないか

2021年8月23日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

▼投票率に垣間見える怒り
 8月22日の横浜市長選は野党系の元横浜市立大学教授の山中竹春氏が自公応援の前国家公安委員長の小此木八郎氏や現職の林文子らを破り当選した。お膝元の選挙で絶対に負けられないとして、政界の恩師の息子、小此木氏を推した菅義偉首相には大きな打撃となった。
 小此木氏が敗れた要因は何か。それは今後、衆院選挙を控える菅首相にも言えることだが、「民意をなめた結果」であろう。新型コロナウイルスの感染が急拡大する中で、コロナ専門病院の設置などの積極策を取らず、事実上、自宅療養者を放置するような、無策ぶりを露呈する菅政権に対する怒りの表われではなかったか。それは今回の投票率が平成以来2番目に高かったことに浮き彫りになったと思う。政治に対して“白けていた民意”がコロナ禍の深刻化とともに、怒りを伴って爆発的に広がっているのではないか。

▼IRからコロナ対策に移った焦点
 横浜市の住民として実感したが、市長選の焦点は当初の、カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致問題から、選挙戦が進むにつれ急激に感染が拡大するウイルス対策に移っていった。特に神奈川県は全国的にワクチン接種が最も遅れている自治体の一つで、住民の苛立ちと怒りは強力なイニシアチブを取らない菅首相に向けられていった。
 神奈川県の感染者は東京に次いで2番目に多く、10日連続で2千人を超え、投開票日の22日は2524人だった。私は青葉区に在住しているが、近所の人たち、国際交流会の仲間らとの会話の行き着く先はコロナ話だ。最後は「本当に政府は何をやっているのか」と菅政権への批判で終わるのがこのところのパターンだ。
 私の友人らは保守的な人もリベラルな考えの持ち主も、また与党支持者も、野党支持者もいるが、コロナ禍について共通して言えるのは菅首相への厳しい見方だ。菅政権はPCR検査の実施に後ろ向きで、ワクチン獲得が遅れたにもかかわらず、緊急事態宣言下で五輪開催に踏み切り、デルタ株のまん延も十分予期されていたのに医療体制を拡充させることを怠った。

 
▼私も自宅療養者に?
 このジャーナルでも「コロナ専門病院を直ちに設置して自宅療養者を救え」と呼び掛けてきたが、東京都医師会長ら医療専門家らも“野戦病院”のような施設を作るべきだと政府に迫っている。それ以外、増え続ける自宅療養者の悲惨な状況を救う手立てがほとんどないからだ。
 私事で恐縮だが、私自身、先週、のどが痛く、だるいなどコロナの初期症状と言ってもいい症状が出た。急きょ、専門医に駆け込んだところ、感染者用の別室に案内され、そこで治療を施され、抗原検査を受けた。幸い「陰性」との判定で安心したが、これが陽性であったら、自宅療養となり、いつ悪化してもおかしくなかったかもしれない。
 しかし、政府のコロナ専門施設設置に対する反応は鈍い。厚労相がやっと検討を開始する必要があると述べたものの、対応が遅すぎる。故意に遅らせているのかと疑念を抱くほどだ。恐らくは政府首脳の間には、ワクチン接種がもう少し進み、40歳以下の人たちにまで及べば、状況は改善するという楽観的な思い込みがあるのかもしれない。

▼投票率の上昇が意味するもの
 菅首相は横浜市長選での小此木氏当選で弾みをつけ、自民党総裁選(9月17日告示)で無投票当選し、その勢いのまま衆院を解散、勝利したい戦略だったとされる。だがそのシナリオは大きく崩れた。22日の内閣支持率は政権発足以来最低の25.8%(テレビ朝日調査)。支持率が30%を割れば、政権崩壊の危険水域と言われており、2カ月連続そのレベルにまで落ち込んでおり、自民党内では衆院選が戦えないとして「菅降ろし」の動きも出ている。
 私が今回の市長選で最も注目していたのが投票率だ。横浜市選挙管理委員会の統計によると、これまでで最も投票率が高かったのは、衆院選と同時選挙となった平成21年の選挙で68.76%。その他は14年39.35%、18年35.30%、25年29.05%、29年37.21%と低投票率に終始してきたが、今回は49.05%と前回より11.84ポイントも上昇した。
 これは何を意味するのだろうか。私が行った投票所でも前回よりも人が多いように感じたが、やはりコロナウイルス感染拡大への恐れと無策な政府への怒りが投票率の押し上げの要因だったと思う。市長選の結果は10月21日の任期満了に向けた衆院解散・総選挙における「民意爆発の予兆」だったのではないか。

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