ーー星槎ジャーナルとはーー
 星槎ジャーナルでは、世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマに、星槎の理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし広く発信していきます。


ーー「星槎ジャーナル」のスタートについてーー
 このたび、大学大学院のホームページに「ジャーナル」を立ち上げ、スタートさせていただくことになりました。
 世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマにの理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし、学内外に発信していこうという試みです。

 過日、「ジャーナル編集委員会」(編集長佐々木)の第1回会合を開催し、取りあえず走り出すことにしました。走りながら考えるのか、という叱責をいただきそうですが、グループの広報の一助になればとも思っております。
 ジャーナル第1号は「わが身を見つめ直す時に転換しようコロナ禍、デマに惑わされるな」(佐々木執筆)を掲載しました。ちょっと長めですが、コロナ禍の中で、デマやフェイクニュースにどう対応したらいいのか、というのがテーマです。
 星槎グループ教職員の投稿を歓迎します。掲載に当たっては編集委員会の内規に従って決めさせていただきます。また編集委員会から執筆をお願いすることもあろうかと思いますので、前向きにご検討ください。

 「ジャーナル」に掲載する原稿につきましては、テーマを問いませんが、結果として、内容がの3つの約束などの理念につながったり、想起させたりするものであれば、一層歓迎したく思います。ジャンルはシリアスなものでも、エッセイでも、国際交流記や旅行ルポでもなんでもござれです。楽しく、ためになり、タイムリーという3つの「T」が原稿の1つの目安です。

 原稿の長さは400字詰め原稿用紙換算で1枚から10枚程度までと考えていますが、厳格には規定しておりません。掲載の頻度については不定期としてスタートします。

ジャーナル編集長 佐々木 伸
 

星槎ジャーナルー記事一覧

星槎ジャーナル[根記事一覧]
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事務局(小林)2021/05/12 13:21:28

日本は米国の対中戦略に巻き込まれたのか?
 ーバイデンが最初に会った菅総理

2021年5月11日/執筆者:大嶋 英一 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

日米首脳会談―日本には主体的な戦略がない?
 筆者は毎月中国に関する研究会に出席しているが、4月下旬に開催された研究会では、菅総理とバイデン大統領の間で4月17日(現地時間4月16日)に行われた日米首脳会談のことが大きな話題となった。バイデン政権になって初の日米首脳会談で注目されたのは中国に対してどのような認識や政策が示されるかということだった。会談後に発表された共同声明 では、予想外に明確な形で「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動に懸念」を表明し、具体的には中国の東シナ海や南シナ海への進出、香港や新疆での人権問題を取り上げて批判し、さらに台湾問題の平和的解決を求めたのである。
 研究会のメンバーはジャーナリストや中国研究者であるが、議論となったのは、日本は米中の間でうまく立ち回るべきなのに米国一辺倒の立場を表明してしまい米中の板挟みに苦しむことになるのではないかというものであり、中には日本は独自の外交戦略がなく米国のいいなりになっているのではないかとの厳しい評価もあった。このような評価は、研究会のメンバーだけでなく日本のメディアも似たような懸念を表明している。たとえば、4月18日付の朝日新聞の社説は、「日米首脳会談 対中、主体的な戦略を」との見出しからも分かるように、日本には主体的な戦略がないことを前提に議論を展開している。
 しかし、日本には本当に戦略がなかったのだろうか?本稿ではこの点を中心に議論してみたい。

日本の置かれた状況―トランプ危機
 トランプ政権時代、米中関係は大揺れに揺れた。当時も米国は現在と同様、海洋問題、香港・新疆の問題、さらに台湾問題などを巡って中国と対立していたが、トランプが特に力を入れたのは、米中間の貿易問題であり、その結果米中双方が互いに制裁関税をかけあって米中貿易戦争と呼ばれた。
 日米関係は、安倍前総理がトランプと個人的な信頼関係を築くことに成功したことから直接の矢面に立たされることは少なかった。安倍総理の「抱きつき外交」だと揶揄する向きもあったが、トランプの矛先は中国だけでなく欧州の同盟国にまで向けられていたことを考えれば、安倍総理の功績は正当に評価されるべきだろう。
 このように日本はトランプからの直接的な不利益を受けずに済んだが、より大きな視野で眺めるとトランプ大統領の4年間は日本にとり強い危機感を持たせるものになった。それは、戦後米国が主導して形成してきた国際秩序を、トランプが無視し米国の短期的経済利益のみを重視するディール外交に走ったからである。戦後の国際秩序は、1941年にフランクリン・ローズベルト米国大統領とチャーチル英国首相の間に交わされた大西洋憲章が基礎となっており、その多くは国連憲章に引き継がれている。米国の戦後の行動が常に正しいものであったわけではない(例えばベトナム戦争は明らかな誤りだった)ものの、大きな流れとして国際関係を見たときに、米国が戦後の国際秩序をリードし、かつ、自らの犠牲を払っても維持してきたことは認めなくてはならないであろう。その際、安全保障面ではハブ・アンド・スポークスと呼ばれる米国を中心とする同盟網が国際秩序を支えてきた。日本に関して言えば、日米安保条約により日本は軽軍備の下で経済復興に勤しむことができたし、現在も日本の防衛費の対GDP比は主要国の中で最低の部類に入る。しかし、トランプはこのような同盟関係に大きなヒビを入れたのである。守って欲しければ金を払えと言わんばかりのトランプのやり方は、同盟関係の根幹にあるべき相互信頼関係を大きく揺るがした。しかもこの間中国は軍事的にも経済的にも急速に発展し、東アジアの力関係は急激に変化したのである。このような力関係の変化をバランスさせ中国の懸念すべき動きを抑止するためには、日本だけの努力では不可能であり、どうしても東アジアにおける米国のより大きなプレゼンスが必要であるが、まさにそのようなときにディール外交にしか関心のないトランプ政権が現れた。トランプは中国にとってのみならず、日本にとっても悪夢であったのである。

バイデン政権の対中政策と日本
 このような中で米国にバイデン政権が成立した。日本としてはどうすべきだろうか?バイデンは、大統領選挙の時から国際協調重視、同盟国重視を表明してきた。これは既存の国際秩序を維持していきたい日本にとって願ってもないことである。しかし、不安材料もあった。2012年に訪米した習近平(当時国家副主席)を当時副大統領であったバイデンが米国内を共に旅行し、24、25時間もプライベートに話し合ったという2。この時の経験からか従来バイデンは習近平を高く評価しており、バイデン政権の対中政策はトランプ政権に比べ融和的になるのではないかとの予想もあったからである。もしそうなれば、米国の東アジアにおけるより大きなプレゼンスを確保し日本と共に中国に対する抑止力を強化するという日本の期待は十分実現できなくなってしまう。今回の共同声明を読む限り、幸いその懸念は杞憂に終わったようである。

日本の戦略―抑止と協調
 日米共同声明が出された後日本の一部のメディアには、中国との武力衝突を前提とした防衛力の強化や法整備などを積極的に推進すべきであるという記事が散見されるようになった。しかしこのような考え方は、日本の戦略を一面的にしか捉えていないように思われる。確かに日本は自国の防衛力を増強しつつ米国の東アジアにおけるより大きなプレゼンスを確保しようとしているが、その目的は中国と敵対することではなく協調することにあると考えられるからである。一体何を言っているのかと思われるかもしれないが、前述の通り現在アジアではパワーバランスが中国に大きく傾いており、この傾向が続けば中国は日本を含む近隣諸国の声をますます聞こうとしなくなってしまう。だからこの地域における米国の関与を強めることでバランスを回復し、中国が地域の声を聞き入れ共存共栄の道を歩むよう促すということなのである。
 つまり、日本の戦略は、中国が勝手に国際秩序を変更しないよう中国に対する抑止力を高め、同時に中国との協調を図るということである。抑止と協調は車の両輪のようなものであり、どちらか一方が欠けても戦略としては成り立たない。実際日本と中国は隣国同士で引っ越しができない以上、たとえ気に入らなくてもなんとかうまくやっていくことを考えなくてはならない。しかも、日本と中国との経済関係は極めて緊密で、日中貿易はこの10年余りずっと日米貿易を上まわっている。また、あまり報じられないが、米中貿易額も日米貿易額よりずっと大きいのである。このような状況の下で中国と敵対することを目的とする戦略を採用することが下策であることは容易に理解されよう。

残された課題
 今回の日米共同声明を読む限り、上述の日本の戦略はかなりの程度盛り込まれていると言えるだろう。しかし、課題もある。それは、抑止力強化の部分に比べ中国との協調に言及した部分がわずかで、しかも具体的でないことだ。中国は今回の日米首脳会談に対し、「日米は口先では『自由で開かれた』ことを鼓吹しながら、実際は徒党を組んで『小グループ』を作り、集団的対立を扇動している」 3と強く反発している。中国はおそらく日本が感じている中国の脅威の大きさを理解できず、日本は米国の戦略に引きずられていると見ているのであろう。また、日米共同声明で明示的な形で台湾問題が取り上げられたことに中国は強い衝撃を受けているようである(注)。中国は自分より弱いものには容赦しない傾向があるから、今後日本に対して厳しい対応を取る可能性もある。日本としては、これに対し反発するだけではなく辛抱強く意思疎通を図っていくと共に、中国と協調できる具体的なプロジェクトを模索していくことが重要であろう。

(注)日米共同声明で台湾問題が明記されたことに関する日本のメディアの分析は表層的で物足りない印象を受ける。この問題についてもいずれとりあげてみたいと思う。


1, 日米首脳共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」2021年4月16日https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page1_000948.html
2, 濱本良一「中国の動向」『東亜』No.645, 2021年3月号p.30
Biden says U.S. won't lift sanctions until Iran halts uranium enrichment - CBS News 2021年2月7日
https://www.cbsnews.com/news/biden-interview-iran-sanctions-nuclear-agreement/ 
3,「外交部、米日共同声明の中国に関する否定的内容についてコメント」2021年4月19日付人民日報日本語版 http://j.people.com.cn/n3/2021/0419/c94474-9840486.html 


事務局(小林)2021/05/02 01:30:06

◎院生の実践を尊重する新たな仕組みを
  宮澤保夫会長、星槎ジャーナルとインタビュー

 星槎ジャーナルはこのほど、星槎グループの宮澤保夫会長・理事長にインタビューし、コロナ禍で開催が危ぶまれる東京五輪や世界各地で起きているアジア人差別問題をはじめ、「誰でも、いつでも、どこでも学べる」という星槎の教育の原点などについて話を聞いた。宮澤会長は、特に大学院の教育の在り方に関し「社会人の実践をより尊重する仕組みを模索しなければならない」と述べ、修士論文だけではなく、院生個人の能力と適正に応じ、「通信制でも」実践論文をまとめることで修士資格を取得できるコースの必要性を指摘した。
宮澤会長はまた、50年前の「鶴ヶ峰セミナー (ツルセミ)」から始まった星槎教育について「生徒が20人いれば、先生1人対生徒20人ではなく、1対1が20組あると考えることだ」と語り、生徒個人個人の適性を見極めた、きめの細かい教育が重要である点を強調した。
 波乱万丈の人生についても振り返り、「行動せずして挫折することを拒否する」「決して諦めない」というモットーを今も変わらず持ち続けていることをあらためて力説し、グループの本拠地である大磯キャンパスに「科学する学校を作りたい」と壮大な夢を語った。会長のインタビューを上下2回にわたって掲載する。
 (星槎ジャーナル編集長佐々木伸、編集委員坂田映子、小林学)

―星槎ジャーナルは会長の発案で、星槎の発信力を強化するという目的で1年前にスタートした。今日はざっくばらんに会長の教育にかける思いやモットー、夢などについてお聞きしたい。まずは星槎も支援している東京オリンピックの開催に対してどんな風に感じているのか。

(宮澤)危機感をもっと発信せよ
 星槎はブータンやエリトリア、ミャンマーと覚書を交わすなど、五輪候補選手を受け入れて支援しているのはご承知の通りだ。昨日もブータンの国王殿下とZoomでオリンピックのことについて話をし、コロナパンデミックで1年遅れた五輪の開催について、色んな意見交換をした。
 開催するなら、総力をあげてやらないといけないが、星槎の教職員も含め日本国民の間で、コロナ禍の中で開催したほうがよいのか、しない方がよいのか、様々な意見がある。しかし、開催するなら、選手や関係者に迷惑がかからないよう照準を合わせてしっかりした体制を整備しなければいけない。だが、「ウイルスまん延防止策」については、日本政府がちゃんとした指針を出していないし、リーダーシップを取れているとは言い難い。オリンピックに対しての危機感というものが発信されていない。どうしたら開催できるのかを国民にもっと発信しないといけない。

―会長自身は開催に賛成か
(宮澤)一度決めたら、全力でやる努力をしないと
 僕個人はやりたい気持ちはある。それにこれまでの責任上もそうだ。だが、今言ったように感染症の問題や政治の問題が複雑に絡んでおり、正直困ったな、という感情もある。みんなが大好きなオリンピックをこの状況で本当に開催してよいのか、悩むところだ。しかしながら、一度決めた以上、国が開催をすると決定した折には、最大限の努力をもって、来日する選手、関係者を守らなければならない。
 感染対策が万全のスポーツイベントとしては、例えば、手前味噌で申し訳ないが、昨年2020年9月に箱根のキャンプ地で行ったフェンシングの大会は抜群だったね。日本で初めて、日本フェンシング協会の有志たちによる高校生を対象にした全国レベルのフェンシング大会を開催した。この時の準備や受入体制は、神奈川県の担当者も「ここまでやるのか」と驚くほどのものだった。医師や看護師、地域の行政やサポーターなど各方面の理解と協力のもと、立派に開催をすることができた。様々な競技連盟や行政の関係者が見学に訪れ、感心、感動し、その後これをもとに大会等を開催するようになったのは皆さんご存知の通りだ。それまでの大会開催は不可であるという常識を、徹底した防御体制と人員配置で覆した。それによって各地でスポーツ大会が開催されるようになったのはとても喜ばしいことだと思っている。オリンピック・パラリンピックに対しても、これ以上の体制を整えなければならない。それにはさらに人手も要ると思うので、覚悟を決めてやらないとね。

―オリンピックから話が飛ぶようだが、会長の目指す教育について聞きたい。1972年に横浜市旭区に学習塾「鶴ヶ峰セミナー」(ツルセミ)を立ち上げてから約50年、半世紀が経った。その教育方針に変わりはないか。
(宮澤)1対1が20組
 最初、「ツルセミ」を始めた時、「能力分けはしない」、まず「その生徒のもつ良さや可能性を育てる」ということを掲げた。生徒の個々の個性や適性に合わせた教え方をするというのが基本的な考え方で、生徒の「良さや可能性を引き出す」ことを目標にした。
 例えば、生徒が20人いたとすれば、1人の教師が20人に教える「1対20」ではなく、「1対1」が20組あるという考え方だ。生徒の理解力も個性も一人一人異なるからだ。その生徒にあった指導・対応が必要である。そういった生徒たちのための居場所・環境が必要だった。そもそも「通知表オール5を取らせる」教育ではないし、勉強ができるから優秀という考え方ではない。
 
―「共感理解教育」というのも教育の柱では
(宮澤)生徒個々人の適性を引き出す「共感理解教育」
 そう。大事なことは教科書の知識をマスターする「知識理解教育」ではなく、「共感理解教育」に力を入れてきたし、今後もそうしていくということだ。「共感理解教育」とは何か。簡単に言えば、世の中の様々な事柄を生徒たちの身近な問題を素材にして共感的に理解していくというものだ。身の回りには教科書で習う算数や国語、社会、理科、英語などの素材があふれている。そうした素材を自分や他者との関係を通じて、共感的に捉え直す教育といえるだろう。単に先生の話や教科書などを暗記したり覚えたりするだけではなく、自らの体験を通して主体的・対話的に理解を深めていく教育であり、今でいう「アクティブラーニング」につながる考えだ。


―先生が生徒一人一人の適性を見極めて向き合って進める教育だと思うが、「合理的配慮」という考えを先取りしたようにも感じるが。
(宮澤)遊ぶ塾と言われた
 そうだね。個々の個性を何よりも大事にするという意味ではそうだ。当時、「ツルセミ」は遊ぶ塾って言われていた。例えば、「野球をしたい」「じゃあやろう」と。その生徒を主人公に、できそうな場面・出番をつくってあげる。フライを取れない生徒が、僕出たいって。それを出すわけですよ。で、それでボールが飛んでいった。やばいな― ―って思っていたら、それが捕っちゃうんだね。やっぱり奇跡は起きるのだなあと。何を言いたいかというと、その時ボールを捕れたとしても、捕れなかったとしても、その場面で考えることがたくさんあったはずなんだ。要は、生徒たちには「場面を作ってあげる」ことが必要だということだ。

―塾をやっていて生徒たちに見えてきたものがあるのか
(宮澤)自分も学習障がい児だった
 まだ「発達障がい」という言葉がなかった時代。それは40年以上前、特定の科目の理解力に欠ける子、友人らとのコミュニケーションがうまく取れない子、落ち着きがなく、周りに迷惑をかけ続ける子、「自閉的な子ども」や「学習障がい」と呼ばれている子どもたちが数多くいることが分かった。そういった子どもたちは、普通と違う子として異質の存在に見られてきた。
 思えば、僕自身もそうでなかったのかと。小学校の通知表の連絡欄に「極めて落ち着きがない」と書かれていた。授業妨害をするわけではなく、とにかく周りの状況が気になる。窓の外に蝶々やトンボを見ると「先生、追いかけていい?」と聞く。3、4年生の時の先生には、何言ってるんだと怒られた。その時は座って、天井のシミや板の節目を観察したり、教室に貼ってある年表を眺めたり色々なことを考えて、我慢していた。5、6年生の時の先生はそれを許してくれた。そして蝶々やトンボを追いかけた。その時先生は紙袋を渡してくれて、「捕まえたらこの中に入れてね」と言ってくれた。授業が終わるとみんなで図書室に行って、蝶々やトンボから学んだ。トンボと思ったのがカゲロウだとわかったこともあり、みんな「すごい、すごい」と言った。共感理解ができていたんだ。これも学習のひとつだ。このように僕自身も一般的には「変わった子」として見られていたが、先生たちの理解によって大きな学びの場面を与えられていたと、今では思う。これは神奈川新聞で連載した『わが人生』の中でも話したが、算数の「足す」「引く」「掛ける」「割る」という概念が分からなかった。+、-、×、÷といったマークが違うとなぜ数字が変わるのか、例えば1+1=2なのに、+が斜めになって×になると1×1=1になる、その意味がわからなかった。今でいう「学習障がい」だったのではないか。ある時、兄に小銭を使って教えられた時、不思議と理解できた。

―星槎の組織が大きくなり過ぎたという意見をどう思う?
(宮澤)幼稚園は“ツルセミの精神”
 みんなは、お金のことを言うが、僕は自分で借りたお金は全部返したつもりだし、これまで、世の中に必要とするものを作ってきた。星槎の組織が大きくなりすぎたという人もいる。そういう面もあるので、新法人として、幼稚園を分離・分割した。幼稚園の先生たちは、自分たちの責任で銀行からお金を借り、少ない借金で校舎を建て、ちゃんと完済もしている。我慢するところは我慢して考えながら運営している。すごいことだと僕は今でも思う。これは“ツルセミの精神”だね。

―こうした教育方針については相当の批判があったのでは
(宮澤)教育の冒瀆と言われた
 不登校や学習障がいなど、さまざまな困難を持っている子どもがいることが分かり、そうした子どもたちのために宮澤学園を作った時、文科省のお偉方や公立の校長連盟など、各方面から、「教育を冒涜している」「こんなのは教育じゃない」という批判を受けた。元々を考えればわかるが、大人の社会観で子どもを見てるわけだ。子どもの側に立った時に、何が必要かということがまったくない。子どもの考えが全部良いわけではないが、彼らにとって何が必要か、とても重要だ。なぜそうした学校がないのかと思って、宮澤学園を作ったのだ。

―その後、日本で初めての学習障がいの子どもに対応する高等学校として「星槎国際高等学校」を芦別に作り、さらに星槎大学、大学院を次々に作っていった。こうした幼稚園から大学院の博士課程までの間で現在、建学の精神や会長の思いがきちんと貫かれた教育ができているのか。
(宮澤)社会人学生の実践を尊重し、能力を引き出せ
 大学を作った時、「不登校や発達障がいの子どもたちを理解できる教師を養成しよう」という思いで作ったわけだが、それはある程度成功した。次に声が上がったのは、修士課程を作ってくださいという要望だった。学部から大学院に上がってきた学生は、学業メインで2年学べるが、社会人の学生は生活しながら学ぶというのが一般的だ。
 繰り返し言うが、星槎大学は子どもたちを理解する社会をつくるべく、教育、福祉関係、またそれに興味を持つ大人たちへ向け、いかに子どもたちを理解する大人を多く生み出せるかということを考えてきた。そのような学生に対してどう指導していくか、どう力を付けさせていくかが、星槎の大学院の役割だと思っている。常に相手側の立場に立って考える指導者が重要なのだ。学生の持っている力を少しでも引き出してやることが必要なのだ。教員の考えや経験などを一方的に押し付けるのではなく、共に学び、共に学習する。「学びのフレキシビリティ」が必要だ。これこそ「共感理解教育」のひとつだと思う。
 だが、そうした指導のやり方が今、ちょっと変わってきているんじゃないかと心配している。私の考えに反論、異論、不満もあると思うが、中学、高校でできることが大学だからできないと考えるのはおかしい。
 「大学はこう」「教育はこう」といった考え方は僕には受け入れられない。指導する側が絶対ということはあり得ないと僕は思う。このような考えは甘いという人もいるが、僕はそれをやってきた。
 指導する先生の力量も問われるのだが、指導方法が昔ながらの教え方をしているのではないのか。学生が何を言いたいのかを見極めて、学生の能力をしっかり引き出して研究や論文作成をサポートすることが必要なのであって、そこを最初から「こいつはダメだ、この論文は出来が悪い」といった姿勢で接するようなことはやってはいけない。社会人学生は職場で積んできた経験や実践をもっと尊重されなければならないと思っている。

―会長も早稲田の大学院を卒業した経験があるが。
(宮澤)1年で修士論文を完成させた
 自分も大学院に通い1年で37単位を取り、修士資格を取得した経験がある。これは大変だった。寝る時間も削って頑張ったが、あの時間はものすごく有意義だったね。240〜250人の前で発表し、それを1週間に1回やるんだが、1ヶ月目からは、ほとんど毎週発表をしていたね。最後、論文の最優秀賞は取れなかったが、優秀賞は取れた。修士論文のテーマは「星槎のような学校がなぜ必要なのか、なぜ成り立っているのか」を中心に据えたが、論文で星槎のような学校が認められたのがすごく嬉しかった。その背景には指導していただいた先生方、話し合える仲間がいた。そういった人たちによって本当に学ぶことが多かった。論文が書けたこと以上に、先生、仲間たちとの関わりがどれ程自信になったか、最大の財産だと思っている。
 話は大学院の教育の在り方に戻るが、学生の実力がないのであれば、能力をなんとか引っ張り出す、文章力がないのであれば、それをつけさせる。学生の良い面を見つけ出し、伸ばしてやる指導でなければダメだ。学生との関わり合い、動機付けと発見が大事なのだ。教師側も学生側も時間、エネルギーを使うことは大変なことだと思う。特に星槎の学生はほとんどの人が働いている。2年、3年、4年といった修了への目標を持たせることだ。一般の通学制の大学院は2年での卒業を前提としている。しかし、私たちのような学生の修了時期がバラバラである大学院は、定員増をしなくても認められるべきだ。行政の側も、学生に対しても大学に対しても学ぶ環境にゆとりを持たせることが必要だ。文科省とももっと強く交渉を行い、認識を持ってもらうべきだ。

―大学院は通信制の教育学研究科と通学制の教育実践研究科に分かれているが、修論に一定レベルの内容が要求されるとすれば、修論執筆が厳しい学生もいるのが現実だ。だから修論が必ずしも教育学研究科の卒業要件ではない、違うシステムを新たに作る必要性があるのではないか。そういう議論が今、大学院の専任教員の間で始まっている。これについて、会長の考えを聞きたい。
(宮澤)ぜひ新しいシステムを作るべきだ
 社会人の現場で積み上げてきた実践を重視すれば、必ずしも修士論文の形を修了の要件にする必要はない。同じ修士の学位として教職大学院などを含めた専門職大学院では多様な学修成果が認められており、現に、専門職学位課程の教育実践研究科では修士論文の執筆が修了要件ではない。学修の証を示すことができるのなら、どんな形でもいいのではないか。具体的にどんなシステムがいいかは、じっくり議論してまとめればよいと思うが、社会人の実践を尊重する仕組みを模索しなければならない。
 考え方としては教育学研究科の中に「実践の集大成のような論文」の執筆によって修士資格を取得できるようにするか、あるいは実践研究科の中に通信制の仕組みを生かしたコースを作るかなどが考えられよう。ぜひそういう試みをやってほしいし、やるべきだ。教員には「誰でも、いつでも、どこでも学べる」という星槎の原点をあらためて思い起こしてほしいと願っている。
(続)

事務局(小林)2021/05/02 01:29:56

◎宮澤保夫会長インタビュー(続き)

―星槎グループは宮澤会長がいなければ成り立たないとはよく言われることだが、自身はカリスマだと思っているか。
(宮澤)会長はカリスマなのか
 カリスマ性は全くない。必要と思うことをやってきただけだ。諦めない、「諦めるには十分な根拠がない」という思いで、ずっとやってきた。このモットーは歳を重ねた今でも変わらない。福沢諭吉大先生も同じようなことをおっしゃっている。つまりは「自分で考えて動け」ということだ。出発点であるツルセミ塾、宮澤学園でも、それぞれの先生たちとの交流もやってきた。みんな面白がってついてきてくれた。学校に通う生徒たちも、これまでの学校生活とは違うといって楽しんでくれた。生徒たちは、家で学校の話をするようになり、友達ができたと笑顔が増えていった。僕は、父母会の中にもどんどん入っていって交流を深めた。基本的に人間が好きなのだと思う。自分で作った星槎グループだから責任も感じてはいるが、人間が嫌いなら、今日の僕はなかっただろう。

―カリスマ性とも関係があると思うが、人生のモットーについて伺いたい。色んな著作に書いているが、「行動せずして挫折することを拒否する」「諦めない」というのが印象深いが、いかがか。
(宮澤)革命家「チェ・ゲバラ」の言葉
 これらのモットーというか、人生訓は今も全く変わらないね。「行動せずして挫折することを拒否する」というのは尊敬する革命家「チェ・ゲバラ」の言葉だ。忘れないように、執務室に彼の写真を掛けてあるのは見た通りだ。「諦めない」というのも大事な戒めだ。自分にお金が無くてもできる方法を常に考える。なければ作っていこうと思うし、それをやってきた。これからもやっていこうと思っている。癌にかかり、後どれだけ生きられるのか分からないが、生きている間はとにかく種を蒔くってことが必要だと思っている。

―「諦めない」ということで言うと、会長が「技能教育施設」だった宮澤学園を学校教育法第1条の拡大解釈で非課税団体として大蔵省に認めさせ、通勤定期から通学定期を購入できるようにした経緯はその真骨頂ではないか。
(宮澤)根負けしたK指導官
 1986年のあの時のことは、今でも鮮明に覚えている。詳細な経緯は避けるが、宮澤学園高等部の生徒たちになんとか「通学定期」を持たせたいという思いが強かった。普通であれば文部省(当時)と交渉するのが筋だが、その話は一切受け付けてくれなかった。考えてみれば当時はまだ国鉄の時代、JRとして民間に移行する直前の頃で、そのどさくさもあったのかもしれない。当時の保土ヶ谷税務署の人に相談をしたところ「それは管轄が違うのではないか」と言われ、通勤定期を通学定期に切り替える判断をするのは大蔵省(当時)の仕事であると発見した。そして大蔵省を訪問したところ、権限を持つK指導官は、宮澤学園が一条校の分校として認められているにも関わらず、「技能教育施設は学校ではない」という原則を盾に、けんもほろろ、僕の要請を一蹴した。無理難題と言われ、相当批判された。だが、壁は高かったが、僕の執拗な訴えに3回目の面談で、折れた。「あんた、根性あるね」と言ってK指導官が僕の要求を認めた時には信じられなかった。宮澤学園を、この部分においては一条校と同じように扱ってくれたのだ。
 生徒たちが、横浜線十日市場駅で「学割」という印が入った「通学定期」を受け取り、喜んで学校に駆け戻り、先生たちと泣きながら握手を交わしたシーンは忘れられない。思い出すと、今でも涙が出てくる。3年後、宮澤学園の記事が出た時、K指導官から葉書が届いた。「学校はうまくいっていますか。良かったね」と。K指導官が僕の話を理解してくれて、社会的必要性と認めてくれたことが非常に嬉しかった。
 これも「諦めない」「行動せずして挫折することを拒否する」という信念のおかげだ。

―今、世界では、会長が育ててきた「人を認める」「人を排除しない」「仲間を作る」という星槎の理念、共生の理念と真逆のベクトルが走り回り、差別や偏見が広まっている。特にコロナ禍で、反アジア人の動きが目立ち、米国を中心に「悪意のある社会」が生まれているかのようだが、どう考えたらいいか。
(宮澤)背景にトランプの心ない発言
 その原因をつくったのは、やはり、米国のトランプ前大統領だと思う。米国の中の、白人が優位的な立場にあると思っている人たちが、大統領が言っているのだから遠慮することはない、言ってもいいのだと本音を出し始めた。不満を持っていた人たちが堂々と差別的な発言をし、ある意味「市民権」を得てしまった。悪意ある社会が生まれ、それが今、国際社会で猛威を振るっている。コロナ禍が終息するまでの一過性の傾向だと思いたいが、国際交流の中で、その偏見が中心になって物事が組み立てられていくことが心配だ。日本人も含め、アジア系の人たちは、差別や偏見などに対してあまり声にあげない。これも問題だ。

―国際交流についての業績は大きいものがあるが、貫いてきた思いについて聞かせてほしい。
(宮澤)大学は「国際交流」にもっと関心を
 僕は趣味のアマチュア無線のつながりなどを通じて若いころから海外を歩いた。ニューカレドニア、フィリピン、バングラデシュ、ブータン、エリトリアなどの多くの地を訪れ、貧困や教育の受けられない実態などを見た。そこで感じるのは「戦争の悲惨さと平和の尊さ」に対する思いだ。僕が、国際交流や支援に特別な感情を抱いているのはそうした体験が下地にある。星槎の学校名には、「国際」という文字が入っていることが多いのも、国際交流を大事にしているからだ。世界中の仲間とつながり、学び合い、交流したいと願うからだ。毎年、開催している「星槎アジア・アフリカ・ブリッジ」(SAAB)の参加者は、初年度だけでも5000人を超えた。すごいことだよ。大学が、もっと星槎の国際活動に関心を示し、それを学生に伝えてほしいと思う。

―今後のブータン王国との交流の在り方について
(宮澤)大学の教職員はもっとブータンを訪れてほしい
 ブータンとの絆をこれまで以上に太く強めていかなければならない。星槎大学の教職員がもっと同国を訪れ、また学ぶべきだ。そして自分の専門性を活かすことだ。ロイヤルティンプーカレッジ(RTC)と協働して何ができるか、考え、提案していくべきだと思う。RTCはブータンで初めての私立大学だ。多くの困難があったが、それを懸命な努力で乗り越え、開校に至った。それは教育に対する強い信念があったからこそだ。今でこそ他にもいくつかの私立大学があるが、質としてはRTCがブータン最高位だ。そしてRTCはブータンの多くの若者たちに学ぶ場を提供し続けている。ブータンにおける知的障がい、発達障がいや不登校といったことに対して理解する道筋も、この大学を通してできはじめている。だからこそ、RTCのような大学には、大きな大学との関係性も大切だが、私たちのような単科大学との協働も必要なのだと思っている。相手の良い文化と現場を考えることがまずは重要。それを考慮しながら、どう手助けしていくのかというふうに考えることが必要だね。
 コロナ禍が収まったところで、ブータンから留学生が来たら、星槎の学生との交流を深めてほしい、やるべきだ。大学からもっとブータン関連で声を上げなきゃ。

―最後に会長の夢について聞きたい。大磯キャンパスをもっと活用したいとの話もあるようですが。
(宮澤)「科学する学校」を作る
 僕の夢はここ、大磯キャンパスに将来、学校、就労、医療、福祉などを核にした町を作るということだ。広大な敷地の20%しかまだ活用していない。その手始めに、小・中・高の科学する学校を作りたい。「科学する」というのが大事。科学というのはサイエンスだけではない、「探究する」ということだ。もともと、星槎大学は、当初「科学する大学」という名前にしたかったのだが、動詞が入るのはダメということで断念した経緯がある。
 そして、繰り返すが、星槎の理念、「人を認める」「人を排除しない」「仲間を作る」という3つの約束を世界に広めたい。そのためにも星槎グループは障害を乗り越え、実践し続けなければ前進はないと思っている。

事務局(小林)2021/04/23 12:09:10

グローカル英語って間違ってもいいの? 

2021年4月22日/執筆者:大和 洋子 教授(星槎大学 共生科学部)

 星槎に昨年度「グローカルコミュニケーション専攻」が誕生した。そこで、ちょっとした論争が持ち上がった。グローカル英語とは何ぞや、である。どうも「グローカルコミュニケーション専攻の英語は多少間違っていても通じればいい(この場合、通じる相手は日本人)」と勘違いしているのではないかと思われる方がいらっしゃることに気が付いた。グローカルという新しいようでいて実は市民権を得て久しい造語は、Think locally, act globally; think globally, act locally. というコンセプトの下、地域と世界を跨いで行動するという重要なメッセージが含まれる。「私たちは日本人なのだから、間違ってもいい」という感覚は、どうも学校英語から始まったのではないかと思われる節がある。断っておくが、間違っていいなどとはどこにも書いていないのにもかかわらず、である。そこで学校英語を少し振り返ってみてみたい。

<学校英語教育>
 2020年度から、小学校5・6年生で英語が正式科目となり、外国語活動は3、4年生へと前倒しになった。それに伴い、2021年度からは中学校に入学してくる生徒は、小学校から英語を学校の教科として正式に学んできていることになる。実際には先行して導入している自治体が少なからずあり、中には小学1年生から英語を活動として早くから導入している自治体もある。2000年前後の教育におけるネオリベラリズムの影響で、文科省認定の教科書のレベルは共通であっても、今や日本全国画一的な教育を行っているとは言い難い。学力テストの復活とともに自治体ごとの競争があり、市町村レベル、或いは県レベルで「教育に力を入れている」ことを子育て世代にアピールしている。
 小学校5・6年生で「外国語活動」が正式に導入されたのが2011年度なので、紆余曲折を経て日本でもやっと小学校でも英語が科目として導入されたことになる。「やっと」という表現を使ったのは、近隣諸国では小学校から英語が導入されて久しいし、中国や香港、台湾などの中華圏では語学教育は就学前から始まっている。中国語では幼稚園に行くのにも「上学(shang xue)」といい「学校に行く」と表現する。ただし、私は日本における英語の早期導入賛成派でもない。これに関してはまた頁を改めて思いを書きたいと思う。
 恐らくこれを読まれている方々の受けてきた学校での英語の授業は、教師が一方的に文法を教え、テキストを音読し、本文の意味を日本語に訳すという文法訳読式だった、或いは基本文型の一部を置き換えて、何度も何度も言い替えの練習をするパターンプラクティスをいやというほどやらされた、という方もいるだろう。若手層の方であれば、ALTとともに先生がティームティーチングをしていた思い出があるのではないだろうか。ALT導入初期には折角のALTをテープレコーダー(懐かしい響き!)代わりに使う残念な例もあったのだが。いつの時代に学校教育を受けたかで、内容もさることながら、教え方が大きく変化しているのが学校教育における英語科なのである。現在はというと、文科省の強いリーダーシップの下、英語は英語で導入し、児童・生徒が英語で話す機会を少しでも多く設け、使える英語を身に付けさせることを是としてる。そのため高校の英語でさえも、テキストの中身はかつてのリーディングのように読みもの主体であっても科目名はEnglish Communication であり、文法事項を中心に扱う科目名はEnglish Expression(共に2013年より実施の現行指導要領) となっており、あくまでもコミュニケーションのための語学教育であることを前面に出し、教科書にもさまざまな工夫が凝らされている。
 小学校の英語科では、「場面シラバス」と言って、設定された場面で使うやさしい表現を使った、やり取りができることを目指している。口頭表現が主な活動なので、相手とのやり取りを成立させること、言いたいことを表現し、相手にわかってもらえることが重要になってくる。文法を文法として敢えて教えないのである。「通じた!」という喜びが大切であり、細かいことは言わない。だから小学校では微細なミスを指摘したり直したりして児童のやる気をそぐことはしない。ただし、中には基本的な文法事項も入れ、小学校卒業時には「将来の夢」を作文し、皆の前で発表させるところまで持っていっている自治体や学校もある。そう、小学校では「ミスは厳しく指摘しない」のである。だからといって、間違ってもいいとまでは言っていない。間違いを臆せずコミュニケーションをとることの方に重きを置いているだけである。(間違ってもいい、という感覚はここから出てきたのではなないか)
 中学校からは、「文法シラバス」となり、小学校で表現してきたことを、実はこういう仕組みだったという文法に気づかせて、徐々に徐々にスロープを上るように語学という山登りが始まる。そのため綿密な年間計画を立て、英語でコミュニケーションをとりながら、中学校3年間で履修が求められる文法事項をもれなくカバーしなければならない。着実な定着を図りつつ、口頭でも文章でも「正しく」表現できるようにすることを目指すのが今の指導要領である。2021年度から始まった新教育課程では、仮定法過去を残して文法事項のほとんどが中学校に下りてきた。そのため、中学校における英語教育の責任は重い。
 ここで「正しく」という表現を使ったが、何をもって「正しい」とするのか。これが80年代90年代くらいまでの教育課程であれば、英語のネイティブの発音であり、彼らの使う英語が基準だった。「ネイティブ」という甘い語彙にも注意が必要である。日本語のネイティブであっても某英会話学校のコマーシャルではないが、意味不明の若者言葉の日本語でしか話さない女子高校生―彼女たちは使い分けができるのだと解釈したい―がいるのと同様に、英語のネイティブにも様々なレベルがあるし、地域による訛りや移民訛りもある(私は「訛り」という表現は好きではなく、できればvariants を使いたい)。1980年代には英語教師たるもの、British English であれば Received pronunciation でなければならず、American English であれば、アメリカ北東部の教養あるアメリカ人の使う英語を目指すべきとされてきた。ネイティブだってそのような英語の使い手はそう多くはないのだから、そこまで到達することを求めていたのは酷と言えるかもしれないが、‘Aim at high’ の時代があった。
 今の英語科教科書では英語は国際共通語としての位置づけにあり、登場人物も英語圏出身者だけでなく、中国や韓国といったアジア出身者や、南米出身者が英語で会話をする場面が出てくる。若手リーダーのマララさん(パキスタン出身)が16歳の誕生日に国連で行った教育の大切さを謳ったスピーチは、中学のテキストに登場する。スウェーデン人のグレタ・トゥーンベリさんは、英語科ではなく新教育課程の高校家庭科の教科書に登場するようだ。彼女も16歳の時に国連において、環境問題を訴えるスピーチを英語で行っている。彼女たちの英語はそれぞれ発音に母語の影響はあるが、誰が聴いても理解できる、教養ある英語である。彼女たちのように、Think globally, act globally の活動家は、世界に通じる国際英語を使いこなしている。

<共通言語としての英語>
 英語を共通語・学習言語として使用している人口は推定19億人であり、母語として使っている人口(3.88億人)より圧倒的に多い(Crystal 2019 p.113)。では、学習言語として目指すべき英語のレベルはどの程度なのだろうか。母語の影響が発音に出ていても、それを批判的に指摘する人は時代遅れである。グローカルコミュニケーション専攻が目指すべきグローカル英語は、発声に母語の影響が残っていても問題視しないが、学識のあるインタレクチュアルな英語を目指したい。文章にしたとき、誤解が生じることなく正確に意味が通じるものでなくてはならない。そうでないと、国際社会で通じないし、通じないのであれば英語を勉強する意味がない。だから、日本の英語は日本人同士で通じれば間違っていてもそれでいいでしょ、とは絶対に言えないし、言ってしまったらそこで学習はストップしてしまう。
 Crystalによれば、ネイティブの英語学者である彼をもっても知らない語彙が世界の英語に存在するという。その語彙はその国や地域の文化的背景を背負って生まれ、国や地域内で立派に通用する英語であり、それがWorld Englishesと複数形が使われるゆえんである。その語彙の中には英語母語話者からすると使い方が標準的でなくても、国内で正式に使われている語彙であれば国内共通言語として間違いとは言えなくなる。例えば南アフリカでは、robot を交通信号機の意味で広く使っているので、南アフリカ英語の辞書ではrobot : traffic light となる。では、日本で使われている野球の「ナイター」や住宅の「リフォーム」、音楽の「ライブハウス」、陸上競技の「フライング」、車の「バックミラー」、星槎でも使われる「マンツーマン」指導といった「カタカナ英語」は日本で通じるのだから日本英語と言えるか。いえいえ、これらは日本語なので、英語の中で使ったら通じません。もしかしたら日本在住の長い外国人は、日本語として理解してくれるかもしれないけれど。「日本英語」として World Englishesの一種として認定されるには、日本の日常語が英語になって、国民みんなが共通語として日本英語を話すようになる必要があるが、日本語という誇るべき言語があるのだから、敢えて英語を共通語にする必要はどこにもない。最近政治家の中には、やたらと横文字を使う人が多くなってきたが、「go to travel」という摩訶不思議な日本語を標語にするようなことは止めて欲しいと思う。英語だと思って海外で使ってしまう人が出てきたら困るでしょ。折角勉強するのであれば、国際的に通用する教養のある英語を学びたいし、学生にも学んでほしい。ただし、語学には終わりがない。一生学び続けることになる。

<引用・参考文献>
ⅰ BBC放送のアナウンサーや、王族の発音とされ、クウィーンズ・イングリッシュともいわれる。ただし女王陛下には女王ならではの独特な言い回しや表現がある。
ⅱ Sunshine English 3 (2021). 開隆堂 pp.100-104
ⅲ Crystal, David. (2019). The Cambridge Encyclopaedia of the English Language. Third Edition. Cambridge University Press
ⅳ 2015年にブリュッセルで行われたDavid Crystal の講演、 “Full Circle & David Crystal: The Future of Englishes” にこの話が出てくる。
 https://www.youtube.com/watch?v=MqqlSb9uGUQ
 また、ケープタウン生まれのSeth Rotherhamが2002年に立ち上げた商用ブログに「ROBOT AHEAD 250m」という道路標識の写真付きの記事がある。
 https://www.2oceansvibe.com/2017/07/24/the-real-reason-south-africans-call-traffic-lights-robots/

事務局(小林)2021/04/22 23:00:08

「米軍のアフガン撤退」

2021年4月22日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

「大国の身勝手」を憂う
 米国がアフガニスタンから駐留軍を完全撤退させることになった。バイデン米大統領は「永遠に続く戦争を終わらせる時だ」と宣言した。
 だが、米国の介入に終止符が打たれても、アフガンの内戦と悲惨な状況は残されたままだろう。一方的に介入し、混乱を残したまま撤退するのは「大国の身勝手」という他ない。
 バイデン氏には撤退 の期限までに内戦終結に全力を挙げ、撤退後も和平達成まで外交努力を放棄しないよう求めたい。
 米国はアフガンに拠点を置いていた国際テロ組織アルカイダが2001年、米中枢同時テロ「9・11」を起こした報復として同国に侵攻、イスラム原理主義政権タリバンを打倒し、親米政権を樹立した。だが、タリバンとの戦争は長期化し、20年もの間、介入を余儀なくされてきた。
 この間、米国は2兆ドル(約200兆円)の戦費を投入、米兵2200人以上が犠牲になった。アフガンの民間人の死者も7年連続3千人を上回っている。しかし、軍事的勝利はおろか、国土の半分以上をタリバンに支配されているのが現実だ。
 米国の介入で、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機を突っ込ませたアルカイダの力は確かに衰えたものの、各地にアルカイダの分派が生まれている状況は壊滅にはほど遠いことを示している。
 米国が紛争の泥沼から抜け出す道筋を付けたのは「米国第一主義」を掲げたトランプ前政権だ。昨年、タリバンとの間で今年5月1日までに駐留軍を撤退させることで合意した。
 バイデン氏は基本的にこの路線を踏襲、撤退期限を9月11日までに先送りした一方で、戦況や和平交渉の進展にかかわらず約2500人の部隊を完全撤退させることを決定した。
 同氏は元々、「撤退論者」であることに加え、早急に紛争の足かせを外し、最大の競合国である中国の脅威に対処しなければならないという危機感が強い。アフガンはもはや米国にとって優先課題ではないというわけだ。
 だが、この「無条件」撤退の意味は深刻だ。撤退すれば、アフガン政府が崩壊する恐れがあるからだ。野党の米共和党は「選挙で選ばれた政府への裏切り」と批判、アフガン国民から「見捨てるのか」との声も上がっている。
 米国はこれまでも、後先をよく考えずに介入し、都合が悪くなると見限って一方的に手を引く、という過ちを繰り返してきた。
 ベトナム戦争やイラク戦争への介入が好例だろう。イラクでは不安定な治安情勢を放置したまま撤退し、過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭を招いた。
 アフガンで同じ失敗を繰り返してはならない。首都カブールを“第二のサイゴン”にしてはならないのだ。
 米国は同じく派兵していた北大西洋条約機構(NATO)諸国や日本などの同盟国とも協力し、アフガンの和平協議を強力に支援する取り組みに全力を挙げるべきだ。

事務局(小林)2021/04/09 19:04:37

生徒が変わる 生徒が活きる 北斗の学び
~ 星槎学園中高等部北斗校とは ~

2021年4月9日/執筆者:渡辺 保子 顧問(星槎学園中高等部北斗校)

 早すぎた桜の満開、今年は残念ながら入学式前に散り終えたが、もうすぐ令和3年度の新入生を迎える。コロナ禍での入学式は昨年に引き続き、残念ながら新入生と保護者1名の列席、中等部・高等部それぞれ2部に分かれての入学式となる。
 今年、星槎学園北斗校に入学する生徒は中等部高等部併せて75名、どんな表情で、どんな期待感をもって登校してくるのか、教職員もわくわく感をもって待ちわびている。

 さて、本校には、不登校経験や集団生活に何らかの困り感を持った生徒が北斗校に活路を求めて入学する。毎年、新入生代表の言葉には、小学校や中学校で辛いと感じていた状況が語られている。
 「僕は今まで、学校が楽しいと感じたことがありませんでした。行事や授業に参加することがとても苦手でした。特に算数や国語が苦手で、黒板も書き写す前に消されてしまうし、分からないことがどんどん増えました。分からないことばかりで、友だちに分からない・できないと言うことが怖かったし、馬鹿にされると思うと何も言えないし、苦しいことが多かったです。」
 この生徒が日々背負ってきた苦しみを、私も教職にいながらにしてどれだけ理解できていたか、思い起こすにつけ、改めて、とても切なく申し訳なく思う。
 また、「教育上、特別な支援を必要とする児童生徒のための教育」という主旨での特別支援級は、実際、生徒たちにとってどんな風に受け止められていたのか。
 「先生に進められて支援級に入りましたが、自分が普通の人ではなくなったかのように感じてしまいました。廊下で人とすれ違うだけでも人の眼が気になってしまい、自分自身が恥ずかしいと感じるようになりました。交流級で図工や音楽を受けていたのですが、その場にいることが嫌で自分を出せずにいつも緊張していました。」
 全ての生徒が同様の思いであったと断定するわけではないが、「支援級」という括られ方に区別されている=差別されていると感じ、多かれ少なかれ自己肯定感が低く、自尊感を持てない、努力する意欲を喪失してしまうなどの子どもたちを生むことにつながってはいなかったか。

 2007年、学校教育法の改正によって、多様な障害のある子どもをまとめてサポートする特別支援教育が生まれた。本来、特別支援教育は、障害があるかないかに関わらず、あらゆる子どもの教育を保障し、人々が互いを尊重しながら共に生きる共生社会を目指したインクルーシブ教育のはずであったが、現状の教育現場では上記のような精神面へ影を落とす結果も生じてきた。
 星槎で目指すインクルーシブ教育は、人間の多様性の尊重等を強化し、障害の有無にかかわらず、共に学び、精神的および身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能にすることである。
 前述の特別支援教育との違いは何か、インクルーシブ教育教育実践の具体化が星槎にはある。
 
 では、その具体化を3つの事例に絞って紹介したい。
 1つ目は、北斗校では、もろもろの行事や活動を異学年異年齢で取り組む「中高一貫的教育活動」であり、北斗校の教育の柱としている。北斗校の中高一貫は、エスカレートでの進学が可能という意味ではない、中等部の生徒や高等部の生徒には当然、発達段階や成長段階に差違があるが、中高生が混じって行事や活動を実行委員会メンバーとして企画し、プレゼンし、実行するという活動をいう。交流があり、教え合いや励まし合いなどの学びがある。選択ゼミやクラブ活動・委員会活動はもちろん、下級生が先輩から学び、後輩を引き立ててくれる関係が出来上がってくる。先輩は後輩の真摯な意欲に触発されて、良き模範となるように努める。インクルーシブの最たる教育活動の様相があるといえる。
 「行事の実行委員になりたいといったとき、支援級の先生に困った顔をされたが、北斗では『やる気が大事!』と先生も友達も後押ししてくれた。いろいろ先輩に手伝ってもらうことも多かったけど、みんなの前で説明したり発表したりする経験をもらった。自信がついた。」(中3女子のSST授業発表)とあるように、活動を通して自信が付き、自己肯定感が生まれ、周囲の友人関係を信頼できる存在として認めることができることにつながっている。
 2つ目は、学習においては、分かり方・学び易さを自己理解し、自己目標に即して学び方を選択できる習熟度別学習の仕組みである。そこでは、区別でも差別でもなく、自己の能力に応じた学習の段階を選択して学び、ステップアップに挑戦することのできる仕組みがある。
 生徒の実態に応じた指導のもと、生徒自身が「分かる」「できる」のステップを踏めることは、学習意欲の向上につながっている。
 「数学もじっくり分かりやすく教えてもらってできることが増えました。やればできるとうれしくなりました。」(中1男子前期振り返り)
 3つ目の事例は、北斗ならではの多種多様な体験行事・活動にある。
 北斗では、中高6年間を通して「人との関わり」「地域との関わり」「社会との関わり」から学び、生活規範・社会規範の修得、そして「社会で生ききる力」の育みを目指している。多様な分野での活動には、意欲喚起のきっかけが満載である。その1端を挙げれば
 ・星槎で唯一実践している「水耕田」(地域人材との交流・生産活動・地域環境)
 ・SDGsの指標に向けたメトペマ活動(地域清掃活動・竹林間伐ボラ・海岸清掃ボラ)
 ・高大連携授業「命の授業」(食と命・地域環境・地球環境・絶滅危惧種・命の尊厳)
 ・国際理解教育と平和教育としての中3ハワイ・高2サイパン海外研修、NY研修
 ・宇宙教育
 これらの活動は、Participate and learn(参加して学ぶ)という学習で、好奇心や探求心を生み、人や教科や社会や文化などを様々な分野から、学びを繫ぎ、深めていくものである。これらの体験活動を通して生徒の中には大きな変化値が見えてくる。
 ステージ上で自分を語ることができる、ドキドキしながらもみんなに伝え表現できる、リーダーシップがとれる、進んで活き活きと活動する姿がある、自信をもって前を向く姿がある。
 「入学前の自分から見たら驚くほどの変化だと思う。人とうまく関われることができなかった自分が成長できたのは仲間のおかげです。先生の協力のおかげです。生徒会の役員を務めることができたことも、やりがいを感じています。」(卒業生)

 標題に架した「生徒が変わる 生徒が活きる 北斗の学び」、このタイトルは、北斗の生徒たちの実際を見て、生徒が顕著に成長し変化していく実態から表現したアピールタイトルである。生徒が活き活きと変化していく過程を見ることができる学校現場は、心楽しく喜びも大きく、教職にいるものの冥利といえる。
 コロナ禍の困難な状況下であっても、北斗の学校生活を楽しみ、仲間と一緒に自らをたくましく活き活きと変化させて成長することを期待している。

事務局(小林)2021/03/31 19:06:52

マンハッタンで白昼、アジア人を足蹴り−米社会で続くヘイトクライム

2021年3月31日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 コロナ禍に終息の兆しが見えず、世界各地でアジア系住民人に対するヘイトクライムが急増している中、ニューヨークのマンハッタンの中心部で3月29日、フィリピン系米市民が黒人の男に酷い暴行を受ける事件が発生した。現場前のビルの中には警備員らがいたが、苦しむ被害者を全く助けようとしなかったばかりか、入り口のドアを閉める始末。その冷たい対応に、「共生」とは真逆の風景を見る思いだ。

▼相次ぐアジア系への暴力
 ニューヨーク警察が公表した動画や発表内容などによると、事件が起きたのはタイムズスクエア近くの西43丁目の歩道だ。歩いていた女性(65)の腹部を前から来た大柄な黒人の男がいきなり蹴った。女性が歩道に倒れると、今度はその頭部を思い切り3度蹴った。男は暴行中、「くそったれ、ここはお前がいるところではない」などと差別的な発言を繰り返した。

 男はそのまま歩いて立ち去り、女性は病院に運ばれ、入院した。米社会がショックを受けたのは暴行自体もさることながら、現場の前の豪華なマンションの入り口ホールにいた3人の男たちが暴行を止めようとしたり、女性を助けようとするなどの行動を一切起こさなかったことだ。そればかりか、女性が倒れて苦しんでいるのを尻目に、マンション入り口のドアを閉め、知らぬふりを決め込んだことだ。関わりを避けたと見られている。

 3人のうち2人はマンションビルの警備員で、ドアを閉めたのも警備員の1人だった。女性は数十年前にフィリピンから来た移民だという。警察は動画を公開し、逃げた男の行方を追っている。ニューヨーク市警のアジア人ヘイトクライム(憎悪犯罪)対策チームは警備員らが暴行を止めようとせず、入り口ドアを閉めたことを厳しく批判した。

 事件の後、ニューヨークのブラシオ市長は「恥ずべき暴挙」と、クオモ・ニューヨーク州知事も「恐ろしく野蛮な行為」と非難。バイデン大統領は、「アジア系米国人に対する高まる暴力を看過することはできない。こうした行動は米国的ではなく、止められなければならない」とツイートした。マンションビルの警備会社はドアを閉めた警備員らを停職処分にする措置を取った。

 ニューヨークでは最近、アジア系住民に対する憎悪犯罪が相次いでいた。例えば、地下鉄の駅でアジア系の女性が背負っていたバックパックに火を付けられる事件も発生。また地下鉄車内でアジア系の男性が殴られ、唾を吐きかけられる事件も起きており、邦人も含めアジア系住民の間に懸念が高まっていた。警察はアジア系の居住地域に覆面捜査員を配置するなど対応を取っているが、沈静化する気配はない。

▼ニューヨークでは8倍に急増
 ニューヨーク・タイムズがカリフォルニア州立大学の憎悪犯罪調査などの結果として報じたところによると、全米の16の大都市では2020年、前年と比べてアジア系住民に対するヘイトクライムが約2.5倍に増えた。特にニューヨークでは、8倍以上の28件に急増した。今年はすでに30件を上回っており、さらに増える見通し。

 全米でアジア系住民に対する憎悪犯罪が増えている理由について、民主党や識者の多くはトランプ前大統領が再三、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んで中国非難の道具に使ったことを挙げている。人々はウイルスの感染や、行動制限、失職などに対する不満のはけ口を「中国ウイルス」というレッテルに求めたとも指摘されている。米社会で広がるアジア系住民蔑視の背景に、トランプ氏の一連の発言があるのは確かだろう。

 欧米の人々には中国人も日本人も区別がつかない。結果としてアジア人全体への差別や憎悪犯罪につながっているのではないか。バイデン大統領は16日に南部ジョージア州アトランタの銃撃事件でアジア系女性6人が犠牲になった後、ハリス副大統領とともに現地入りし、「沈黙することは共犯」などとしてアジア系への人種差別や偏見の高まりに危機感を表明してきた。

 大統領はマンハッタンでのフィリピン系女性に対する暴力事件の後、暴力被害の申告を容易にして事案を幅広く把握し、連邦捜査局(FBI)を通じて全米の警察官の憎悪犯罪に対する意識を高めることなどを柱とする新たな取り組みを発表した。また司法省も向こう1カ月かけ、アジア系住民に対する暴力をどう抑止していくか、具体策を検討することになった。

 だが、こうした憎悪犯罪を撲滅することは極めて難しい。アジア系に対する嫌がらせや暴力行為が「黒人の命も大切だ」という差別撤廃運動を掲げる黒人からの事案も多いことがその難しさを物語っている。そこには差別の「被害者」が差別の「加害者」になるといういびつな社会構造が広がっている。

 しかも、米国だけではなく、欧州や中東などでもアジア系に対する差別や偏見が広がっている。フランス政府はアジア系住民への差別や憎悪がかつてなく強まっていると警告しているが、「アジア人狩り」などという物騒な言葉がネット上などで飛び交っている。世界各地で頻発するアジア人に対する差別や偏見。私たちが差別される側に立たされた今こそ、人間の奥底に潜むヘイト感情を見つめ直す時だと思う。

事務局(小林)2021/03/29 10:22:50

働くとは何か

2021年3月29日/執筆者:手島 純 教授(星槎大学・大学院)

▼働き方改革
 働き方改革に関する報道が減っている。コロナ禍で働き方そのものに変化が生じていて、改革の焦点が揺らいでいることもある。しかし、馘首・雇止めが進行していて、働き方改革以前の状況もあるのにどうしたことか。ホームワークが進む今だからこそ、働き方改革は推し進められなければならないはずだ。加えて、働き方改革は単に労働時間云々ではなく、働くことの意味とは何かということも射程にいれるべき時代だともいえる。
 しかし、新自由主義による格差社会の拡大に伴い、1%の人間が世界の富の半分以上を握っているとも言われ、富の配分は公平ではない。奴隷的な労働を強いられている人がいる一方、剰余価値やマネーゲームで大儲けする人もいる。働くということの意味が人によって異なってもきている。労働は人間の本質にかかわることである。働くことの意味を考えることは、人間の在り方への根源的問いであるはずだ。

▼私の労働体験
 私自身、「働くとは何か」ということを長く考えてきた。いや、「働くこと」を長く実践してきた。
 最初の仕事(アルバイト)はベルトコンベアの前であった。試供品の懐中電灯に電池を入れて蓋をするだけの単純労働である。朝の9時から午後5時までただひたすら電池を入れて蓋を回す。右手の親指と人差し指の間が赤く腫れあがる。夜もその仕事をしている夢を見る。寝ても覚めても仕事をしているようだ。チャップリンの映画「モダンタイムス」の世界である。
 大学時代は仕事をしないと生活ができなかった。ダンスホールのウエイター・映画館のもぎり・日雇い・ボイラー作業員・家庭教師・ダスキンマットの営業などをした。留年もしてしまい、とにかく仕事をということでチリ紙交換の仕事をしたが、まったく利益を上げられずに頓挫した。定収入がいいと思い、2トントラックで新聞の配送をした。これは10か月続いた。その後、大学を卒業して民間会社員、県立高校教員、大学非常勤講師と仕事は続き、今に至っている。
 日雇いの仕事をしているとき、「俺たちはこんな立派な家づくりの仕事をしているのだぞ」と言った労働者がいた。しかし、「そこに住むのは作った人ではなく、お金のある他人なのだけどな」と思ったことがある。ちょうどそのころマルクスの『経済学・哲学草稿』を読んでいて、「疎外された労働」という考え方に共鳴していた。そこには「労働が労働者の本質に属していないこと、そのため彼は自分の労働において肯定されないでかえって否定され、幸福と感ぜずにかえって不幸と感じ、・・・略・・・彼の肉体は消耗し、彼の精神は頽廃化するということにある」と記述されている。労働というものすべてを「疎外された労働」に一般化はできないとしても、現在でも労働の疎外はあるし「搾取」は行われている。
 現在、マルクスが見直されているが、初期マルクスの「疎外された労働」にも光が当てられるべきであろう。
 
▼働くことの意味
 働くということは何か。旧約聖書では善悪を知る木の実をとって食べたアダムに神は働く(地から食物を取る)苦しみを与えた。ギリシャ時代は哲学の黎明期ではあったが、働くのは奴隷であった。キリスト教では労働は「苦」として位置づけられたが、勤勉と倹約が重視された宗教改革は資本主義の誕生に大きく貢献した。近代に入り、アダム・スミスやリカードの労働価値説が主流になる。日本では労働のなかに仏法があるという考えが長くあった。
 さて、 AIの登場によって働くことの意味は変化してくるのだろうか。今後の教育の在り方を教示する中教審答申(2016年)には「子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く」「今後10年~20年程度で、半数近くの仕事が自動化される可能性が高い」などの予測にも触れている。そんな中でAIは働き方に関してどう位置づくのだろうか。

▼共生社会と労働
 先のマルクスは、人間(労働者)が食うことや飲むこと、さらにせいぜい住むことや着ることなどにおいてのみ、自発的に行動していると感じるにすぎないと言う(『経済学・哲学草稿』)。疎外された労働の下では労働が忌み嫌われ、労働していないときにのみ人間としての喜びを感じるのは、共生社会が目指す労働の在り方ではない。
 どのような働き方ができるかで共生社会の質が問われると思う。いくら理念がりっぱでも、そのために奴隷的な労働が強いられていたら、それは「共生社会」とは無縁の「強制社会」だ。自分の労働が疎外された労働になっていないか今一度問い直し、「働くとは何か」と自問するのは、人間存在への深いまなざしに通じると私は思う。

事務局(小林)2021/03/13 12:00:19

「米新政権の中東政策」

2021年3月12日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

◎人道支援に取り組め
 米国の中東政策がバイデン政権になって大きく転換した。際立っているのはイランとサウジアラビアに対する政策だ。
 中東が世界の火薬庫という不安定な状況は続いており、中でもサウジの軍事介入で戦火にあえぐイエメンの人道危機は深刻だ。
 バイデン大統領が地域の紛争の火消しに努め、本腰を入れて人道支援に取り組むよう求めたい。
 トランプ前政権はイランを敵視し、オバマ元政権がまとめた核合意から離脱し、両国の緊張を戦争の瀬戸際まで高めた。
 これに対し、早くから核合意復帰を明言していたバイデン氏は先月、イランとの対話を提案した。だが、イラン側が拒否し、対立は続いたままだ。
 イランが拒んだのはバイデン氏が復帰の条件として、イランがウラン濃縮などの合意破りを是正することが先決とした上で、弾道ミサイル開発の制限や地域の武装組織への支援中止も要求する考えを示したためだ。
 イラン側は一方的に離脱した米国がまず無条件に復帰し、制裁を解除するのが筋と主張しているが、その言い分には一定の合理性がある。しかし米世論や、議会にはイランに譲歩することに強い反発があり、バイデン氏にとっても無条件で復帰することには、政治的なリスクを伴い、難しい。
 ただ、経済の悪化でより困っているのはイラン側であり、いつまでも突っ張ってはいられない。
 バイデン政権にも、6月のイラン大統領選挙で反米の強硬派政権を誕生させないため、穏健なロウハニ政権に得点を稼がせたいとの思惑があり、両国が妥協点を探る余地はあるだろう。
 このイラン包囲網を築く際、トランプ前政権が同盟国として最も重視したのがサウジだ。特に同国を牛耳るムハンマド皇太子と親密な関係を築き、皇太子が主導したイエメン内戦への武力介入を支持し、軍事援助を続けた。 
 その結果、イエメンには世界最悪の人道危機が生まれることになった。国民の3分の1が飢餓の危機にあるという事態はもはや放置できない。
 バイデン氏は戦争に関わるサウジへの軍事支援を停止したほか、サウジ人反政府ジャーナリスト、カショギ氏殺害を「皇太子が承認した」とする米情報機関の報告書をあえて公表するなど、同国に厳しい姿勢を打ち出した。
 イエメン内戦が複雑なのはそもそも、その構図がイエメン暫定政府を援助するサウジと、反政府武装組織フーシ派を支援するイランとの「代理戦争」になっている点だが、バイデン政権がサウジへの軍事援助を停止したとしても、戦争が終わる見通しはない。
 それどころか、フーシ派は最近、サウジの石油施設へ攻撃を相次いで仕掛けるなど情勢は悪化している。こうした中では、イエメンの人道危機が緩和に向かうのは困難だ。。
 影響力が低下したとはいえ、米国の中東における軍事的、政治的なプレゼンスは群を抜いている。 バイデン大統領は地域の平和に向け、今こそ強力な指導力を示す時だ。

事務局(小林)2021/03/11 14:23:44

越後屋、お主も悪よのう
 ふふふふ、お代官様こそ


2021年3月10日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)
          
 「越後屋、お主も悪よのう」「ふふふふ、お代官様こそ」・・・。ところは向島・大川端の高級料亭の奥まった一室。1人前7両もするお座敷だ。見事に配された池や木々が薄暗い石灯籠の灯りにぼんやりと浮かび上がっている。川風に乗って華やいだ三味の音が流れてくる。
 最近の江戸庶民に人気の高い携帯電話なるものの販売権を越後屋が一手に差し渡される見返りに、所管のお代官様に饅頭の下にぎっしりしのばせた小判入りの菓子箱が送られたところだ。隣室には“ノーパンしゃぶしゃぶ”ならぬお代官饗応のため芸者衆が待機、密議の終わるのを待っている。

 300年の時空を飛び越えて現代。総務省を舞台にした官僚の接待疑惑はとどまるところを知らない。総務省ナンバーツーの谷脇康彦審議官ら幹部が菅義偉首相の長男が務めていた放送関連会社「東北新社」やNTTから何度も多額の接待を受けていた疑惑だ。

 すでに谷脇氏は更迭され、総務省の幹部当時に接待された山田真貴子・前内閣広報官は辞任した。だが、驚くべきは官僚たちの言い訳である。「接待主が利害関係者に当たるとは思わなかった」などという答弁は人一番、嗅覚の鋭い彼らにはあり得ない話だ。利害関係者と当然知っていて会ったのは明らかだろう。国民を馬鹿にした白々しい主張には腹立たしさを超えて、あきれ返ってしまう。
 「飲み会を絶対に断らない」ことをウリにしていたという山田前広報官の「東北新社」からの接待は1回で7万4千円と破格だった。なんのために豪華な食事を奢られると思っていたのか。業者は見返りが期待できなければ、接待など無駄なカネは使わない。小学生でも分かることだ。
 しかも谷脇氏はNTT社長らからの接待で3回にわたり17万円を超える接待を受けていたが、割り勘分の5千円を払ったなどと述べ、応分の負担をしたことを強調している。どこの世界で、これが応分の負担と言うのか、本人に聞いてみたい。

 旧大蔵省の“ノーパンしゃぶしゃぶ”汚職事件の後、国家公務員倫理法ができ、官僚の利害関係者からの接待には厳しい規制がかけられたはずであった。しかし、今回浮き彫りになった官僚たちの接待漬けは同法がいかに形骸化しているかの証左であろう。何度も言うが、「越後屋」は見返りなしに「お代官様」を接待はしないのだ。

 もう1つ、今回の一連の接待事件で看過できないのは権力の影がまとわりついていることだ。言うまでもなく菅総理の影である。谷脇氏は総務省に強い権力基盤を持っている総理のいわば「懐刀的な存在」だったという。こうした谷脇氏らが総理の長男から接待の誘いを受けた時、総理との関係の損得勘定が頭に浮かんだだろうことは想像に難くない。

 安倍晋三前首相時代に明るみに出た森友学園、加計学園問題や桜を見る会疑惑はうやむやのうちに葬られた格好だが、菅政権はそうしたモヤモヤ感を払拭できないまま、コロナ禍に十分対応し切れていない。総理には政界の“黒子”からいきなり表舞台に立たされた戸惑いと、宰相としての能力の限界を感じてしまうのは私だけだろうか。「越後屋」と「お代官様」の構図はロッキード事件やリクルート事件といった疑獄を生んだ。菅政権が今、接待疑惑の膿を出しきらないと、より大きな不正につながる恐れがあるのではないか。

 かつて官僚らには日本を立派な国にするためという、自らの仕事に対する矜持と自負があった。明治維新に遡るまでもなく、名著「官僚たちの夏」に活写される高度成長期時代の官僚たちには国家を背負うという気概があったように思う。それが、官邸に人事を握られて以来、官僚たちは牙を抜かれ、総理や官房長官らに尻尾を振る情けない存在になってしまった。

 「やいやい、国家公務員倫理法に反しているとは思わなかっただって。がたがたぬかすな、この金さんの桜吹雪がすべてお見通しなんだい」(北町奉行・遠山金四郎)
 「民百姓の範になるべきお役にありながら、ご政道を歪めるとは許し難い、成敗!」(暴れん坊将軍・モデル徳川吉宗)
 「てめえらのような悪党はこの鬼の平蔵の目の黒いうちは許さねえんだよ」(火付盗賊改方長官・長谷川平蔵)
 
 このうちの1人でも現代に蘇り、世の中の不正を正してくれないか。そう思うこの頃であるが、今、3人の代わりにその役割を果たすのはメディアをおいて他にないだろう。あらためてジャーナリズム、メディアが強くならなければと思う。

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