ーー星槎ジャーナルとはーー
 星槎ジャーナルでは、世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマに、星槎の理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし広く発信していきます。


ーー「星槎ジャーナル」のスタートについてーー
 このたび、大学大学院のホームページに「ジャーナル」を立ち上げ、スタートさせていただくことになりました。
 世の中の出来事や入り組んだ国際問題、複雑な人間模様など政治、経済、社会、教育、文化、科学、環境、スポーツなど森羅万象をテーマにの理念やジャーナリズムの視点から解きほぐし、学内外に発信していこうという試みです。

 過日、「ジャーナル編集委員会」(編集長佐々木)の第1回会合を開催し、取りあえず走り出すことにしました。走りながら考えるのか、という叱責をいただきそうですが、グループの広報の一助になればとも思っております。
 ジャーナル第1号は「わが身を見つめ直す時に転換しようコロナ禍、デマに惑わされるな」(佐々木執筆)を掲載しました。ちょっと長めですが、コロナ禍の中で、デマやフェイクニュースにどう対応したらいいのか、というのがテーマです。
 星槎グループ教職員の投稿を歓迎します。掲載に当たっては編集委員会の内規に従って決めさせていただきます。また編集委員会から執筆をお願いすることもあろうかと思いますので、前向きにご検討ください。

 「ジャーナル」に掲載する原稿につきましては、テーマを問いませんが、結果として、内容がの3つの約束などの理念につながったり、想起させたりするものであれば、一層歓迎したく思います。ジャンルはシリアスなものでも、エッセイでも、国際交流記や旅行ルポでもなんでもござれです。楽しく、ためになり、タイムリーという3つの「T」が原稿の1つの目安です。

 原稿の長さは400字詰め原稿用紙換算で1枚から10枚程度までと考えていますが、厳格には規定しておりません。掲載の頻度については不定期としてスタートします。

ジャーナル編集長 佐々木 伸
 

星槎ジャーナルー記事一覧

星槎ジャーナル[根記事一覧]
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事務局(小林)2021/02/17 12:09:03

メディア時評
「新しい生活様式」が怖い!?

2021年2月16日/執筆者:山口道宏 教授(星槎大学 共生科学部)

 「ハグ、ハイタッチ、握手もいけません」もまた、国境を超えた。
 「----2歳の子がマスクですから」と公園の砂場で子どもを見やる若いママがぽつりとそういった。どうやら幼児にまで「マスク文化」が定着したらしく、だれもが複雑な思いで「新しい生活様式」の始まりを知った。100歳の爺もマスクをするから、いまや一億総マスクの時代。国は「ウィルスと共生する社会」と言い放ったなら、大人は子どもにどう諭したらいいのか。
 「仲良くおててつないで」「お話をいっぱいしましょうね」から「てはつながないこと」「ゴハンのときも黙ってね」は、将来の語り草になるかもしれない。

 「新しい生活様式」が話題だ。ジャーナリストの斎藤貴男はこう書いている。「私は新型コロナウィルスよりも、これによって導かれる新しい生活様式のほうが恐ろしい。とめどなく肥大化していく権力、草の根から湧き溢れてくる「自主警察」。インターネットを駆使できない者は生存権さえ否定される時代にされてしまった。安全性が確認されていないワクチンの強制接種も時間の問題だ。だが人間は、政治権力と巨大IT資本に都合よく操られるだけの生き物では断じてない。私は徹底的に抗う」(2020.8日本ペンクラブ)。

 「ステイホームだ」という。ひとにとって外出は「必要な営み」だけに潜在的な孤立感、喪失感は大きい。生活の質の低下は計り知れず、「外出自粛」が長引けば恐怖は感染ばかりでなくそれ以外の死者数も増加しているから、いやはや滅入る。
 突然のくも膜下出血、心筋梗塞、脳梗塞をはじめ高血圧、高脂血症、糖尿病など基礎疾患を有するひとへの影響は大きい。
 「コロナ関連死」とはコロナ感染以外の死者を指すが、地震発生後に発生した二次被害を思い起こすと理解が早い。それは、政府が主導する「ステイホーム」と「テレワーク」に特徴づけられる「生活様式」の変化が人間の健康に悪影響を及ぼす、と伝えるレポ―ト(『選択』2020.8 コロナ関連死 米国医師会雑誌 JAMA)も登場するから気が気でない。
 食べ過ぎ、座り過ぎ、運動不足にみる「コロナ肥り」「筋力低下」に、加えてアルコール依存、受診控え、検診遅滞など指摘される。長期になればその様相は剣が峰に立つ。一向に終息の目途がないところでPCR検査は「劣等国」のまま、手応えの成否をみることなく「新しい生活様式」の同調を鼓舞するだけに、感染よりもそのリスクが刻まれないか。

 施設長は一計を案じた。「嫌がるんですけど、つけてもらっています」と、認知症利用者が間違わないようにマスクに名前を書いていると話す。
 「生活様式」は福祉文化そのものゆえに大きな関心事だ。「新しい生活様式」にぬくもりはあるのか、癒しはあるのか。ひとは新しい人災に馴れるのか、それとも新たな分断が生まれるのか。

 感染防止に「外出自粛」や「休業要請」は、ひとのこころにどんな影響を与えるのか、コロナ禍のメンタルヘルスが気にかかる。山脇成人(日本脳科学関連学会連合前代表)は、次のように警鐘を鳴らした。「もともと新型コロナ前から、うつ病患者は127万人と急増しており、その予備軍は膨大な数に上る。今回の長期化するコロナ禍は、感染恐怖、外出自粛、失業など経済不安による慢性ストレスを引き起こし、水面下の膨大なうつ病予備軍を一気に発症させることが容易に予測される。さらに、減少傾向にあった自殺者数の再急増が懸念される」(2020.7.16毎日新聞)
 非日常が日常になったとき、案の定こころも身体も後遺症が尾を引き、不安のなかでひとは状態像として孤立の日々という図式が垣間みえてくる。被害は社会的弱者をじわりじわりと襲う。こころを病むことと貧困との関係性は根強く、所得格差が健康格差を導くだけに、とっくに「自助、共助、公助」が白々しい。

事務局(小林)2021/02/17 12:06:17

メディア時評
「トリアージ」という名の「生命の選択」は正義か。

2021年2月16日/執筆者:山口道宏 教授(星槎大学 共生科学部)

 東京・田中杉並区長の発言が波紋をよんでいる。
 コロナ治療で崩壊する地域医療を前に「トリアージは医療現場に押し付けず東京都がガイドラインを作るべき」 と田中良杉並区長が小池百合子都知事に申し入れた(2021年1月8日) という。保健所はバンク状態、やむなく「自宅療養」は増え「隔離」も「入院」にも至らない悲惨な実態を目のあたりにして、区長として、都知事から国に「積極的な感染症対策」の働きかけを求めたことのようだが、どうか!?
 苦渋の申し入れも、医療資源の限界を理由に「生命の選択」を知事の決定でされたい、と迫ったかのように伝えられる。
 つまりは発言の趣旨そのものが「-----トリアージの決定は医師か都知事か」?? であったなら、前提となるは「生命の選択」 ありき! で、当然ながら不安を増幅した杉並区民は存在する。

 こんな投稿記事がある。
 「------既に舩後靖彦参議院議員が批判している。「高齢者や難病患者の方々が人工呼吸器を若者などに譲ることを「正しい」とする風潮は、「生産性のない人には装着すべきではない」という、 障害者差別を理論的に正当化する優生思想につながりかねません。今、まず検討されるべきことは、「誰に呼吸器を付けるのか」という判断ではなく、必要な人に届けられる体制を整備することです」(「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「命の選別」への声明」 2020年4月13日)。これに対しては現実に不足している場合の回答にはならないとの反論が予想される。命の選別は現実に起きている問題である。新型コロナウイルスに感染し、入院する必要があっても、病床の都合で入院できない人が増えている」 (以上 林田医療裁判 杉並区長の命の選別の問題 2021.1.16より)

 とうとう我が国でも医療現場の混迷に「トリアージ」という言葉が躍った。
 災害医療の現場で患者の重症度に応じ医療・治療の優先度を決定すると解されるも、その「選別」は「医療資源は有限だから」を理由にする。つまり医療の需給バランスから需要を縮小、抑制する働きにもなり、そこでの線引きは不幸にも感染した患者(家族)に対し、医療者が「医療の中断」を迫るから、医療に辿り着きたいものには、医療からの排除になる。
  
 むしろ問題の根源は、ゆとりなき医療資源のまま放置した(する)国策にあった。 
 また医師には医師法で「応召義務」が課せられ、原則として患者選びはしてはならないという生命倫理、医師の職業倫理がある。
 感染症は高齢者や既往症をもつひとほど危険とされる。患者に認知症があったら、ひとり暮らしだったら、周囲への気兼ねなどないか、懸念は拡がる。当事者の意思表示が十分でなかったら、その誘導はますます<棄老の第一歩>とよぶに相応しい。
 「---生命の選択もやむをえない」を意味するそれは優性思想と通底している。「感染」「障害」「終末期」を理由に、我が国でも「ハンセン病」「旧優生保護法」「安楽死」など、ひとの生命倫理に関わる論争では、医療が国策のもと殺人の実行犯になった歴史が甦る。
 「トリアージ」とは「コロナ」を利用した姥捨てなのか。

 「コロナ」による医療崩壊で搬送困難事例が増えている。1月11日から17日の1週間で全国3.317件は前年比2倍以上という(総務省)。搬送拒否でやむなく自宅で、介護施設で「療養」というケースも多く「助かる命も助からない事態」(医師)になった。
 ある特養の施設長(都内)は、深いため息を吐くと、
 「とても気の毒でした。持病もあった方でしたが最後まで入院先が見つからなくて。施設内に留まるしかなくて。体調をくずした3日後にお亡くなりになりました。無念だったでしょう。もの静かな80代の男性でした」

事務局(小林)2021/02/07 09:54:18

「バイデン外交始動」

2021年2月5日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

対中関係改善を目指せ
 バイデン米大統領が4日の外交方針演説で、「同盟関係を修復し、世界に再び関与していく」と宣言したことを支持したい。
 米国第一主義を掲げ、同盟国を軽視したトランプ前政権と決別し、米国が国際舞台で指導力を発揮していく姿勢をあらためて打ち出したからだ。
 特にバイデン氏が「最も重要な競争相手」である中国との関係について、条件付きで「協力する用意がある」と明言したことは関係改善に前向きな姿勢を示したものとして歓迎する。
 バイデン政権が発足してから2週間余り。バイデン氏は大統領令を連発して前政権の政策を否定し、政権交代を国民に強く印象付けてきた。
 バイデン氏の外交の基本的な方針は第一に、孤立主義に傾斜した前政権から脱却し、同盟国と連携した国際協調を重視していくということだ。温暖化防止の国際的な枠組み「パリ協定」へ早々に復帰したのも、その決意を示したかったからだろう。
 第二に、ロシアのプーチン大統領らの独裁的手法を認めたトランプ氏とは異なり、世界の民主勢力の強化を目指すという点だ。民主主義や人権といった伝統的な米国の価値観外交への回帰とも言えよう。
 バイデン氏が外交方針の中で、中国やロシアのような「専制主義」下での人権侵害を容認しない考えを示したのはこうした観点からだ。ロシアに対しては、拘束された反体制指導者ナワリヌイ氏の即時釈放を要求、クーデターを起こしたミャンマー国軍には「責任を取らせる」と警告した。
 同氏はこの路線に基づき、年内に「世界民主主義サミット」開催を計画しており、中国やロシアの反発を招く恐れもある。
 新政権にとって、喫緊の外交課題は何といっても中国との関係改善だ。
 米中関係は前政権による「どう喝と制裁」政策により、「新冷戦」というレベルにまで険悪化した。同氏は外交方針で、人権侵害の他、中国の知的財産窃取などを厳しく批判しており、当面は貿易分野を中心に対立が続く見通しが強い。
 だが、バイデン氏は「米国の国益にかなうのであれば協力する用意がある」と踏み込み、関係改善にシグナルを送った。今後新型コロナウイルス対策や気候変動問題などで両国の対話が促進する可能性が出てきたと言える。
 菅義偉首相はすでにバイデン氏と電話会談し、沖縄県・尖閣諸島が日米安保条約の適用対象であることなどを確認した。 
 同氏は日本を「最も近い友人」の1人としており、菅首相がこれに応え、米中関係改善を側面支援するよう求めたい。

事務局(小林)2021/01/29 16:21:58

編集日記: 菅さん 大丈夫ですか

2021年1月29日/執筆者:坂田映子 教授(星槎大学 共生科学部)

 古い『広辞苑』で「任す」を調べると、まかすは「任す」「委す」であって、第一の意味は、「そのもののするがままにしておく」であり、例として源氏玉髪の巻「行く先も見えぬ波路に船出して風にまかする身こそ浮きたれ」が引かれている。第二の意味は「他のなすままに委ねる」で源氏竹河の「生き死にを君にまかする我が身とならば」が引かれている。第一は「風にまかす」、第二は「君に任す」であるが、いずれも他に任すである。任せて後悔もし、失望もし、裏切られた経験が「まかす」という言葉の背後にあるようだ。
 最近公表された新政府支持率に対する2つの世論調査では、支持率より不支持率が上回り、新型コロナウイルス対策の遅れから、新政府への風当たりは強い。
 菅さん、大丈夫ですか。
                             
▼心折れるコロナダメージ
 菅首相は、著書『政治家の覚悟』(菅義偉 2012.03)で、当時の民主党に対し、「日本を弱体な国家にするわけにはいかない、震災の復旧・復興は時間との戦いであり、何よりもスピードが要求される。政府は、すべてにおいて、後手後手に回り、処理能力のなさをさらけ出している」と書いている。あれから9年、菅さんは、内閣総理大臣に就任した。コロナウイルス最前線で、国民の健康と安全と守るという厳しい状況下、メディア、政治専門家などからは、対応が「後手だ、遅すぎる、危機管理がなっちゃない」などと酷評されている。9年前の民主党政権の混乱ぶりを髣髴とさせる。
 2020年1月から8か月、コロナ禍対策に立ち向かい、総理大臣就任時にも、新型コロナウイルス感染症対策を第一に挙げた。慎重な状況判断の下、緊急事態宣言に至ったものと考えていたが、いつもの毅然とした強い表情は見えなかった。それほど打ちのめされるような事実とは何だったのか。

 新型コロナウイルス関連倒産の発生累計件数は、全国に903件が判明(TDB調査20210118 )した。東京商工リサーチによれば、2021年1月現在、8393件であり、負債総額は、48%増の1288億円に膨らんでいるという。大失業時代に入ったのだ。コロナ禍の自殺者は、年間累計、昨年11月までに19101人、前年度、18,675人を上回る。要因には、新型コロナの影響が長期化し、その経済的しわ寄せが、特に女性に表れているという(NHKと労働政策研究・研修機構が行ったアンケート調査)。1月現在、20,000人を超えている。医療現場では感染者受け入れが限界に来たという報道も加速中だ。
 緊急事態宣言下では、それらに見合う補償、特措法も不十分であり、いわば、体制整備をしながら宣言をするという形をとらざるを得なかったようだ。早い時期に発出できなかったのは、これらの課題の山積と経済を回さなければ多くのコロナ倒産者、自殺者を出し、日本は潰れるといった危機感によるものであったことは容易にうかがえた。

 だが、この危機的状況にあって政府の感染症対策は誤った方向に向かった。その一例として菅首相が、瀕死の地方経済を回すため「GO Toトラベル」にこだわったことだ。これにより感染拡大を招いたことを分科会専門家に責任転嫁したことは、誠に不誠実であったとしかいいようがない。支持率が下がり、持ちこたえられなくなって一時停止にしたが、「反論が強ければやめる人だ」と、国民の信頼を瞬く間に失っていった。
 首相が失敗を認め、批判に耐えて方針を修正していく姿勢を見せれば、まだ、国民の信頼を取り戻すことができはずだったが、問題は次々に多発した。
 1月、首都圏の首長の要請もあり、緊急事態宣言を発令したが、これも判断が遅かった。発令は年末年始前に行うべきだった。スピード感がモットーの菅首相が「動けなかった」「動かせなかった」「回せなかった」のだ。組織の機能不全が起きた。外国メディアからの「菅首相は行動が遅すぎた」という論評も、痛手であったことには、察するに余りある。

▼棒読みの裏側
 施政方針演説が棒読みだとの指摘がある。もともと言葉による政治家でなく行動で示す人であると認識していたが、そこには官僚を大事にする故ではないかと思えるふしがある。
 菅首相は、かつて、官僚は、法を根拠としてこれを盾に行動する。おそろしく保守的で融通がきかないが、優秀で勉強家であり、海外の状況を含めて組織に蓄積された膨大な情報に精通している。説明の天才でもある。しばしば説明の中に自分たちの希望を忍び込ませるからそれを見抜く力が必要と述べた。

 筆者の拙い行政経験から言えば、政治家の会見原稿や、答弁書を書く担当者は、何日も前から案を練る。2、3回程度は、それらの原稿の骨子、読み原稿の勉強会を開き、会見に臨む首長と綿密な打ち合わせをする。関係者は、その案文を共有する。こと、コロナ禍のように日々刻々情報が変わっていく場合は、日々読み原稿の修正がなされたはずだ。国会や市会を見ていればわかるように、皆、読み原稿を持ち、予定通りに読み上げていく、読み原稿には、挨拶も含め、丁寧語で伝達すべき必要事項だけが書かれてある。読み手は読みづらいと思えば、言い間違いもし、時には、原稿を飛ばして自分の言葉で話すこともある。
 政府官僚は、訓練されているので、読み原稿に必要事項を落とすことはない。菅首相と官僚の読み原稿の打ち合わせが十分でなかったことや、膨大な量の原稿を読み通す時間もなかったために、国民に向かって訴えるという目的を達していなかったと考えられる。
 官僚から言えば、まずは施策を漏れなく安全に淡々と伝えてくれればよいという思惑がある。その証拠に、読み間違いがあっても、政府は「漏れはない」という立場を示す。これは内部の見えない暗黙の了解である。菅首相は、官僚に「任」せている。「まかす」という伝統に則っている。何か不協和音を感じる。
 
 菅首相は、読み原稿を棒読みし、最低限しか話さないということでは立ち行かなくなった。感染拡大を徹底して抑える緊急時に、リーダーとしてどうするかの説明が決定的に不足していた。多くの論戦の場で、こう言われたらこう返してやるという戦闘意欲をもち、きちんと説明していかなければ、国民はどんどん失望していくばかりだ。棒読みしている間にも、医療の最前線ではオーバーフローが始まっている。「必要な方に必要な医療を提供する」と言った限りは、現状や課題、どんな手を打っているかなど、国民に語らなければならない。

▼任せず自分の言葉で
 最近、「官房長官の時よりプレッシャーが100倍ある」と地元横浜の支援者に語っている。軽々しくは言えないが、地元横浜を含める国民は、新型コロナウイルスについて勉強してきている。「1億総評論家」として政府の対応を厳しく見ている。点数は当然辛くなろう。
 これから、ワクチン接種の供給体制、東京オリンピック・パラリンピック開催への最終決断など、難問が目白押しだ。判断を誤まれば、支持率どころか、政権も危うくなる。世界からのバッシングも待ち構えている。
 起死回生なるかどうかは、国民を守ろうとする力強い言葉と誠実な対応にかかっている。これ以上、国民に不安を生じさせないよう、自ら真摯な姿勢で情報発信に努めてもらいたい。
 どうか、国民に恵みの風を吹かせられますように。

事務局(小林)2021/01/23 23:36:15

「米新政権発足」

2021年1月21日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

世界を再びけん引せよ
 米国のバイデン新政権が発足した。トランプ前大統領が選挙の敗北を最後まで認めず、議会襲撃事件など政治的混乱を経た上での誕生だ。
 新政権の最重要テーマの一つはバイデン氏が就任演説で訴えたように、分断深まる社会の「融和」と「結束」であるのは間違いない。
 だが、課題は内政面だけではない。前政権の「米国第一主義」で打撃を受けた世界秩序の回復も急務だ。新大統領には、超大国の指導者として世界を再びけん引していくよう強く求めたい。
 新政権が直面している危機として挙げているのはコロナ禍、経済の悪化、気候変動、人種問題の4つだ。バイデン氏は最初の10日間に大統領令を相次いで出し、前政権の「負の遺産」からの転換を印象付けたい考えだ。
 同氏は早くも就任直後、連邦政府庁舎でのマスクの義務化、地球温暖化対策の枠組み「パリ協定」への復帰などの大統領令に署名した。
 新政権の喫緊の課題はコロナ禍対策だ。米国の感染者は2千4百万人、死者は40万人を超え、世界最悪の状況だ。トランプ氏が経済を優先、科学者の助言を軽視し、対応が後手に回ったことが大きな要因だ。
 バイデン氏はすでに大規模な追加経済対策案を議会に提出、今後もコロナ対策の関連物資調達の強化や、「100日間で一億人へのワクチン接種」などを実施する計画だ。
 同氏はこうした政策を打ち出しながら、徐々にトランプ支持派との溝を埋めていきたい意向だが、国を二分する対立の解消は一朝一夕では実現しない。上院ではトランプ氏の弾劾裁判も行われる予定で、分断がさらに広がりかねない。
 外交分野で新大統領に望みたいのは、トランプ氏の「米国第一主義」で揺れ動いた国際秩序を立て直すため、強いイニシアチブで世界を引っ張ってほしいということだ。
 同氏は自国の損得を最優先にし、同盟国を軽視した上、「パリ協定」やイラン核合意、世界保健機関(WHO)などからの離脱を宣言して孤立主義に傾斜、米国の国際的な地位の低下を招いた。
 バイデン氏は就任演説で「同盟関係を修復し、世界に再び関与する」として国際協調路線への転換を明らかにしており、極度に悪化した米中関係の改善などに期待したい。
 容認し難いのは、前政権がキューバをテロ支援国家に再指定したように、土壇場でバイデン政権の外交に足かせをはめる決定を行ったことだろう。 
 新政権の閣僚の承認を担う上院は同氏が国際的な指導力を発揮できるよう、速やかに審議を進め、バイデンチームの船出に協力すべきだ。




事務局(小林)2021/01/12 19:21:18

「危機管理」として問い直す「緊急事態宣言2020~21」           

2021年1月12日/執筆者:今津 孝次郎 教授(星槎大学大学院教育学研究科 博士後期課程 )

●「危機」と「危機意識」
 新型コロナウィルス感染防止対策について「危機管理」面から触れられることがあるが、断片的な議論に止まりがちである。そこで、個人レベルから家族や学校・企業さらに国家に至るまで広範囲に適用されるこの用語の意味を明確にしたうえで、政府による「緊急事態宣言2020~21」の発出について「危機管理」として問い直したい。
 先ず「危機crisis」とは「何らかの秩序の激しい動揺」である。crisisとは古くは病理学の用語「クリシス分利」で、高熱がその後に良くなるか悪くなるかの「岐路」を指す。日常語で「危機」と言うと悪いイメージで不安を感じさせるニュアンスが強いが、「秩序が変化する分岐点」と客観的に理解するのが精確である。とはいえコロナ禍による生活の秩序変化は、恐怖や不安を覚えがちである。これまで人類が毎回大きな被害を被ってきた感染症(天然痘・コレラ・結核・スペイン風邪など)の一つであり、しかも未知の新型ウィルスだけに、生活秩序の激しい変化に戸惑う以上に、古来から人間の心の奥底に潜んできた感染症への恐怖心が頭をもたげてくる。その恐怖心ゆえに、感染者と感染者に接する医療従事者が排除・差別されやすくなる。
 「危機」はあくまで統計・調査データで客観的に示される変化の仕組みであり、最近ではビッグデータ解析に基づくシミュレーションによって将来予測も可能になった。ところが、人間は基本的に生活の安定を求めるから、主観的な「危機意識」を持つだけに多様で複雑な態度が生じる。この意識を「認知」と「対処行動」という別個の側面ごとに捉えてみよう。そうすると以下の多様な態度が挙げられる。
 「認知」面では、ⓐ十分に認める、ⓑ少し認める、Ⓒ認めない。「対処行動」面では、①全面的に行動する、②部分的に行動する、③行動しない。態度が複雑というのは、「十分に認める」ゆえに「全面的に行動する」とは限らず、「行動しない」こともありうる。他の態度の組み合わせも同様である。パンデミックに対して要請されるのは当然ⓐと①であろう。ただ、日頃の生活秩序をそのまま継続して心理的安定を求めるなら、Ⓒと③が好都合であり、秩序の変化が大きくなればⓑと②そしてⓐと①へと移行するだろう。よく「危機感がない」とか「危機意識に欠ける」と評されるのは、認知Ⓒのことか、対処行動③のことか、あるいは両者の場合か、いずれも当てはまるだろう。また、こんな場合もある。「感染防止と経済活動のバランスを取る」ことが、2020年春のいわゆる第1波以後にしきりに主張されるようになった。そこで経済を重視するなら、客観的な「危機」が拡大していても、Ⓒと③あるいはⓑと②で対処するというように。要するに「危機」の克服を左右するのは「危機意識」のさまざまな在り様と関わるのである。さらに別の例を挙げるなら、何らかの深刻な不祥事を生じた企業が、認知ⓐと対処行動①で秩序の動揺に真正面から向き合うか、それともⒸと③で隠蔽または逃避するかによって、その企業が再建に向かうか倒産に向かうかが分かれてくる。

●「危機管理」の2局面
 組織が直面した危機の克服方策として二つの局面がある、と組織の「危機管理」研究で提起されてきた。組織の安定を揺るがす深刻な事態が生じた直後の対処としての「クライシス・マネジメント」局面と、深刻な事態の発生に備えるための、または発生を予防するための「リスク・マネジメント」局面である。リスクの用語を正しく理解しておこう。脅威の具体的現実である「危険danger」とは違って、日常生活の不確実性から生じ得る危害や損失の発生可能性の割合を示すのが「リスクrisk」であり、「危険」はゼロに(除去)出来ても確率を示す「リスク」はゼロにならない。ところが、異なる二つの局面を同じ「危機管理」と混同するものだから、「危機」も「危機意識」も乱雑な捉え方になって、現実には危機の克服に向かえないことになる。
 第1波に関する政府の諸対策について、独立したシンクタンク「新型コロナ対応・民間臨時調査会」が詳細な検証をおこなった結果、「場当たり的な判断の積み重ねであった」と結論づけた。たしかに安倍前政権の対応は組織的というよりも個人的で恣意的な判断による施策が目立った。あえて性格づけをすれば、認知ⓑ、対処行動①となろうか。つまり、秩序の動揺に関する理解が不十分なまま、国民に自粛を求めて生活を一斉にストップさせる「緊急事態宣言」を2020年4月に7都府県さらに全国に発出したのである。日本は台湾や韓国などと違ってサーズやマーズの経験もなく、近年は公衆衛生政策で感染症を軽視してきたために、政府が右往左往せざるをえなかったとしても、その対処は一貫し体系立った「クライシス・マネジメント」として形成されてもいなかったと言える。
 ところが、国民への自粛要請が意外と円滑に運び、それなりに抑え込めたので、「日本モデルだ」などと自慢して、政府は安心してしまったきらいがある。この第1波の対応から浮かび上がった課題は多い。PCR検査体制、医療機関や保健所の態勢整備、新型コロナウィルス対応特別措置法改正、ワクチン国内開発、など。これらの諸課題を早急に達成することが要請されていた。専門家も第1波が弱まった後で「秋・冬こそさらに大きく流行するから今から備えを」と何度も警告を発していた。まさに「リスク・マネジメント」の提言にほかならない。
 しかし安心しきったせいか、第2波を経て第3波の始まりに至る約6ケ月間、そうした取り組みはほとんど見られず、むしろGoToトラベル・GoToイートの開始である。これらは本来「コロナ終息後の経済底上げ政策」という趣旨だったから、本来とは違う誤りのスタートとなった。経済の回復に力点を置く菅首相が強力に推進しながらも、途中で止めざるをえなくなったのは当然の帰結である。第2波から第3波へ向かう時期の政権の対応が「後手、後手だ」と批判されたのは、「リスク・マネジメント」の発想とその取り組みがまったく無いに等しかったからである。
 その証拠に、2021年1月8日に一都三県を対象にした「緊急事態宣言」の再発出である。同宣言は感染爆発予防が目的のはずなのに、感染爆発に近づいたから発出してもどれだけ効果があるだろうか。本来なら2020年12月に西村担当大臣が「勝負の3週間」と呼んだ時に発出すべきで、明らかに1ケ月手遅れとなった。通常医療が受けられなくなることに示される医療崩壊が生じている状況下で、局面違いの「クライシス・マネジメント」に拠ったとしても、ウィルス相手では対策が空回りとなり、感染拡大はさらに進むだろう。宣言期限は2月7日までだが、この1ケ月間で感染抑止が達成できるはずはない。おそらく暖かくなる3月下旬くらいまでかかるのではないだろうか。再発出宣言では経済になお配慮するためか、夜の「飲食時短」を「急所」にして、かなり限定的な制約措置が政府の方針である。しかし、専門家が異口同音に言うように、「飲食時短」だけでは効果は薄く、総合的に強い制約をかけないと収束には向かわないだろう。しかも、GoToトラベルやGoToイートをあれだけ強調していた菅首相が、ここにきて手のひらを返したように、夜の飲食を控えるようにと訴えても、そのメッセ―ジ性はきわめて弱い。国民の多くは不信感しか抱かず、第1波のときのように従う人は減少するに違いない。

●「危機介入」におけるリーダーとフォロワー
 生活秩序の激しい変化に直面して、状況が分からず今後の展望も得られない人々が抱く不安を緩和し問題解決を援助する実践は「介入intervention」と呼ばれ、危機管理にとって重要な取り組みである。コロナ禍の対処としてリーダーのメッセージ性がよく話題になる。国民に生活行動変容を要請せねばならないからである。国家レベルでの広い「介入」の一つと捉えてよい。そこで、「リーダーのメッセージ性」について改めて検討しよう。論点は二つ、リーダーの役割は何か、メッセージ性とは何か、である。
 一般にリーダーとは、強力な主張によって集団ないし組織を牽引する役割(リーダーシップ)だと考えがちだが、それは上滑りの部分的理解である。なぜならリーダーの下にいる多くのメンバーの存在を視野に入れておらず、牽引の方向と内容をいかにメンバーに伝えるかというコミュニケーションの側面をおざなりにしているからである。リーダーの役割を再定義すれば、リーダーの方針を理解し共鳴して、リーダーに自発的に従うフォロワーを創ることであり、そのために両者間に信頼関係を築くことにほかならない。
 2021年1月6日に日本医師会の中川会長の定例記者会見があり、いつものように詳細に誠実で説得的な心に響くメッセージが発せられた。「緊急事態宣言の意義は大きい」と医療崩壊を前にする病院と医師の立場から、宣言の再発出を歓迎しながらも「4人以下の会食なら感染しないと考えることは間違いです」と噛んで含めるように説き、「国会議員の皆さん、夜の会食はすべて取り止められたい、国民に範を示してほしい」と語調を強めて国会議員に注文を出した。
 翌7日には菅首相の記者会見があった。感染拡大が止まらないので緊急事態宣言を再発出するとの説明があり、国民へ感染防止マナーを守るお願いが述べられたが、宣言解除の基準や、1ケ月で終わるのかどうかについての詳しい説明は無かった。首相の会見は形式的で事務的な感じが強く、宣言の再発出は考えていないと年末に発言したばかりなのに急に方針転換したことの説得性に乏しく、「国民の命と健康、生活を守るために」という言葉も空疎な響きがして、あまり心に響かなかった。中川会長とは対照的な印象であった。
 「メッセージ性」とは、単なる伝達や通信を意味するのではなくて、発信者の覚悟や決断、信念に基づく心からの声と、詳細な情報開示から伝わってくる誠実性と信頼性を受信者が感じ取り、このリーダーに従うフォロワーになる(フォロワーシップ)と判断できるような内容とプレゼンテーション方法を意味していると思われる。そこにリーダーとフォロワーの関係がはじめて成立し、危機管理が真に実現していくのではないか、と考える。

事務局(小林)2021/01/11 14:13:38

トランプ氏、屈辱の“敗北宣言”議会占拠の扇動批判で保身か

2021年1月10日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

 トランプ大統領は1月7日、動画による短い声明で「20日には新政権ができる。円滑な政権移行に傾注する」と述べ、これまで拒否し続けてきた“敗北宣言”に踏み切った。大統領の扇動で支持者らが議会を占拠した事件では、罷免や弾劾の可能性が取り沙汰されており、バイデン次期大統領の勝利を認めることで、政治的な苦境からの「逃げ切り」と「保身」を図ったと見られている。

▼「議会史に残る暗黒の日」とペンス副大統領
 6日に発生したトランプ氏支持者らの議会占拠については、「米英戦争時の1814年8月に英軍が議会に侵入して以来の暴挙」(米連邦議員)といわれるほどの衝撃だった。議会は米民主主義の象徴であり、それだけに社会全体からの反発も強い。

 バイデン氏は「民主主義や法の支配への攻撃だ。議会に侵入した者たちはデモ隊ではなく、反乱者、テロリストだ」と述べ、「トランプ大統領が煽った」と非難した。米議会で7日未明、バイデン氏の大統領選勝利を最終的に宣言したペンス副大統領も「暴力は勝利しない。議会史上に残る暗黒の日だ」と暗に大統領を批判した。大統領との“決別”が決定的になったとの見方が強い。

 米メディアによると、今回の事件に対しては、民主党だけではなく、共和党からも厳しい声が上がっている。かねてより大統領に批判的なロムニー上院議員が「事件は大統領により扇動された反乱だ」と非難したのを始め、「これはクーデター未遂だ。大統領のレガシーは酷いものになるだろう」(キンジンガー下院議員)、「分断を煽ってきたトランプ氏の醜悪なやり方の結果だ」(サス上院議員)といった具合だ。
 
 暴徒と化したトランプ支持者らによる議会襲撃はバイデン氏の勝利への異議申し立ての審議中に発生したが、この事件でバイデン氏当選に反対を表明していた共和党のロジャーズ下院議員ら何人かが反対を取りやめ、バイデン氏の当選に賛同する側に回った。それでもなお、共和党の140人弱の下院議員がバイデン氏当選に反対を表明したのは同党がいかに“トランプ党化”しているかを浮き彫りにしたものだろう。

 議会が「民主主義の砦」という誇りを持っている民主党のペロシ下院議長は怒り心頭だ。議長は上院のシューマー上院院内総務と7日会見し、憲法25条を発動してトランプ大統領を罷免するようペンス副大統領に呼び掛けた。議長は大統領の任期が13日しかないことを指摘しながら、「残りの日々がホラー・ショーになりかねない」と危機感を露わにし、シューマー氏も「トランプ氏は一日も大統領にとどまるべきではない」と述べた。

 憲法25条の規定は「大統領が職務不能と判断された場合、副大統領と閣僚の過半数が議会にその旨通告し、罷免することができる」というもの。大統領が異議を申し立てた場合は、上下両院のそれぞれ3分の2以上の賛成で大統領の罷免を決めることが可能だ。ニューヨーク・タイムズはペンス副大統領が拒否したようだと伝えている。

 ペロシ議長はペンス氏が応じなければ、大統領の弾劾を検討するとして、ウクライナ疑惑での弾劾に続き、2回目の弾劾手続きを進める意向も示した。だが、実際問題としては残りの任期がわずかな中で、弾劾に持ち込むのは事実上不可能。大統領に圧力を掛けるための政治的な動きと見られている。

 トランプ氏を見限っているのは連邦議員だけではない。政権の閣僚や幹部も批判的な姿勢を強めている。チャオ運輸長官は議会占拠を「看過できない」として11日付で辞任すると表明。デボス教育長官も7日、この問題で辞表を提出した。ポッティンジャー大統領次席補佐官、マシューズ副報道官らの辞任も伝えられている。7日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルは社説で、トランプ氏に辞任を要求した。

▼「死ぬ気で戦え」
 トランプ大統領は議会占拠事件が起きる前、ホワイトハウス前の集会で支持者らに約1時間にわたって「自分が圧勝していたのに、選挙が盗まれた」と陰謀論の持論を展開、議会に通じるペンシルベニア通りを行進し、バイデン氏勝利確定の審議に抗議するよう呼び掛けた。大統領は演説の中で「死ぬ気で戦え」とまで煽った。

 メディアによると、集会には大統領の個人弁護士のジュリアーニ氏や息子たちも参加して演説した。それぞれ「戦闘で試してみよう」(ジュリアーニ氏)「気概を示せ。議会まで行進しなければならない」(次男のエリック氏)などと扇情的な発言が相次いだ。支持者らがこうした発言に触発されたのは間違いないところだろう。

 襲撃事件後、トランプ氏は当初、しばらくは沈黙し続けた。しかし、国内ばかりか、英国など海外からも厳しい批判が沸き起こったことで、事の重大性に気付いたのか、6日夜になって1分間の動画を発表。議会を占拠した暴徒を非難するどころか、「特別な人たち」と呼び、「みんなの気持ちは分かるが、法と秩序が必要だ。帰宅するように」と訴えた。

 トランプ氏は7日になって、投稿凍結が解除されたツイッターに2分半の動画を発表。議会侵入を「悪質な暴力」などとやっと非難する一方で、新政権が20日に発足するとして初めて敗北を宣言した。大統領は「素晴らしい私の支持者たちが失望していることは分かっている。だが、われわれの旅が始まったばかりであることも知ってほしい」となだめた。

 大統領は2024年の次期大統領選挙への出馬を検討しており、次のステージの政治活動を示唆することで、支持者の期待をつなぎとめようとしたと受け止められている。だがワシントン・ポストによると、ワシントンの連邦検事は議会占拠事件では、トランプ大統領の扇動も捜査対象になることを明らかにしており、退任後の同氏に対する容疑が1つ増えた形だ。

 米紙によると、トランプ氏はここ数日、自身の恩赦が可能かどうか、側近らと協議しているというが、今回の扇動の容疑を念頭に置いたものかは明らかではない。大統領を支持する右派メディアなどの間では、議会を襲撃したのは、極左集団の「アンティファ」がトランプ支持者を装って実行したもの、との陰謀論があふれ、トランプ擁護論も強まっている。



事務局(小林)2020/12/17 10:27:29

「米新大統領にバイデン氏確定」

2020年12月16日/執筆者:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

円滑な政権移行に協力せよ
 米大統領を正式に選出する選挙人投票でバイデン次期大統領が確定し、来年1月20日に新政権が発足する運びとなった。
 トランプ大統領は依然、敗北を認めていないが、法廷闘争で選挙結果を覆そうとする戦略はすでに破綻しており、逆転の機会は事実上閉ざされた格好だ。
 トランプ氏はこれ以上、政治的な混乱を助長してはならない。スムーズな政権移行に協力することが最高指導者としての最後の務めと知るべきだ。
 選挙後のトランプ氏の負けを認めない抵抗ぶりは異常と言うしかない。根拠を示さずに「不正選挙」と主張し、腹心のバー司法長官が不正の証拠がないと発表した後も、バイデン氏や民主党に対する非難を続けている。
 選挙は民主主義の根幹だ。その制度に重大な瑕疵(かし)がないのにもかかわらず、独善的な主張を繰り返し、選挙に対する信頼を損ねたことは米憲政史に不名誉な記録として留まるだろう。
 トランプ陣営は選挙結果を覆すために50件を超える訴えを行ったが、ほぼ全てが退けられた。
 看過できないのはトランプ氏が連邦最高裁の棄却判断を「恥ずべき誤審」と罵ったことだ。三権分立への挑戦と受け止められてもやむを得まい。
 しかし、こうした大統領の言動をいさめようとする動きが与党共和党から出てこないのは残念だ。
 同氏は負けたとはいえ、7千4百万票を超える支持を集めており、国を二分するその影響力は絶大。議員たちはその逆鱗に触れることを恐れて萎縮しているようだ。
 同氏は24年の次期大統領選に出馬することを検討しており、退任後も共和党に強い影響力を行使し続けるだろう。
 社会の分断の修復を担うバイデン氏はこうしたトランプ氏の存在を意識しながら政権を運営していかなければならず、前途は多難だ。
 バイデン氏は新政権の人事を進めているが、閣僚らにオバマ前政権時代の人材登用が目立ち、新鮮さに欠ける。「オバマ政権3期目」と批判を浴びるゆえんだ。
 しかも、次男ハンター氏が対中ビジネスに絡んで検察の税務捜査を受けていることが明らかになった。トランプ政権はロシア疑惑で当初からつまずいたが、バイデン氏も政権発足前から身内のスキャンダルが持ち上がっているのは痛い。
 米国ではコロナ禍が急拡大し、国家的な危機に直面、ワクチンの接種が始まったばかりだ。両氏はひとまず対立の矛を収め、共同で対応に当たるべきではないか。

事務局(小林)2020/12/10 11:45:28

あらためてSDGsを考える

2020年12月9日/執筆者:太田 啓孝 教諭(星槎高等学校)

 前号で坂田映子教授から報告があった通り、「SEISA Africa Asia Bridge 2020」が11月14日(土)に開催され、今までとは違った形ではあるが、多くの方々に参加してもらうことが出来た。オンラインも併用した新たな試みであったが、若い教職員たちのアイディア、機転の利いた行動で様々な困難を乗り越え、今後への可能性を見出すことが出来たのではないか。
 sTEDで発表をした生徒、その手伝いをした生徒たちが一丸となって、自らの考えを堂々と発表してくれた。また、生徒一人ひとりが調べ学習でアフリカの国々ついて教室掲示で発表をしていたことも、決して派手さはなかったものの生徒の学習成果がよく表現されていた。
 SAAB2020も終わり、さて、来年はどうしようかと気持ちは行きがちであるが、それまでにやらなければならないことが多々あるのではないか。生徒の学習及び発表の場として大事なイベントではあるが、それをイベントだけで済ませてはならないと感じている。
 
 さて、SAABと聞くとSDGsを連想する人も多いだろうが、SDGsはそんな特別なものなのだろうか。星槎グループの歩みを振り返ると、それはまさに表現方法の違いはあるとはいえ、SDGs以前から取り組んでいたことではないのか。星槎グループの組織図とSDGs17の目標を並べて眺めると、すべての目標が当てはまるように見え、さらにSDGsにはない指針も読み取れ、日々の活動自体が、最終的に目指す「共生社会の実現」に繋がっていくことが考えられる。そこで大事なことは、目標を示すと同時に実行していくことだと考える。「SAAB Future宣言」では、8つの項目を立て参加したすべての方々に向けて宣言しており、横浜市のホームページにも掲載されているので多くの市民が注目していることに違いない。別の言い方をすると、この宣言をイベントで終わらせることなく、教育活動を通して理解し、実行していく責任を伴うことであるいう認識を持たなければならない。
 
 別の視点から捉えると、高等学校では2022年に改訂された学習指導要領が実施される。星槎内の高校部門ではすでに改訂にあたって新しい教育課程を編成している時期だと予想するが、如何にそれを生徒の特性に応じた星槎らしいものにするか、喫緊の課題であると言える。教務課が中心となって検討しているが、各教科の科目の単位数をパズルのように課程表に当てはめていく作業で終わってはならない。
 特に、中学校3校と星槎高等学校は、「不登校児童生徒等を対象とする特別の教育課程を編成して教育を行う学校」の指定校であるので、先を見据えた特色あるものでなくてはならない。「持続可能な開発のための教育(ESD)」を推進し、2030年までの目標であるSDGsの達成に貢献するものを考える必要がある。従来の教育手段に加え、コロナ禍で実践してきたオンラインでの授業展開、それらを組み合わせたハイブリッド授業、さらにGIGAスクール構想も他に遅れることなく検討し、社会に示していくことが重要であると考える。加えて、地域の教育資源を活用し、魅力ある教育活動を生徒はもちろん、家庭、地域の方々も含め実施できるよう努め、カリキュラム・マネジメントの充実を図っていくことが大切である。
 
 最後に、今回の学習指導要領改訂の次期改訂は10年後である。SDGsの目標としている年でもある2030年と重なってくる。あと10年、決して遠い先の話ではないが、星槎を取り巻く様々な環境は確実に変化していることが予想される。その時に、星槎が星槎であり続けるために、今回のSAAB然りこれからを担っていく先生方と協力して考えていきたい。そして、笑顔の連鎖が世界中に広がっていることを期待する。


事務局(小林)2020/11/18 09:08:27

SEISA Africa Asia Bridge 2020 ~コロナ禍開催の手応え~                   

2020年11月17日/執筆者:坂田映子 教授(星槎大学 附属国際交流委員会)

 星槎グループと世界をつなぐ恒例の「SEISA Africa Asia Bridge 」が11月14日、横浜市旭区若葉台にある星槎高等学校を中心に開催された。通称“SAAB”といわれるこのイベントは今回が6回目。新型コロナウィルスの影響を考慮し、オープニングセレモニーとオンラインという「ハイブリッド型」の異例な形での実施となったが、SAABの意義を改めて考えさせる試みとなった。
 当日の参加者はオンラインを含み約2万人。エリトリア国など6カ国の大使館も参加、一部の大使らが来場(ビデオメッセージを含む)した。このほか、日本・UNDP(国連開発計画)・ヤンキンEC附属学校を合わせると9ヵ国以上の参加協力があった。感染対策のため規模を縮小し、セレモニー会場はソーシャルディスタンスの保持に努めた。コロナ禍の悪化で、一時は開催が危ぶまれたが、オープニングセレモニーなどの行事が滞りなく進められ、生徒同士が学びの輪を広げたことは何よりの収穫だった。イベント開催に努力した教職員や国内外の関係者とともに、喜びを分かち合いたい。

▼「人間の安全保障」
 オープニングセレモニーは、特別対談「UNDP・JICA・SEISA」(NYC-YOK LIVE中継)、「SAAB Future宣言」など、アメリカ(NYC・UNDP)・ミャンマー及び日本全国40 会場と日本中の各家庭をオンラインで繋ぎ、公開された。
 特別対談で最も心を突き動かされたのは、「人間の安全保障」という言葉(概念)である。将来にわたって日本の若者たちが信頼しあい交流を築いていくこと、すべての人々が「人を認める」「人を排除しない」「仲間をつくる」という星槎の精神を大切にしていくことが、「人間の安全保障」の根幹を作ると伝えられた。
 「人間の安全保障」(2005年世界サミット成果文書『人間の安全保障』(A/RES/60/1)パラグラフ143) とは、貧困と絶望から解き放たれて生きる権利を強調し、恐怖からの自由を得る権利を有すること(筆者要約)を各国首脳が認めた文書である。現在、コロナ禍が、先進国、途上国を問わず、全世界を不安に陥れ、加えて各国のいたるところで分断・対立が起きている脅威も含めて、各国の政府・国民に深刻な課題を突きつけている。このような状況下で述べられた「人間の安全保障」の意味は、殊のほか大きいといえるだろう。

▼6つのチャンネルからの学び
  さて、オンラインイベントは、メイン会場・JICA横浜第二会場・知繋プロジェクト・LINK・全国星槎チャンネル・sTEDの6つのチャンネルから配信された。それぞれ特色のある内容として、全国高校生によるSDGsプレゼンテーション、トップアスリート・パラリンピアンによる夢トーク、知繋プロジェクト、オンンラインシアターなど、ジャンルや志向が幅広く充実した展開であった。
 筆者が担当する「知繋プロジェクト」では、バングラディシュレポート、ミャンマーオンライン懇談会が催された。バングラディシュレポートでは、アグラサーラ孤児院の子どもたちが、コロナ禍で集団生活ができず、各地の知り合いのもとに身を寄せている様子が伝えられた。参加した生徒たちには、苦しむ子どもたちに寄り添うという人道支援に共鳴している姿が印象的だった。
 ミャンマーオンライン懇談会では、ヤンキンEC付属校生徒が、「日本にはゴミが落ちてない、ゴミを見つけるとすぐ拾うとても美しい国だ。ミャンマーもそうありたい」と話した。特筆すべきは、星槎で学ぶミャンマーの留学生が、星槎では1人1人に合った教育が進められ、時間の使い方がミャンマーと違うと述べたことだ。ミャンマーの生徒たちがこの教育方法に敏感に反応し興味をもったことはいうまでもない。「知る」「繋がる」はここに芽吹いたといってよいだろう。
 フィナーレでは、メイン会場・オンラインに携わる生徒や教職員が、協力によって成し遂げた充実感と多くの関係者から称賛をいただいたことへの感動で笑顔が広がっていた。

▼次年度SAABに想いを馳せて
 コロナ禍で対策したユニットはいずれも良く、共生社会・持続可能な社会・平和とは何か、私たちができることは何かなどに思いを巡らせ、SAABを考える1日を過ごすことができたように思う。
 通常開催に戻った時、何を復活させ、何を更新するのか、検討しがいのある課題や手応えがあった。とりわけ、ネット環境の不安定さにヒヤリハットが発生し、そのたびメイン会場やスタジオが青ざめたことはとても良い経験であり、今後の課題でもある。
 最後に、高校の先生方のチーム力、事務方の協力体制はSAABのうねりの強さを物語っていた。心からの拍手を送るとともに、コロナ禍を奇貨として新たなオンライン開催に挑戦した今回の流れをくみ、来年は大胆な一手を期待したい。

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