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2023.05.18

編集日記 “うみとそらのおうち”が語るもの―横浜子どもホスピス創設から―

執筆:坂田 映子 教授(星槎大学 共生科学部/大学院 教育学研究科)

“横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち~” が創設された。このホスピスは、病気とともにある子どもたちの家族や遺族の願いから生まれた日本ではまだ珍しい子どものためのホスピスである(Educo.№61.2023.)。病気や障がいに生命を脅かされ、学校に通いたくても通えない生きづらさを抱えている子どもたちに、心身の痛みを和らげ、命が尽きる瞬間まで成長を促し続けることを目的とした施設といえる。病気のために諦めていた「やってみたい」が叶えられる場であり、教育、音楽、芸術などあらゆる知を統合し、子どもたちに様々な体験の機会を提供し安心を支えている。ここでは、エモーショナル・ウェルビーイング(豊かな心の動きを育む)を高めている。

▼満たされない心

 文部科学省調査(2022)「不登校の小中学生の人数の推移」では、不登校の小中学生は急増し2021年度は過去最多の約24万人に上る。これを含む長期欠席の児童生徒は40万人を超え、ウイズ・コロナの授業や学びの空間は楽しくないという子どもが多い現実を示している。我慢を強いられた生きづらい日々を跳ね返すのに、子どもたちのウェルビーイングは、どう確保できるのだろうか。

 OECDは、「PISA2015年調査国際結果報告書」で、ウェルビーイングを「生徒が幸福で充実した人生を送るために必要な、心理的、認知的、社会的、身体的な動き(functioning)と潜在的能力(capabilities)である」と定義し、子ども自身がウェルビーイングの確保する姿を描いている。その後、OECDは、新しい時代にふさわしい教育の在り方を提唱する「Education 2030 プロジェクト」で、学びを登山になぞらえ、子どもがコンピテンシーをコンパスとしながらエージェンシー(変革を起こすため目標設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力)を発揮して、さまざまな人々と協力しながら個人と社会のウェルビーイングという理想の目的地を目指すイメージを示した。この考え方は、既に2019年から、学校の授業や評価などに具体的に落とし込むフェーズに入っている。

▼教室の中の深刻さ

 一方、「Society5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」によれば、課題の一つに、「子どもたちの多様化」を挙げ、次のように分析する。「教室の中にある多様性」(内閣府)には、「発達障害7.7%」「特異な才能2.3%」「不登校1.0%・不登校傾向11.8%」「家庭の文化資本29.8%」「家で日本語を話す頻度2.9%」がある。その詳細では、「発達障害や特異な才能、家で日本語を話す頻度が少ない子ども、家庭の文化資本の差による学力差等、学級には様々な特性を持つ子どもが存在し、これらの特性が複合しているケースもある。同学年による同年齢の集団は、同調圧力が働きやすく、学校に馴染めず苦しむ子どもも一定数存在し、不登校・不登校傾向の子どもは年々増加の一途をたどっている。さらには、一斉授業スタイルでは、一定の学力層に焦点を当てざるを得ず、 結果として、いわゆる、浮きこぼれ、落ちこぼれ、双方を救えていない現状。このように、子どもたちが多様化する中で、教師一人による紙ベースの一斉授業スタイルは限界に来ている」というものだ。

 これらの問題は、長い間、学校の教育課題となっていたが、このところのコロナ禍もあり、子どもの生きづらさは、教室の中で、一層深刻さを増してきたといえる。1学級の中で、これだけの多様性のある子どもたちを、学級担任一人だけでは、十分な対応はできるはずもなく、複数担任制でも、現行の教育課程・教育環境では、授業についていけない、あるいは授業が簡単すぎて、浮きこぼれる子どもたちの、「知りたい」「解きたい」「学びたい」の好奇心が満たされず、精神的安全性が担保されないままである。

 家庭はどうかといえば、日本語(ことば)を話す頻度が少ない子ども、家庭の文化資本の差による学力差等が生じていることに驚かされる。貧困率の上昇も看過できない。2019年には、「子どもの貧困対策の推進に関する法律の一部を改正する法律」(内閣府)が、教育的・福祉的な支援、さらにはヒューマン・リレーションシップによる子どものウェルビーイングの実現を背景に改正されている。だが、会話のない、本も買い与えられない、疲弊する家庭に、それらはどう聞こえているのだろうか。貧困の背景に様々な社会的要因があるにしろ、家庭の価値や子育ての意義について貧困・裕福を問わず、真剣に考える時が来ているのではないか。「国は子育て支援、親は社会で働く」、このような構図は、将来にわたり、子どものウェルビーイングの実現に繋がるとは考えにくい。

▼急務である制度改革

 現状の学習環境・家庭環境の中で、目的意識を持って行動するエージェンシーを育むには、無理がある。モチベーション、希望、自己効力感をもたせるには、先ずは、精神的安全性、経済的安定性が保たれなければならない。また、子どもは、知性と思考する論理性だけでは満たされないのであり、だからこそ、食を満たし、感性や感情からくる心地よさや安心感、大人の愛情などを味わいながら、「生きることが楽しい」と思える環境を整える必要がある。同時に自分の力で伸びようとする子どもを信頼し任せてみるなど、子ども時代に多くの発見、感動体験が共有できる場、そのような仕掛けを用意していかなければ、「自分ならできる」「きっとやれる」という認知状態は確保されない。

 学校にいて幸せ感を感じない子どもは学校には行きづらい。その要因には、いじめのほか、人に会いたくないという感情、説明できない不安、身体の不調、経済的理由など、複合的なものがある。同じように、教員の離職率・休職率も高くなっており、メンタルスキル、レジリエンス、コミュニケーションスキルなどが求められている。子どもや教員にとって、どんな時が幸せか、どんな時に自分が満足できるのか、学校に適応できない理由は何かなど、まずは、全国の学校の実態を総点検し、制度改革を図ることが急務である。

 “うみとそらのおうち”は、生きることをあきらめない、一人一人が「人」として大切にされる場や学びの環境を保障している。家庭や病院では入ることのできなかった“眺めのよい大きなお風呂”を整え沐浴させ、特別の思い出(永遠の思いで)を作るなど、家族や看護師たちは、病気とともにある子どもに全身全霊でかかわりながら、好奇心や感動する心を育んでいる。

 学校も同じではないのか。子どもたちの多様性を受容するなら、「人」として心身ともに安全に生きられる教育環境を整え、学力向上には、それぞれの能力に即したコース別選択学習の工夫を試みるなど、教育課程を再考し、再編することこそ現行の教育課題というべきであろう。