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2022.08.12

評論「米下院議長の訪台」

執筆:佐々木 伸 教授(星槎大学大学院 教育学研究科メディア・ジャーナリズム研究コース)

中国の過剰反応を問う

ペロシ米下院議長(82)の訪台に対抗し、中国が台湾攻撃を想定した軍事演習を実施したのは日本を含めた東シナ海周辺の緊張と偶発的な衝突の危険性を高めるものとして看過できない。

しかも中国が弾道ミサイルを日本の排他的経済水域(EEZ)内に撃ち込んだことは日本と、沖縄などに基地を置く米国に対するどう喝であり、中国の過剰反応を危惧せざるを得ない。

中国が今後、同種の演習を常態化させる懸念は十分にある。自ら大国を名乗るならば、地域の平和と安定を図るのも大国としての責務であることを忘れてはなるまい。中国は武力による威嚇を直ちにやめ、対話によって冷静に対処するよう要求する。

▼中国の怒りの理由

ペロシ議長は大統領権限の継承順位が副大統領に次ぐ2番目の立場だ。そうした重要人物の訪台は米国がこれまで認めてきた「一つの中国」の原則をないがしろにし、台湾独立の動きを助長しかねない。これが中国の怒りの根本的な理由だろう。

議長は元々、学生らが弾圧された天安門事件後に北京を訪れ、中国批判を展開した筋金入りの反中強硬派で、一段と中国を刺激した。

 絶対に譲歩できない「核心的利益」を侵されたとする中国側の反発は激しかった。中国の度重なる警告を無視して、米政府が議長を訪問させたと非難。台湾を包囲した大規模な実弾演習を実施、ミサイルを台湾上空に飛ばし、現状を変更するように艦船が台湾海峡の中間線を超えた。軍事分野などでの米国との協議も中止した。

▼習近平指導部の幼稚性

習近平国家主席が強硬姿勢を示している最大の理由は総書記3選を決める共産党大会を控え、「米国に屈した」との国内批判を封じ込めなければならなかったからだ。行政府のトップであるバイデン大統領が3権分立制度下の立法府の長の自由に制限を掛けることができると思っているなら、その幼稚性にあきれ返るしかない。米国や日本は共産党1党独裁体制の中国ではないのだ。その上、自分たちの意に沿わないからといって武力で威嚇するのは言語道断の振る舞いと言わざるを得ない。

バイデン大統領に打撃

バイデン大統領にとっては、先月末に習氏との首脳会談を実現するなど米中関係が改善傾向にあっただけに今回の事態は痛い。歴史的なインフレ抑止対策の一環として、対中関係の改善を望んでいたからだ。

大統領は議長の訪台について、「米軍は訪台が良い考えではないと見ている」という微妙な表現で中止を望み、政権の高官らが舞台裏でその可能性を探っていた。しかし、公の形で議長の台湾訪問に反対することはできなかった。反対すれば、中国に「弱腰」との批判を受け、それでなくても劣勢にある11月の中間選挙で野党共和党を利することになってしまう。

▼台湾有事は日本有事

米国は今回、台湾から距離を置いて空母を待機させ、予定していた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を延期するなど抑制的な対応を取った。だが、偶発的な衝突の危険性は常にある。台湾有事は日本有事でもあり、私たちが戦争に巻き込まれる危険性があることを認識しておかなければならない。

米中関係が当面、険悪化するのは必至だろう。双方とも自制を働かせ、これ以上緊張が高まらないよう対話を続けなければならない。