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2024.01.17

「特別連載」◎コロナ禍後のいま〜アフリカ・コンゴ盆地の野生生物と先住民族 第2回 マルミミゾウと象牙

執筆:星槎大学教授 西原智昭

象牙は古い時代から利用されてきたが、1960年代以降世界最大の象牙消費国となった日本はアフリカゾウ全体の頭数の激減に関与した。象牙製の印章ほか三味線の撥(ばち)や箏(こと)の爪など邦楽器の一部で利用されてきたためである。「固いがしなりがある」「吸湿性がある」などの特徴から、歴史的に日本での象牙利用ではマルミミゾウ(Loxodonta cyclotis)の象牙が「ハード材」と呼ばれ重宝されてきた。

そのマルミミゾウは糞を通じた「種子散布」という重大な生態学的役割を担っており、熱帯林生態系の維持のためにはマルミミゾウの存在が必要不可欠な存在である。植林が容易でない熱帯林では森林回復ではこうしマルミミゾウによる自然再生メカニズムが重要となってくる。しかしそのマルミミゾウの生息数は近年10年間で60%以上減少、絶滅の危機に瀕している。ワシントン条約*2により象牙の国際商取引が全面的に禁止された1989年以降も、象牙の国際的な需要に応じるため現在に至るまで象牙目的の密猟が絶えないからだ。コロナ禍でアフリカ現地でも移動が制限されたため密猟者や違法取引者の動きも不活発とはなったが、密猟・密輸が継続していることは確かだ。

各国政府の森林警察等による密猟取締強化が一層求められる一方、ワシントン条約に基づき、象牙の輸出国・輸入国どちらにおいても違法取引が生じないための厳格な象牙管理措置が必要である。多くの国が密猟者や税関等で押収された象牙在庫を焼却・破砕処分を行っただけでなく、象牙需要を押さえていくために象牙市場を閉鎖していく国々もあるが、マルミミゾウの象牙に特化した需要のある日本では象牙処分が行われていないばかりか象牙の国内市場は開かれたままとなっている。日本の環境省・経済産業省による現行の象牙管理システムでは、元の象牙(本象牙)から最終製品(印章や邦楽器の一部など)への透明性を担保できないなど違法象牙の入る余地があるのは否定できないのが現状である。

象牙利用という「伝統文化」の維持も無視できない観点である一方、絶滅に直面しているマルミミゾウのような生態学的礎石種の保全は最優先事項であるとすれば、伝統文化の維持を担保できるような象牙に代わる新素材の開発は最重要な課題である。2014年から筆者の声がけで、邦楽メディア、プロの邦楽演奏者、楽器商、邦楽研究者、素材科学研究者など異分野の専門家が集まる「和楽器の未来を創る研究会」を発足、演奏家も納得行くような新素材の開発を目指している。ここ2年は文化庁からの助成金をいただき三味線の撥など象牙に劣らない素材によるものが完成しつつある。これにより近い将来、マルミミゾウの保全と日本の伝統芸能の継承が実現されうる。

そのマルミミゾウの分布・密度を推測するWCSによる広域調査がコンゴ共和国現地で終わったばかりだという情報を2023年8月現地で確かめた。その結果に基づき野生のマルミミゾウの保全とその象牙利用について、あらためて再考が求められるであろう。

*2 絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES: Convention International Trade for Endangered Species)。1972年の国連人間環境会議において国際取引を規制することで野生動植物の保護を目指す条約の必要性が提案され、1973年にワシントン条約が採択、1975年に発効。日本については1980年に効力が発生。現在、182か国及び欧州連合(EU)が加盟しており、環境分野では歴史のある代表的な国際条約の一つ。