オンラインでもキャンパスでも学べる
教育系大学院(学校教育・特別支援教育・看護教育)
専修免許状
専修免許状
資料請求 / お問い合わせ
資料請求 / お問い合わせ

2024.08.14

「終戦から79年」 ◎禍根残した大使の欠席 長崎の平和祈念式典で露呈した世界の分断

執筆:佐々木 伸 教授 (星槎大学大学院 教育学研究科)

 私たちは8月15日、79回目の終戦記念日を迎える。戦争体験者が減り、戦争を知らない若者が増える中、平和についてあらためて考えるときだ。星槎の教職員、学生、生徒にとっても「平和と共生」が遠のく世界の現実を見つめ直すよい機会だと思う。

 ▼国際政治に翻弄された「原爆の日」

 こうした時、日本人として看過できないことが起きたのは残念だった。9日に長崎市が主催した「原爆の日」の平和祈念式典に米欧6カ国などの駐日大使がそろって欠席するという異例の事態となったのだ。イスラエルが招待されなかったことが理由だ。式典は79年前の被爆の惨禍を直視し、核兵器が二度と使われてはならない決意を共有する場であったはずだ。だが、平和を誓う式典が国際的な分断と対立を露呈する形になった。とりわけ原爆を投下した米国のエマニュエル大使の欠席は今後に禍根を残すこととなった。

 欠席したのは先進7カ国(G7)のうち日本を除く6カ国と欧州連合(EU)の大使で、それぞれ代理が出席した。問題が表面化したのは長崎市が6月、パレスチナ自治区ガザで攻撃を続けるイスラエルへの招待を保留したことだ。ウクライナに侵攻したロシアと同盟国ベラルーシの大使も招待されていない。

 米大使らは欠席の理由について長崎市の鈴木史朗市長に宛てた書簡で、イスラエルがロシアなどと同列視されかねない点を挙げた。ロシアの「侵略戦争」とイスラム組織ハマスに対する「自衛権の行使」とは違うという主張だ。

 ▼被爆者の抵抗感

 確かに形の上では、ハマスが仕掛けた攻撃に反撃している構図だが、子どもを含めたパレスチナ人の犠牲者が約4万人にも達しているのは過剰防衛だ。しかも、第3次中東戦争以降のイスラエルによる「パレスチナ占領」は「国際法違反」(国際司法裁判所)であり、同国はオスロ合意など和平案にも背を向けてきた。米国はこうしたイスラエルの行動を軍事支援し、中東和平実現に指導力を発揮し切れていない。

 被爆者らにとって非公式な核保有国であり、殺りくを続けるイスラエルの式典出席に抵抗感があったのは当然だ。鈴木市長はイスラエルを招待しなかった理由について「不測の事態を懸念したため」としたが、国際的な摩擦を考慮した苦渋の説明で、曖昧な発言だったのは否めない。イスラエルへの抗議の意図を明確にした方が分かりやすかったのではないか。

 ▼不可解な岸田首相の対応

 米大使は長崎市が政治的な要因を持ち込んだことが事態を複雑にしたと批判しているが、原爆を投下した当事国として鎮魂の姿勢と核兵器の恐ろしさを再認識するためにも出席すべきだった。それがいったんは「核なき世界」(オバマ元大統領)を掲げた国の責務だろう。

 大使の欠席は式典が今後も国際政治に左右されかねない現実を浮き彫りにしたが、それにしても不可解なのは日本政府の対応だ。岸田文雄首相はもう1つの被爆地である広島選出で、核廃絶が持論だ。昨年のG7(先進7カ国)サミットを広島で開催し、原爆資料館にバイデン米大統領ら各国首脳を案内したのは首相の核廃絶の強いこだわりを反映したものだった。だが、今回一連の問題を「長崎市の判断」と傍観し、逃げ腰だったのは納得できない。首相は積極的に介入し、大使らを欠席しないよう説得すべきだった。