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2024.11.17

提言 急ぐべき外国籍児童生徒の日本語指導の充実 ―共生社会に向け多国籍化にどう対応するのか―

執筆:坂田 映子 教授(星槎大学大学院 教育学研究科)

 現在の学校教育では、多様化した児童生徒に対応しうる体制整備の遅れや教員不足が深刻な問題として、早急な対策が迫られている。学習権は保障されているか、多様な幸せ(well-being)は脅かされていないかなど、多様性にまつわる言説は、枚挙に遑(いとま)がない。

 近年を振り返れば、文部科学省が平成24(2012)年に、共生社会の実現に向けて、「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system)を示したことは画期的であったといえる。「障害者が排除されないこと」「初等中等教育の機会が与えられること」「合理的配慮が提供されること」を通底に、学校は障害のある児童生徒の学びの保障に取り組んでいる。

 だが、外国人児童生徒に対する学びの保障はどうであろうか。政府は令和2(2020)年に出入国管理法を改正し、外国人の人材受け入れ拡充を図っている。そのため、外国人児童生徒は急激な増加傾向にある。しかし、日本語指導ができる教員は不足しており、各教育委員会の採用に関する支援体制も十分ではない。本稿ではこのような問題意識を出発点とし、共生社会に近づくために、それぞれの現場で何ができるかを探っていきたい。

 1 多様性について
 教育における多様性の定義について、中央教育審議会・教育課程企画特別部会(2015)が報告した『論点整理』「1.2030年の社会と子供たちの未来」では、「今日、多様な国や地域の文化の理解を通じて、多様性の尊重や国際平和に寄与する態度を身に付けたり、ボランティア活動を通じて、共生社会の実現に不可欠な他者への共感や思いやりを育んだりすること」と記載がある。 また、「Society5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」(2022)では、小学校の「子供たちの多様化」を取り上げ、「教室の中にある多様性」(内閣府)として、「発達障害7・7%」「特異な才能2・3%」「不登校1・0%・不登校傾向11・8%」「家にある本が少ない29・8%」「家で日本語をあまり話さない2・9%」がある。その詳細では、次のとおりである。

 「発達障害や特異な才能、家で日本語を話す頻度が少ない子ども、家庭の文化資本の差による学力差等、学級には様々な特性を持つ子どもが存在し、これらの特性が複合しているケースもある。同学年による同年齢の集団は、同調圧力が働きやすく、学校に馴染めず苦しむ子供も一定数存在し、不登校・不登校傾向の子供は年々増加の一途をたどっている。さらには、一斉授業スタイルでは、一定の学力層に焦点を当てざるを得ず 結果として、いわゆる、「浮きこぼれ」「落ちこぼれ」双方を救えていない現状がある。このように、子供たちが多様化する中で、教師一人による紙ベースの一斉授業スタイルは限界に来ている。」

 以上は6年後の児童生徒の未来に求める多様性の尊重や国際平和に寄与する態度育成の姿を標榜し、現実の教室内で起きている驚くべき実態が不離一体に述べられている。後者において、教室内の子どもたちの精神的安全性が担保されないまま、授業が進んでいることは自明であり、学級担任が学校・学級に馴染めず苦しむ児童に、教員もまた、苦悩する姿が容易に読み取れる。

 2 日本語指導は急務 
 令和6(2024)年8月8日付、文部科学省の報道発表「令和5年度外国人の子供の就学状況等調査」では、日本語指導が必要な外国籍の児童生徒数は約5万7000人で、令和3年度調査より約1万1000人増加していることが明らかになった。日本国籍でも長期にわたる外国生活により日本語指導が必要とされる児童生徒は、1万1000人にもなっている。児童生徒を含めた在留外国人は、約341万人にも上り、多国籍化が進んでいることが分かる。

 ⑴  日本語指導が必要な児童生徒の増加
 調査では、日本語が必要な外国籍の子どもの90.4%は、学校に通っているものの、2年前に比べて0.6%減少している。これは、児童生徒の増加に学校の指導体制が追い付いていないことが窺える。このほか、学校に通っていない児童生徒は、約8601人もいるという。

 先進国日本で、なぜこんなに不就学状態の外国籍児童生徒が多いのだろうか。国内にはインターナショナルスクールをはじめとする外国学校が200校以上あるが、「学校」として認められていない現実がある。しからば、日本の義務教育に就学させれば問題が解決するかといえばそうでなく、結果として不就学問題になるとの指摘もある。外国籍生徒は、高校や大学への進学率も低い。その理由に十分な日本語能力がないことが原因となってはいないか。日本は既に、外国人との共生が不可欠になっている。保護者と一緒に来日した場合、高等学校卒業と同時に、就労制限のない在留資格が得られる。日本での生活が長く営めるよう日本語が自由に駆使できる指導体制を整える必要がある。

 3 共生の貢献
  共生による教育
 以上のような児童生徒を支えていくためには、制度改正は勿論のこと、共生による教育は、well-beingの観点からも重要である。
 では、世界的に、共生はどのように捉えられているか。
 ユネスコ(UNESCO)が、二一 世紀国際教育委員会報告書(1997)で、4つの学びの柱「知ることを学ぶ(Learning to know)」「為すことを学ぶ(Learning to do)」「(他者と)共に生きることを学ぶ(Learning to live together)」「人間として生きることを学ぶ(Learning to be)」を掲げている。「共に生きることを学ぶ」については、「他者を発見することであり、他者を発見するための自己発見を手助けすること、他者を認め他者の身になって考えることができるようにすること」と定義し、児童生徒一人一人well-beingの確保に、あるいは人権教育推進に繋がるものとして捉えられている。

 わが国では、共生はどのように認識されているか。学習指導要領では、共生について、インクルーシブの考え方に基づく「共生社会」を描き、障害の有無にかかわらず、ともに生きることの重要性を強調している。同時に異文化・異言語を持つ多様な国の人々と共生することが、国際理解の中心課題であることに言及し、ユネスコに通底している。

 4 共生社会は実現できるか
 共生には、大きく捉えて、人間を中心とした共生「自然と人間」「人間と人間」「民族と民族」「障害者と健常者」などの側面がある。自己とその対象との間に共存関係をつくろうとするものである。このほか、二つめの側面を述べておきたい。二つ目は、より大きな他者と調和的に共存する共生である。二つめの側面については、仏教国の共生社会がそれにあたり、共生が人の生き方に貢献している例がある。

 ミャンマーの共生社会
 筆者は、かつて、JICA専門家として、ミャンマー国の初等教育プロジェクトに携わり、ヤンキン教育大学の一室で仕事をした経験をもつ。そこで目の当たりにしたのは仏教国の「喜捨の精神」であった。大学に通う貧しき学生たちは、寺院に寝泊まりし、コメは惜しまずに与え合い分かち合う。このような姿が当たり前のように生活の中に存在した。町では、軒下に座る片足を失った障害者に、市民は次々に食べ物や少しばかりのお金を施し、他人の幸せを祈るのである。ここで見逃してならないのは、この国が古くから自由で平等な無階級社会であり、人権尊重に手厚い国柄だということである。

 小・中学校の参観授業では、友達を攻撃したりさげすんだりする光景は見られない。むしろ、助け合うことによる人間関係を重視し相互扶助の精神に富んでいたのである。ミャンマーの喜捨の精神について、山口(2011)は、「仏陀への帰依を表して手を上へ差し向けた姿で、九百年以上もの間、心安らかにひざまずいているのである。」と歴史的文献から紐解いている。現在は未だ内紛の終結を見ないが、もともとミャンマーは共生社会を営み、長い年月をかけて実現してきた国である。

  多様性への対応が進まない理由
 さて、わが国では、多様性に対応する理念は打ち出されているものの、外国籍児童生徒への対応がなかなか進まない実態がある。その理由については、次の4点に集約される。

➀急激な外国人児童生徒の増加
➁多様な個別の事情に対し、インクルーシブで適切な指導ができる教員が不足
➂学校経営上、教職員等の体制整備が不十分
➃個に応じた教材の不足などに陥っている現状

 ➀~➃について、政府は、「多様性を認め、一人一人が活躍できる社会を目指す」教育システムを標榜しながらも、個々の多様性を尊重する以前に、公教育の目的を優先するサイクルを回さざるを得ない状況が続いている。

 ⑵ 外国籍の児童生徒への対応
 以上のことから外国籍の児童生徒への対応として、教員養成及び人材確保の観点から、次のような打開策が考えられる。

・今後の教員志望学生に、日本語指導の単位取得を目指す人材確保の支援を強化する。
・多様な経験を有し、国際教育に情熱を持ち、実践的な指導ができる教員を育成する。
・日本語教師を学校での日本語指導に積極的に活用(特別免許状、特別非常勤制度の活用の検討を含む)する。
・外国籍児童生徒に対する「個別の指導計画」「日本語の能力に応じた指導プロ グラム」の計画・実施を一層推進する。

 なお、指導教員を確保できず、少数言語による指導が困難な地域の学校は、少数言語を指導できる教員を中心に、オンラインを通して地域のマイノリティの児童生徒に指導できる仕組みづくりを進めたい。このほか、各自治体や学校ができることとして、民間の国際交流団体などの力を借りながら、日本語指導の充実及び母語・母文化を尊重した取り組みを図ることができよう。

 教育全体から俯瞰すれば、誰にも存在する「違いの豊かさ」を肯定する心情を学校経営の根幹に据え、多文化共生教育、人権教育、well-being教育と、分けた指導にとらわれず、学校課題を冷静の見極めたうえで共生教育に基づく体系的指導・支援にあたることが肝要である。

 最後に、外国籍の児童生徒が、将来にわたって日本に居住し、共生社会の一員として今後の日本を形成する存在であることを前提とするのなら、政府はこれらの課題を学校の教員にのみ押し付けてはならない。財源を確保し、速やかに実施すべき施策を可能なものから具体化していく必要がある。

〔註〕
・CiNii 図書 – 学習:秘められた宝 : ユネスコ「21世紀教育国際委員会」報告書(2024.8/16閲覧)
 ユネスコ「21世紀教育国際委員会」編『学習:秘められた宝』(天城勲訳)ぎょうせい、pp.218(1997)
・「Society5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」1.社会構造と子供たちを取り巻く環境の変化
 ⑶ 『認識すべき教室の中にある多様性・子供目線の重要性』内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 教育・人材育成ワーキンググループ(2022)
・山口洋一『歴史物語ミャンマー上、独立自尊の意気盛んな自由で平等の国』カナリア書房pp.94-106(2011)
 (本投稿文は、「教育展望2024年10月号、教育調査研究所」に執筆した提言を星槎ジャーナル用に要約したもの)