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2017/11/25new

コラム「教育実践」vol.4「市民の課題としてのComputational Thinking」

Tweet ThisSend to Facebook | by 事務局(天野)

市民の課題としてのComputational Thinking


教育実践研究科 准教授 斎藤 俊則


このコラムではComputational Thinking(CT)という言葉を手掛かりに、デジタル化が進む現代の市民の課題を考察します。はじめにCTの語義を解説し、次にCTに関する教育研究の背景を整理します。続いてCT獲得が市民に共通の課題である理由を考察し、最後にこの課題に対する本研究科の取り組みを紹介します。

 CTは人とコンピュータとが効果的に連携するために必要な思考様式を指します。コンピュータ科学者のJ. M. WingはCTを論じた文章 (Wing 2006) の中でそれを「コンピュータ科学者だけでなく、皆のための基本的なスキル」と位置づけて「読み、書き、計算に加えて、私たちはCTを子供たちの分析的な能力に加えるべきだ」と述べています。CTの内容は「抽象化、一般化、分析、アルゴリズミックな思考、そしてデバッギング(間違いの特定と修正)」(Angeli, Voogt, Fluck et al. 2016)のように理解されるのが一般的です。
 CTの中心には"抽象化"があります。抽象化とは、特定の目的に対して対象から必要な要素や特徴だけを引き出しそれ以外を捨てる知的な操作です。コンピュータに仕事をさせる際には、仕事の目的(たとえば「家計の収支を明確化する」)に応じて必要なデータ(たとえば「収入」や「支出」とはどのような要素からなるデータで、そのうちどれは無視すべきか)を定義する必要があります。これはデータの抽象化です。加えて、コンピュータにその仕事を実行させた際のゴール(たとえばどのような結果が出れば「収支を明確化」できたといえるのか)と、そこに至る仕事の手順(たとえば「収支を明確化」するためにはどのような計算をどのような順番でさせる必要があるのか)を定式化する必要があります。これは仕事の目的から見たプロセスの抽象化です。

 近年CTに関する教育研究が活発である背景には、テクノロジー普及に呼応した教育ニーズへの注目があります。1990年代以来、そのような教育ニーズは各国の教育政策の柱として認知され、それに沿った教育改革が進められています。たとえば米国では科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の各分野の教育を、それぞれの頭文字をとってSTEM教育と呼び、初等から高等教育に至る教育政策上の重点課題としています(註1)。

 CTに関する昨今の取り組みは、テクノロジーへの政策的な関心が高まる以前からの、人とコンピュータとの望ましい関係についての本質的な考察と、それに基づく教育や研究を引き継ぐものです。その点で最も大きな功績を残したのは、Papert (1980)(註2) で初めてCTに言及したS. Papertです。この文脈での彼の主張は、コンピュータの膨大な潜在能力はすべての人の知識の生産や創造に解放されるべきであり、またそれが可能であるというものです。彼は幼い子どもでも本質的には数学者と同じようなやり方でシンボル(註3)の助けを借りて思考を概念化することができ、コンピュータはその作業において最良のパートナーとなりうると言います。実際に、彼はその思想をプログラミング言語LOGOの中に結実し、子どものためのプログラミング教育の世界で多くのフォロワーを生みました。

 デジタルテクノロジーの普及に伴う世界的な情報の生産、流通、利用の拡大は、従来の社会体制に不可逆の変化をもたらしました。この変化の中でコンピューティングパワー(コンピュータの膨大な潜在能力)は、工業化社会では消費者及び労働者として位置づけられた市民が知識の生産者や創造者として社会に参加する"可能性"を拡大しました。しかし"現実"に目を向けると、市民はむしろコンピューティングパワーを活用した各種サービスによって受動的な消費者として囲い込まれる傾向にあります。この状況下で、すべての市民が知識の生産や創造の”梃子”としてのコンピューティングパワーへのアクセスの鍵となるCT獲得の機会を得ることは、市民間に公平な社会参加の機会を担保し、民主的な社会を維持する上での喫緊の課題です。

 この課題を受けて本研究科では授業科目の中で学生の問題意識の喚起とCT獲得の支援を行っています。必修科目「ICT教育利用演習」では、リモート参加と教室参加の学生が共にクラウド環境上で知識創造に取り組み、さらにプログラミングを通して、コンピュータを知識の生産や創造に活用する可能性を探求します。また、「教育実地演習」、「プロジェクト研究」などの学生の実践研究支援を主旨とする必修科目群では、それぞれの学生の受け持つ教育現場のニーズに即したコンピューティングの活用計画の立案、実施、評価等を支援しています。

註1: オバマ前米国大統領は動画サイト上でアメリカ国民に向けてコンピュータ科学を学ぶように呼びかけました。https://www.youtube.com/watch?v=6XvmhE1J9PY

註2: この文献は次の邦訳があるのでぜひ多くの人に読んでいただきたいです。シーモア・パパート. (1982). 奥村貴世子 (訳), マインドストーム 子供, コンピューター, そして強力なアイデア.
註3: 思考を表現する記号体系

参考文献
Wing, J. M. (2006, March 1). Computational thinking. Communications of the ACM, 49(3), 33–35. http://doi.org/10.1145/1118178.1118215
Angeli, C., Voogt, J., Fluck, A., Webb, M., Cox, M., Zagami, J., … Zagami, J. (2016). A K-6 Computational Thinking Curriculum Framework : Implications for Teacher Knowledge. Journal of Educational Technology & Society, 19(3), 47–57. Retrieved from http://www.jstor.org/stable/jeductechsoci.19.3.47
Papert, S. (1980). Mindstorms: Children, computers, and powerful ideas. Basic Books, Inc..

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